『ヒラヒラヒヒル』(BADEND)の感想・レビュー

Mycobacterium lepraeを原因とする感染症をモチーフとした偏見・差別と社会的隔離の話。
時代設定は大正時代。二人の男性を主人公とし、医師と書生の視点から物語が進んでいく。
医師は当該感染症を専門とする海軍子爵の子弟だが実は妾の子であり母は感染症患者だった。
書生は下宿先の小説家の娘と心を通わせるも、彼女は感染症に罹患してしまい悲恋となる。
医師もまた感染症に罹患してしまうが奇跡的に症状は軽くて済み再び医師として働き出す。
バッドエンドでは医師は現場に身を投じ劣悪な小さい隔離施設を改善することに実存を見い出す。
一方書生は恋人が自分を忘れ去ったことに愕然とし全てに見切りをつけて社会に戻る道を選ぶ。
感染症に対する無理解から生じる偏見・差別とそれらをどのように社会で受容するかを説いた作品。

【目次】

医師サイド(千種正光の章)

感染症の医師になってから隔離小屋に打ち捨てられている母と再会した千草正光

本作は二人の主人公による視点交換を適宜行いながら物語を収束させていく形式を取る。まず一人目の主人公は医師。この医師は当該感染症を専門とし国の一流施設で医療に従事する若き青年。彼は海軍子爵の子弟すなわち華族でありながら学習院を蹴って一高・帝大を経て医者、しかも社会から忌避される分野を選んだため、変わり種と見られていた。

だがなんてことはなく、父は海軍子爵であるが実母は妾であり、しかも感染症を発症させていたのであった。実母は幼少期の医師を闘病しながら育てるが、ついに病は重くなっていき、主人公を海軍子爵に託したのであった。幸い主人公は認知してもらうことができ、何不自由ない中で医師となることが出来た。

だが医師の活動として地方巡視に出ている中で実母と再会。だが実母は劣悪な檻の中で看護も受けられずただ朽ちていくだけの状態であった。引き取るという選択肢も出たが、医師は未だ独立しておらず海軍子爵の父にも迷惑がかかると思い、母方の実家の環境を整備する方針を選ぶ。だが間もなく実母は死んでしまい、死に目にも会えなかったため、医師は自分の選択を後悔することになる。

そうこうするうちに何と今度は医師自身が感染症に罹患。幻覚に悩まされるが何とか症状を持ち直し、患者として収容施設を眺めることとなる。すると医師として働いていた時には得られなった病棟の様子や雰囲気を感じ取ることができ新たに成長。感染している患者でありながら再び医師となる。

しかしここでもアクシデント発生。仲良くしていた感染症患者である親友の妹(彼女もまた感染症患者)が突如苦しみだすのだ。医学的にはすぐに注射をすれば治まるものであったが、かかりつけ医は出かけており、主人公の病院にも来られなかったため、近所の病院を当たるが碌な治療を受けられなかった。これにより親友の妹は名のある画家だったのに知識水準が低下してしまいただ生きるだけの患者となってしまった。

このことは医師にとって大きなショックとなった。自分は国立の一流病院に勤めているから市井の医療施設など目に入らなかったのだと深く後悔。一流病院を辞め末端医療施設の現場医師となる道を選び、制度や法律などの大局に関わること無く一人一人の患者と接する道を選んで物語は幕を閉じる。

一流の国立病院を辞め、底辺隔離施設で患者と向き合うことにした医師

書生サイド(天間武雄の章)

友人に請われて感染症患者を殺害してしまったことを告白する天間武雄

もう一人の主人公は地方から出てきた書生であり、著名な小説家先生のもとに下宿している。本来なら一高生は寮に入るのだが、彼は小説家先生の娘を暴れ馬から守った際に怪我を負い、それが癒えるまでは特例として免除というカタチを取っている。その少女は書生に対して恋心を抱いており、書生もまた武骨であるため多くは語らないが彼女の好意を感じ取っていた。

ある時、書生は親友から感染症患者を一緒に殺して欲しいと頼まれる。親友は懇意にしていた感染症患者の娼婦がおり、彼女から病気が進行して自我が無くなったら殺して欲しいと頼まれていたのだ。ここで殺さないという選択肢も出るが、友人の気持ちを尊重して殺人に関与する。

だが小説家の娘もまた感染症に罹患してしまうのだ。当時の社会状況では病院に言ったら二度と出られない隔離施設にぶち込まれることが予想されたため在宅看護を選ぶのであるが、看護疲れしてしまう。小説家は書生に寮に入るように促し、看護婦を雇って看病を続けるが、結局は病院に入れさせることになる。この病院がもう一人の主人公であった医師の勤務先であり、物語が交叉することになる。

だが看護疲れで疲弊した小説家先生はそのまま自殺。ある程度少女の症状が良くなった後、彼女の要望を叶えるため書生に引き合わせるが少女はもう既に書生のことを自分の好いた人と認識できなくなっており、目の前にしながら別人扱いするのであった。こうして書生は関係を断つこととし、しばらくは彼女のことを引き摺るが、全ては自分の感情の問題だと片付け、感染症からは遠ざかり社会に回帰していく。

好いた女は自分のことを認識すらできなくなっており関係を断つことを選んだ

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