雑録

冥契のルペルカリア 第三幕「暗紅の憧憬」の感想・レビュー

演劇の公演に向けて台本が完成し、配役が決定される話。来々×悠苑がメイン。
主人公は天才子役と持て囃され、実妹の天才的な演技を見て挫折したとされていた。
しかし主人公は凡才でありたまたま初演がまぐれ当たりしただけだったのである。
プライドの塊であった主人公は自尊心を打ち砕かれて自滅しただけであった。
そんな主人公は第二幕で自分の本性を暴かれ、三幕の冒頭でそれを晒す強さを得る。
一方空っぽであり何もできなかった奈々菜は台本作りに非凡な才を示す。
そして妖艶な役しか出来ない悠苑が、その自分の適性を受け入れ配役が決定する。

自分にしか無い適性を持つ少女が、その適性を疑い迷い葛藤するも、それを貫く覚悟を示す話

天使奈々菜の自立と台本の完成

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  • 「俺は、折原氷狐の演技に心が折れて役者を辞めたんじゃない。単に、実力不足が露呈したからなんだ」
    • 第二幕でいきなり死霊が蘇りファンタジー的な展開になりましたが、第三幕ではフツーに劇団パートに戻ります。主人公は虚構の妹に縋っていることを暴かれたわけですが、それはまた主人公の本性をも暴露するものだったのです。主人公は元天才子役と持て囃されていたわけですが、何のことは無く、たまたま最初に演じた役柄がラッキーパンチで当たっただけでした。そこからは次第に化けの皮が剥がれていき「子役」という枠組みが外れると単なる凡人であったのです。それ故最終的に役者を首になるのですが、主人公の役を掻っ攫っていったのが今は亡き実妹であり、プライドの塊であり自尊心を増長させていた主人公は更なるショックを受けたのでした。即ち主人公は完全なる自滅。そんな主人公の心の傷に都合の良い妹を演じる天使奈々菜が入り込み虚構の兄妹関係に縋っていたのです。第二幕の終局部でそれが見事暴かれてしまったというワケ。
    • 虚構から目覚めた主人公は自分のトラウマ・弱さをさらけだす強さを得ます。役者の練習に参加し、自分が天才でも何でもないことを団員たちに露呈させることを厭わなかったのです。また脚本についても、その無能っぷろを晒してしまいます。ここで活躍の場を与えられるのが奈々菜。空っぽであった奈々菜はこれからなんでもやってみることで主人公と虚構ではない関係を築くことを決意し、主人公の脚本をリライトして質の高い脚本を提供します。主人公は打ちひしがれながらも、台本が完成したことを前向きにとらえていきます。

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配役における龍木悠苑の葛藤

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  • 「いい女ってのは、歳をとってもいい女なんだよ。よぼよぼのばーさんになっても、お前はおれのためにいい女を演じろ。」
    • 第三幕の配役を決める場面でスポットライトがあてられるのが龍木悠苑さんです。ここでは座長である天樂来々との絡みが繰り広げられます。悠苑は当初男装ヒロインであるヒーローに憧れて役者を目指したのですが、与えられるのは妖艶な女性の役ばかり。そう、悠苑は何よりも艶やかな女性を演じることに適性があったのです。しかし悠苑に疑念が生じます。天賦の才を誇る後輩を目の当たりにして焦り始めるのです。艶っぽい女性は年齢制限があり、ババアになれば演じられなくなってしまう。演技の幅を広げなければ。自分がやりたかったのはヒーローではなかったか!?という具合に自分の恐れが疑心暗鬼を生み、勝手に自分の適性を信じられなくしてしまうのです。
    • そんな悠苑に対して支えとなるのが、我らが座長である天樂来々さん。悠苑がどんなに女を演じることに長けているのかを述べ、自分がどんなに悠苑を必要としているのかを説くのです。ここで炸裂するのが、女はどんなにババアになったとしても妖艶であるというロジック。若さが無ければ円熟さが出てくる。どんなにババアになったとしても来々のために妖艶でいろと命じるのです。これがどんなに悠苑の自信に繋がったことでしょう。自分の適性をチラッとでも疑ったってしまったが故にメンクラしかけた少女が、自分の信頼する男に肯定されることで、自分の適性を貫く覚悟を決めたのでした。

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冥契のルペルカリア感想まとめ