遠藤周作「イヤな奴」(『遠藤周作文学全集第三巻』新潮社)

  • 初出:「新潮」昭和34年4月号

舞台は戦中。戦時動員のためカトリックでなくともキリスト教の寮に入寮させられるようになった時代。主人公の江木は、肉体的な恐怖や権威を感じるとすぐに自分の信条を曲げてしまい相手に媚び諂う癖がついていた。彼はそんな自分をイヤな奴だと認識しながらもその性癖を変えるとはできない。

ある日、寮の慰問活動の一環としてハンセン氏病の施設へ行く。そこでは、信者の学生が哀れさを醸し出す患者のために次々と芸を披露していく。信者の学生とそうでない学生の溝ができており、動かされた江木は俺らも何かをしようというが、動かず。

 

そして野球をやることになった。これは信者の学生にハンセン病患者との肉体接触を恐れないかとの挑戦であった。江木はその試合に巻き込まれ、一塁と二塁の間に挟まれた。止まってはいけないと思いつつも、感染を恐れる江木の体はゆるゆると停止する。それを見た患者は「苛められた動物のように哀しい影」を走らせ「お行きなさい、触れませんから」と述べる。

一人になった江木は泣きたかった。彼は曇った空の下にひろがる家畜のような病舎と銀色の耕作地とをぼんやり眺めながら、自分はこれからも肉体の恐怖のために自分の精神を、愛情を、人間を、裏切っていくだろう、自分は人間の屑であり、最もイヤな奴、陋劣で卑怯で賤しいイヤな、イヤな奴だと考えたのだった。