田村哲樹「シティズンシップとベーシック・インカム」武川正吾編著『シティズンシップとベーシック・インカムの可能性』法律文化社 85-111頁

はじめに

  • 本章の課題
  • 方法と意義
    • シティズンシップを権利中心的見解と義務中心的見解の両側面に分析的に区別し、それぞれBIとどのような関係にあるのか考察する
    • 「BIのシティズンシップへの貢献の意味」を明確にすることに意義がある。
  • 考察の手順
    • 第1節:BIとシティズンシップの権利との側面の関係
    • 第2節:BIとシティズンシップの義務との側面の関係;特に互恵性概念との関係
    • 第3節:もしもBIが互恵性を促進するとすればどのようにしてか
    • 結論:BIは互恵性の促進に貢献する潜在的可能性を有している

1.ベーシック・インカムと権利

(1)リベラルな平等の保障
  • BI:無条件の所得保障制度、各人の平等な受給資格を保証する=各人は等しく財を受け取る権限を有する。
    • いかなる観点から財の平等は正当化されるのか(リベラリズムの観点、ロールズの正義論、「自由の平等」の保障)
    • 「いかなるものであれ、各人の善き生活についての構想の実現を追及するための真の自由の配分」を実現するものとして正当化される。
  • リベラリズム論者のBI批判
    • ロールズの「マリブ海岸のサーファー批判」;労働可能でも働かずに「余暇」を享受する人々
      • 「余暇」を「基本財」(「格差原理」における「最も不利な状況の人々」の改善のために配分されるべき基本財と同程度の「基本財」)として有している。それゆえ、これ以上の基本財を受け取ることは正義の原理に反するので「何とかして自活しなければならない」。
  • リベラリズム論者のBI肯定
    • ファン・パライス:ロールズが余暇を社会的・経済的アドバンテージの一つとして認めればよい
    • 福間聡:「自尊の社会的基礎」としてのBI
      • 熟議民主主義の理念を達成するためには、市民における自尊の感覚が必要であり、BIはそのための社会的基礎として正当化される
    • キムリッカ:「リベラルな平等」
      • リベラリズムの理念を実現するためには「状況の不平等の改善」が必要。
(2)脱労働中心的なシティズンシップ;労働と生活との切り離し
  • BIの無条件性は、労働の有無と所得の関係の切り離しを意味している
  • 労働観の変化
    • アッカーマンとアルストート「有償労働が善き生活の唯一の正当な焦点であるという道徳的判断を拒否する」
    • オッフェ「労働の社会的価値低減」
      • 完全雇用は幻想:(1)経済成長はエコロジーではない(2)成長の増大と雇用の増大は相関しない(3)完全雇用の目標そのものが非就業者への差別。労働に従事することは部分的なことにしかすぎない
  • リベラリズムが有する「よりラディカルな含意」の具現化としての脱労働中心主義
    • 規範的観点からも完全雇用を問題視している。
    • 「状況の不平等の改善」のために生産力を文明化として捉えることを問題視している

