小学校国定国語教科書における教材「源氏物語」の掲載

教材「源氏物語」は、国定国語教科書第四期『小学校国語読本』(サクラ読本)の巻十一(六年生用)に収められていた。1938年の春から使用が開始された教科書である。第五期のアサヒ読本、終戦直後の墨塗り教科書にも掲載されていた。全12ページほどで、内容は『源氏物語』の作者・時代背景などについての解説と口語訳(一)、(二)からなる。(一)は若紫、(二)は「末摘花」からの訳出である。では、教材「源氏物語」の掲載意図は何だったのであろうか。平成20年版小学校学習指導要領から「古典」重視となり「伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項」が設けられた今、歴史を顧みる必要があろう。

参考文献 有働裕『「源氏物語」と戦争』(インパクト出版会)

編纂者の意図は『源氏物語』は「国民精神」を基礎とした世界に誇るべき文学作品だから、そしてそのことを小学生も知っておくべきであるから教材化したということにつきる。その際『源氏物語』の真の姿は決して知らせるべきではないので「教育的」配慮を施した。


源氏物語』について特筆すべきことは「近代において創造された「日本人・日本民族」のアイデンティティの核心に『源氏物語』があった」ということであろう。『源氏物語』は西洋に対して日本の面目を施す文学として常に語られてきたのであり『源氏物語』の本体を明らかにすることは、『源氏物語』の為であると同時に、平安朝文学の為であり、日本文学全体の為であり、また日本の為である。


世界に誇りうる文学だから教材化しなければならない、という一種の使命感は「源氏物語」劇の中止以来強まった危機感、源氏物語が国家有用の書であることを何としても示さねばならないという思い直接につながっている。その解決策として義務教育である小学校の国定教科書での採用は最も効果的な手段であった。つまりははじめに『源氏物語』ありきという発想で計画されたあくまでも原典の価値と権威の顕彰のための教材化であった。