大島和夫「新自由主義の法思想」民主主義科学者協会法律部会編『改憲・改革と法 :自由・平等・民主主義が支える国家・社会をめざして』日本評論社 2008年 31-37頁

一 新自由主義とは何か

1 マネタリストの主張
2 影響力を強めた背景
  • ソ連の消滅→社会主義勢力の衰退→本格的なグローバル競争→効率性のみ強調
  • 肥大化した官僚機構・族議員による献金の私物化→国民の政治不信→小さな政府
3 新自由主義の論点
  • 新自由主義は、福祉国家とナチズムには対抗理論となりうるが、集産主義に対抗しているわけではない
  • 新自由主義に対抗する批判は社会編成のあり方について、経済的な分析を踏まえることが重要になる
      • 資本主義社会においても競争の公正さや分配の不公正の是正が大きな価値を持つこと
      • 自由を保護するためにはルールを設定し、それを監視する機構を設けることが必要であること
      • 政治家や官僚の不正行為を有効にチェックできる仕組みを工夫すること
      • 政治不信がすぐに小さな政府に向かう国民の意識は危険なものであって、「自由と公正を保障する政府は決して小さくない」こと
      • 日本社会においては、適切なルールの設定はまだまだ不十分であって、決して過剰な法化が問題となっているのではないこと
4 新自由主義による政策の評価―効率化原則の採用
  • 新自由主義は、産業組織における競争の機能と社会保障における政府の役割を分けて考えない
  • 八田達夫氏の考え方
    • 政府がいかなる形で市場機能を補完すべきか?
      • 経済学:効率化原則:「政府の役割は再分配を行うことと、市場の失敗を取り除くことであり、それさえすれば、あとは市場に資源の配分を委ねるべき」→長期的に有効
      • 法学:既得権益保護原則:あらゆる人の現在の生活水準を絶対視して、誰かの生活水準を引き下げる政策は、すべて拒否する→短期の利益に目を奪われ客観性が無い
5 新自由主義の政策への批判―小さな政府・公共事業の民間化
  • 新自由主義=小さな政府を要求=公共セクターが負担する仕事の縮小を要求
  • サービスの提供については、効率性だけではなく、再分配の観点も必要
    • 基本的にはどのサービスも公共性が存在し、政治的システムを通じて、どの事業を公共が担うべきか決定
    • 経済学的には、「公共が担うことによるコスト」と「民間企業におけるエージェンシーコスト」を比較することにより、判断基準を提供することは可能
6 間宮陽介の批判
  • 間宮は古典派の自由論は高く評価、新古典派マネタリストの自由論については厳しく批判
    • 古典派:自由をある種の強制力のなかでのみ可能。市場=ひとつの社会類型
    • 新古典派:強制を極小、自由を極大化。市場=資源配分の機構
  • 利己心
    • 日本=not小さな社会→利己心(自らの利益を追求する自由、自分の能力を発揮できる自由)が必要
    • 不正な自由を制限するためのルール・法・正義・公正の観念が必要 ←特定の人が押し付けるのではなく、歴史的形成的・自生的秩序に

