「ゆとり社会のセーフティーネット」 山田博文『これならわかる金融経済[第二版]』2005年 241-250頁

11-1 ビッグバンと投資家・消費者保護

11-1-1 イギリスの「金融サービス法」と投資家保護
  • 金融ビックバンを構成する二つの柱(図表66)
    • ?各種の金融規制緩和・自由化
    • ?投資家保護に関連した規制強化・法整備
  • もし「?各種の金融規制緩和・自由化」だけが実施されると
    • 激烈な競争戦が展開され、弱肉強食の過酷な経済社会が出現
    • 地域社会に根ざした中小・零細企業や金融機関、個人、大衆投資家の破産、市場からの退場が進み、少数の巨大企業や金融機関の独占的な支配が強化される結果をもたらす
    • 市場原理主義、大競争、収益市場主義を優先し、経済社会や地域社会からゆとりや暮らしの豊かさを奪い、国民生活の疲弊や社会不安を増幅する

⇒安定した経済社会を維持するには、資本力に任せた激烈な競争戦の論理とは一線を画する、別の次元と論理の政策展開が不可欠になる

  • 「金融サービス法」(Financial Services Act 1986)
    • 規制緩和と競争一辺倒ではなく、「?投資家保護に関連した規制強化・法整備」を同時並行して押し進める
    • 規制・監督機関や紛争解決制度を設置
    • 客が頼みもしないのに、金融機関が金融商品を一方的に売り込むことを禁止し、そうした契約による損害を取り戻す権利を消費者に与える
    • 金融業界の自主規制では、客の年齢、職業、資産内容を調査し、最適の金融商品を勧めるよう定めている
  • 強化されるイギリスの投資家・消費者に対する保護制度
    • 1997年10月「金融サービス機構」(FSA・Financial Services Authority)
      • 9つの機関に分散されていた金融監督機関を単一に集中
      • ←ビッグバンの進展するなかで、いままでの監督機構では監督できないような巨大金融グループが登場し、また金融デリバティブのようなハイリスクの取引で破綻する金融機関がでてきたから
    • 2000年6月「金融サービス・市場法」
      • 銀行の幹部に対する事前の適格性審査の実施
      • 消費者保護のためのオンブズマン制度の拡充
      • 市場操作など不正取引への捜査権限・罰則の強化
11-1-2 日本・揺れる金融トラブル対策
  • 日本は規制緩和・自由化・競争の徹底のみを突き進め、個人投資家や消費者保護を置き去りにしてきた
  • 1999年11月 財務省と金融審議会(財務大臣の諮問機関)は日本版「金融サービス市場法」の制定を検討していると公表
    • ⇒金融オンブズマン制度は先送りに=「規制違反によって損害を受けた消費者が救済される仕組みが整備されず、消費者保護の安全網が不十分になる恐れが出てきた」(『日本経済新聞』1999年11月25日)
  • 金融オンブズマン制度とは?
    • 消費者保護を目的にして、ビッグバン後のイギリスで活用されてきた制度
    • 各業界が紛争処理に必要な費用を負担し、その運営は独立したオンブズマンや消費者代表の評議員などが行う
    • 裁判では1年以上の時間がかかり、費用負担も大きくなるので、裁判所以外で公正・迅速に問題を解決し、自主的に消費者保護を図ることを目的にしている
    • 企業は消費者が紛争を申し立てると対応を拒否できず、オンブズマンの裁定には従う義務がある
  • 財務省と金融審議会で検討されたこと:金融商品の販売・勧誘に関連した法の整備
    • 問題点:「販売・勧誘ルールは、本来、ルールが守られない場合の紛争手続き、補償体制と一体であるべきものだ」が、「金融審第1部会では、勧誘の段階で法令に違反した場合、直ちに監督当局が制裁措置をとることには慎重な意見が多かった」ために、罰則規定が欠けたままである(『日本経済新聞』1999年12月8日)
      • 強引商法に対してペナルティがない法律では、せっかくの消費者保護法も、その実効性を欠くものとなる

⇒内容は、金融業界に寛容で消費者の利益は軽視され、その範囲も、わずかに「金融商品の販売・勧誘」問題に限定されていた

11-2 消費者信用と「カード社会」

11-2-1 経済発展と消費者信用の拡大
  • 将来の所得までも先取り
    • 資本主義の発展・生産力の増大⇒消費者の所得水準と消費能力を超越して大量の商品を生産⇒首尾よく販売していくためには不足する所得と消費者の受容を補填する必要性⇒現在だけでなく将来の所得まで先取りし、前倒しで消費させるような新しい経済装置が開発される⇒各種消費者信用(消費者金融、販売信用、割賦方式など)の登場
  • 各種の消費者信用会社(ノンバンク)の特徴
    • 預金の受け入れ業務禁止⇒資金的源泉は主に銀行からの借入金に依存:銀行にとっては、消費者信用会社は銀行の有力な顧客に
    • 消費者は各種金融会社が銀行から借り入れた金利に上乗せした金利を支払う⇒銀行の貸出金利の数倍の高さ(ほぼ30%近く)
    • ∴各種消費者金融やカードを利用した買い物は、結果的に割高な買い物になる
  • 自己破産の危険性
    • クレジットカード利用の商品購入⇒将来の所得を今消費⇒購入者の所得が手に入らなくなる可能性を内包⇒支払い不能の危険性
    • 商品の購入者にしても、自分の所得水準を超えて、大量の買い物をした場合に、自己破産に陥る危険性
11-2-2 「カード社会」の利便性と危険性
  • 「カード地獄」や「サラ金地獄」
    • クレジットカードの利便性⇒自己破産の増大・多重債務⇒離職・離婚・家族崩壊などの深刻な社会問題
    • カードによって買い物が出来ても、消費者金融から借金をしても、その最終的な支払いは、すべてなんらかの勤労所得に依存する(図表69)
    • カードはマネーでなく、マネーを利用するためのスマートで手軽な道具に過ぎない
    • カード利用を先行させ、将来の所得を先取りする過剰消費の社会は、厖大な債務の累積の上に築かれ、いつ破産するとも限らないリスクに満ちた不安定な社会となる
    • 現代人には、クレジットカードの利便性と危険性についての的確な知識が必要とされ、バランスのとれたカード利用が求められている
11-2-3 アメリカの多重債務者救済
  • アメリカでは、多重債務者の救済と教育にNPOが活躍している
  • CCCS:ワシントンに本部を置く、消費者・クレジット・カウンセリング・サービス
    • 個人向け不良債権の増加により損失を拡大してきたクレジット業界がこれ以上の損実を抑制する目的で、自ら設立し、運営費も4分の3を負担している
    • CCCSの提供するサービス
      • ?債権者と金利・返済金の交渉
      • ?返済支援のため、債務返済計画を立てカウンセリングをしてやる
      • ?債務額が多すぎると、返済を代行
      • ?若年層に対するクレジット、多重債務、生活設計指導などの事前教育
  • 日本の消費者行政
    • 自治体財政の悪化を理由に消費行政に関連した予算を削減する都道府県が増えているが、これは、「カード社会」と多重債務の危険性が増大している実状を改善することにはならず、むしろ悪化させてしまう危険性を持つ