2.ベーシック・インカムと義務―互恵性原理を中心に

(1)互恵性の観点からのBI批判
  • BIは互恵性原理を侵害するので望ましくない
    • 互恵性」とは?「社会的生産物をよろこんで共有しようとするそれぞれの市民は、当該コミュニティに対して、その見返りに、それに相応する生産的貢献を行う義務を有する」こと
  • BI導入が必然的に有償労働以外の「社会的に有用な活動」の活性を導くのかどうか
    • ハーバーマスの公的自律※ただし条件提示にとどまる
      • 「国家市民は、その私的自律が保障されている限りにおいて、民主的参加権によって保障された公的自律を適切に主張することができる」
    • リットルの互恵性からのBI批判
      • ベーシック・インカムの提唱者たちは、所得と労働との切り離しがコミュニティ領域での自発的な活動の増大をもたらすと提起するかもしれない。しかし、彼女たちは、コミュニティ関係がどのように十分に発展することになるのかという点について、十分に解明していない」
(2)互恵性への反批判1:自由な社会における自由の擁護
  • 一定数の「悪用者」が存在することは自由の「代償」。現代社会は「干渉の存在」としての自由概念を受け入れている。それゆえフリーライダーを理由にBIそのものを否定することは理論的に困難
  • フィッツ・パトリック
    • 「明らかに、あまりに多くのフリーライダーが自由な社会を脅かす閾値に最終的には到達する。しかし自由社会が擁護する諸価値のほとんどについても度を過ぎると同じような結果が現れることになるであろう。しかしそのことは、そのような価値が擁護するに値しないということではない。」
  • アッカーマンとアルストート
    • より直接的に、個人の権利は常に尊重されるべきなのであり、そうだとすれば、制度の「悪用」者の選択の結果として「悪用」していないものが自由なライフプラン設計のための財産権を侵害されるべきではない。
(3)互恵性への反批判2:政府からのより高度な「貢献」の必要性とその現実性への疑問
  • 互恵性の問題は政府の責任の問題でもある。政府が求められる貢献を果たせない以上、市民にのみ一方的に貢献を求めることもできない。
  • ガットマンとソンプソンの示唆
    • 市民の側の「フリーライダー」、「怠け者」のみを批判するのはフェアではなく、政府が貢献しなければ市民は批判され理由はない
    • 政府は三つの義務;(1)児童支援の保障(2)労働賃金の保障(3)雇用先の確保を果たしていないので互恵性批判は成り立たない
(4)互恵性への反批判3:貢献を求めることが互恵性を破壊する
  • 互恵性論がコミュニティに対する「生産的貢献」を求めることに対する批判
  • 立石真也『自由の平等―簡単で別な姿の世界』岩波書店 2004
    • 「できること/労働」が「存在すること」の条件である財に過度に結び付けられることによって「負担」「羨望と負け惜しみ」「他者への加害」などが発生する。
  • BI批判の理論家による「フリーライダー」「怠け者による勤労者の搾取」という規定そのものが、既に「サーファー」への「羨望と負け惜しみ」の反映
(5)小括
  • 互恵性という観点からのBI批判への反批判のまとめ
    • (1)「自由」の意味をとらえていない(2)政府からの貢献を考慮に入れない(3)互恵性を損なう
  • 新たな問題
    • BIは義務としてのシティズンシップを促進するのかどうかという問題

3.ベーシック・インカムは義務としてのシティズンシップを促進しないのか?

(1)BIの修正によつ互恵性原理の組み込み
  • BIの無条件制を制限することによって互恵性を確保
  • 1「ベーシック・キャピタル」「ステイクホルダー・グラント」
    • 成年になった時点で各人に一定額の現金を一括給付する
      • 社会への「生産的貢献」のために利用される
      • 定期的な給付ではなく、一度きりの給付なので、その効果は永続的とは限らない
      • 死亡時に給付額と同額を返済する義務(アッカーマンとアルストート)
  • 2参加所得
    • 無条件のBI支払いへの妥協→BIに互恵性原理を組み込む
    • 有償労働に関わらず「より広く定義された社会的貢献」を現金給付の条件とする
(2)有償労働による互恵性の侵害―BIと「多様な互恵性
  • 有償労働での形態での「貢献」は、他の形態での様々な「貢献」を侵害する
  • 1.無償労働の軽視:家事労働など
  • 2.「政治」への関与の低減;広い意味での社会における集合的な問題解決への関与
(3)「多様な互恵性」への疑問について
  • 1:BIは他の「貢献」を必然的に導くとはいえないのではないか?
    • 他の政策手段との組み合わせによって「貢献」の選択肢を可視化し、利用可能にする
      • 労働時間の短縮、インフォーマルセクター(有償労働ではないが社会的に有用な活動)
      • ex1.「アクティブな政治的シティズンシップ」  ex2.「パパ・クォータ」
  • 「多様な互恵性」の提案が新たな形態の「動員」につながるのではないか。
    • 「多様な互恵性」が「動員」の危険性を有していることは否定できないとしても「動員」への諸傾向に抗うことができるのもまた、「多様な互恵性」を通じてである。
(4)BI支持への「選好の変容」の促進
  • 「BIは互恵性を否定しない」という方向へ人々の選好を変容させる
    • 規範性は当該社会が「義務」「貢献」を何に見出すのかに依存する→互恵性についての諸個人の認識の変化
  • 漸進主義:現状における「労働規範への強固なコミットメント」を変化させる
    • オッフェの「サバティカル・アカウント」
      • 一定の年齢に達した後に給付を開始し、給付機関を10年間に限定し、若年期における受給の場合は全体の給付機関を短縮する。

おわりに

  • 本章の目的結果
    • BIがシティズンシップとどのような意味で関係するかついての権利と義務からについての考察
    • 権利の保障は明確だが、義務は明確ではない。
      • BIは特定の行為を強制力を持った義務として構成することはない。ただ貢献を望むものにはその選択肢を保障し、そうでない者にとっても「多様な互恵性」への選好変容の可能性を提供する。
  • BIは現代社会に生きる私たちが受け入れ可能なシティズンシップのあり方を提供する