二 法律学の課題

  • 社会編成のレベルにおける新自由主義に対する批判
    • 1長期的な効率性という考え方に対する批判
    • 2資源の利用の問題から公平性を排除することの問題
    • 3個々の法的規制の経済的機能に対する評価
1 政策や制度設計に対する批判
  • 企業活動に関しては、規制を緩和しながら、国民の教育に対して規制を強化している
  • 競争政策や規制緩和に対する分析と批判が求められる
    • 公共サービスのにおける民営化の評価
    • 国民福祉に対する国家の責任
2 政策は正しいとしてもそれを具体化する法律に問題がある場合もある
  • 市場における取引においても公平性の観点から規制が必要なものもあり、基準の客観性が確定していなくても、それこそ過去の経験の積み重ねによって、一定の基準を設定することは、十分に可能である。
  • 法技術の問題
    • α:法律がおかしいのはやはり政策が間違っているからだ
    • β:政策は正しいのだから、法律を改正すべきだ
      • 金融商品取引法:全体としての評価は困難とされつつ、規制対象が拡大され、広域性も充実したことは、一定の前進であると評価し、しかし、消費者保護の措置(不招請勧誘の禁止、再勧誘の禁止など)がきわめて不十分であるとした。
      • 労働契約法:?多様な生を営む労働者の人格的自律に根差す意識を汲み取り権利の言説に高めるものとして、?使用者が等身大の労働者と真向かい、納得・合意・規範を共同で創造するプロセスの制度的な保障として、労働契約法を創設するべき(米津孝司報告)
3 法律のかかげる目的が正当であっても、機能していない場合がある
  • 法規制が本当に必要であるのか、なぜ法を守ろうとしないのか社会心理的な分析が必要
  • ほとんど労基法が守られていない
  • 国民の4割が保険料支払わない国民年金
  • 公共事業の談合、企業の不正経理
  • カラオケ店における消防法に違反する防火対策
  • 飲酒運転・駐車駐輪違反
4 あるべきルール、法制度の提案(法制度設計)
  • 社会編成原理は単一ではなく、分野・領域によって拠るべき理念は異なる
    • 経済活動:公正で自由な競争秩序の確保が優先的な理念→ガバナンスは日本型かアメリカ型か→制度補完性&歴史的経路依存性を有するので日本型から簡単には離脱できない
    • 社会保障:北欧を参考にしながら、失業者や生活困窮者の拡大を防ぐ方策を考えなければならない。←福祉社会的思考と自由主義的思考の組み合わせ
  • 現実の法制度と市民社会の理念の乖離

三 二十一世紀の法システム

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  • 二十一世紀の社会編成モデル:米型自由主義・市場主義モデル、瑞典社会民主主義モデル福祉国家(普遍的連帯に支えられる)、独型保守的コーポラティズム
  • 日本=日本型コーポラティズム(保守主義的「ビスマルク型」+自由主義的残余主義の混合物)→社会連帯弱い&社会編成原理不明確&国民的合意弱い
  • 日本社会の目指す方向
    • 個の自律を妨げる国家統制的な教育や、個人の尊厳や基本的人権を阻害する企業行動に対して批判を行いながら、公正な競争秩序を形成していくために、ひとつひとつ一般的なルールを積み重ねていくしかない
2 現代法および法化に関する議論
  • 広渡清吾の理論
    • 現代法論:古典的な「権利義務の法」から「資源配分の法」へ変化。しかし日本では起こっていない。←古典的法による社会の法化、普遍主義型法モデルによる法的解釈が十分でないから。
    • 1980年代からは、日本社会の企業社会的構造が法化の新たな根本的制約要因。かつ、日本の企業社会的構造は二十一世紀のグローバリゼーションの中で変容の過程→法化は予想できない。
  • 吉田克己の理論
    • 高度成長を経た現代市民社会では、生産レベルでの法的空間の縮小と非法化、反面での生活レベルでの法的空間の拡大すなわち法化が同時進行しており、その帰結として法的空間が拡大し位置が移動している。
    • 戦後日本において、ドイツと同じような意味で福祉国家の法化現象は生じておらず、市場を取り巻く法的整備も依然として遅れているという共通認識
    • 一方で、アメリカやドイツのように行政法規が増大し、訴訟が戦略的あるいは政策的に利用されることが、日本社会にとって適合的であるのかどうかについては慎重な検討が必要

まとめ

  • 近代経済学の前提「合理的経済人が合理的な選択を行う」という命題については根本的な問題がある
  • 人間の社会には必ず掟があり法があるということは、社会を構成していくためには、強制力を伴う排他的なルールが必要である
  • 分配の格差を縮小していくことを、社会編成原理との関係でどうとらえるか→社会が安定的に維持されるためには、生活に不安を抱く人が可能な限り少ない社会の方が望ましい
  • 法律は憲法の精神を具体化するための任務を負わされていることを意味しており、市場における経済活動に国家が干渉してはならないとか。小さな政府であるべきだとかいうことを意味するのではない