Document study method(010)「The documents used in editing "History of Fukui Prefecture"」

1.Editing of "History of Fukui Prefecture"

  • 本州とnorth-sea-roadで一番違うことは何か?
    • 出版される冊数が圧倒的に本州の方が多い。
  • 福井県の風土
    • 北陸トンネルを境に、風土が分断されている。
      • 嶺北、嶺南で区分する。(今回の話は全て嶺北のはなし。嶺北≒越前は織物産地。嶺南≒若狭国)。なぜ現在の福井県人は越前・若狭で分けずに、嶺北・嶺南で分けるのか?敦賀がポイント。嶺南にある大都市の敦賀は越前であった!!船舶交通と陸上交通の違い
  • 小葉田敦(1905-2001)
    • 台北帝大の研究職であった。応召、陸軍中尉。1946年国立台湾大学副教授としてとどまり留用される。同年解除、帰国。戦後は理科大、京大。1969年に定年。
  • 本州の地方史編纂
    • 必ず時代ごとに部会を作る。
  • 資料編と通史編
    • 通史編の方が冊数が多くなる 福井県史は資料編19冊、通史編6冊。North-sea-roadは別。資料編よりも通史編が多くなる。North-sea-roadは資料がないから。資料編が多い方が研究者の間では価値・評価が高い。
  • 資料編
    • 写真で集めていることに注目。資料を写真に撮って持ってくる。
  • 保存の責務
    • 保存の責任は所蔵者。大事な原則。福井県が保存するのではなく、現地保存。殆どが個人の家。福井県史の史料編纂によって史料所蔵者は改めてその価値に気づいたであろう。
    • 昔は資料編纂をすると持っていかれて資料が散逸してしまう。
  • 人材育成
    • 18年に渡る地方史編纂において、研究者として人材育成され、居住地や職場において地方史研究を通じて文化的啓発や指導に貢献を目指す。福井大学教育学部と工学部しかなかったので、県内の公立中高の教員が動員される。北海道はこの意識は全くない!!年寄りに頼んでそれで終わりになってしまう。福井は調査の過程がすごく長い。若い人に仕事を覚えてもらって地方史の担い手となってもらう。のちに文書館を作るが、そのスタッフとなる。県内の人材を意識的に使った。
  • 小葉田さんのすごさ
    • 監修者として実際に全巻を読んで序文を書いている。
  • 従前の福井県
    • 1922年、1957年に編纂されたものも利用価値として高いものがある

福井県史編纂の研究成果

(1) 羽二重から人絹へ

  • コットン 綿織物産地
    • 旧国名で産地を表す 江戸時代に○○織という名称がついたから旧国名
  • シルク 絹織物産地
    • 桐生、福井、石川、京都西陣 旧国名で言わない なんで旧国名で言わないかは理由がない
  • 福井県では羽二重シルクが有名となる
    • 高級絹織物。羽二重は白い生地、輸出されて加工される
  • 羽二重からレーヨンへ
    • レーヨンは人絹。第一次世界大戦で羽二重は売れなくなり、レーヨンへ転換する。人造繊維の走りとなる(羽二重は蚕から作る)。レーヨンの原料はパルプ。紙も作るがレーヨンも作れる。1937年、日本はレーヨン生産量で世界一となる。レーヨンの糸を大量に作るようになる。
    • 島崎織物・勝山機業兄弟は比較的大企業。

(2)横浜商人からの自立

  • 設立時
    • 横浜商人や東京商人も株を持っていた。1920年代までは株数において横浜と福井の割合は変わらない。1930年代になるとガラッと変わって、横浜の株主は消え、島崎家が回収し、島崎家としての事業の性格を強める。
    • 横浜勢が消えたのは、絹紬から人絹への転換があった。
  • 絹の流通
    • 長野産・岐阜産生糸→横浜商人集積→横浜が輸出向け生糸と国産向け生糸に振り分けて出荷→福井では横浜商人から生糸を購入し、羽二重に加工→もういちど横浜へ→横浜が世界へ出荷
      • 原料生糸の調達経路。
  • レーヨンの出荷
    • 全国の工業地帯でレーヨンが作られる→福井では横浜商人を介さずにレーヨンを獲得→レーヨン織物→神戸で出荷
      • 大企業が地方を従属させた!という研究者もいる。

(3)人絹織物高級化投資

  • 製造方法
    • textile(糸)→製織(織物)→refinement(精錬)→dyeing(染色)→完成
      • 島崎織物は、精錬や染色で儲かるのに何故か製織機械を買っている!!なぜ?→レーヨン織物の高級化投資を行っている。営業報告で機械の購入が全てわかるので、そこから分析できる。
  • レーヨン不況
    • レーヨンは売れるけど安いからいくら売っても儲からない。だから「高級化」を図った。「撚糸」を目指す。

質疑応答

  • 福井で養蚕業が発展しなかった理由
    • 福井では地元の生糸を使わず横浜商人から生糸を買って、羽二重を作っていたが、それは何故か。
      • 福井では織物業が盛んになったのが明治になってから。それまで養蚕業が盛んではなかったので、横浜から生糸買った方が早い
    • なぜレーヨンの技術革新に拘ったか
      • 羽二重は半製品で欧米で加工される。一方レーヨンは加工済みの製品でアジア向け輸出でマーケティングの余地があった。