【授業開発】コンテンツ作品で題材とされた重要無形民俗文化財を活用した歴史教育について

 

  • コンテンツから文化財
    • コンテンツ作品において、文化財がシナリオの演出をする上で重要な役割を果たす場合があります。その際に対象として扱われた文化財は「物語の効果」によって深く視聴者の心に残ることとなり、従来の文脈からだけではなく、新たな価値が創出されます。こうしてコンテンツを通してその文化財が注目されるようになると、これを契機として歴史的意義もまた再評価されていきます。すなわち、コンテンツとヘリテージの重層的な価値が生まれるのです。ここに、コンテンツだけで閉じてしまう一過性のブームで終わるのではなく、コンテンツをフックとして地域や文化そのものへと関心が広がっていくという可能性を見出すことができるのです。そしてコンテンツ作品に登場した文化財を通して、教科教育や社会教育を行うことが出来れば、ただのミーハー的な興味関心から(※最初はミーハーなノリでも全く問題はない)、文化財の保護・育成・継承にも繋げていくことができるかと思います。

 

  • 『あの花』に出てくる「秩父吉田の龍勢」とは何か?
    • コンテンツツーリズムにより地域の伝統文化が再評価された!
      • コンテンツツーリズムをきっかけとして再発見・再評価が進み、国の重要無形民俗文化財にまでなった事例として「秩父吉田の龍勢」があります。この文化財が出てくる作品は『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』(以下『あの花』)というアニメーション作品です。メディアミックス展開によって漫画、ゲーム、映画、実写ドラマ、パチスロなど様々な媒体に進出しています。では、そもそも「秩父吉田の龍勢」とはどのようなものなのでしょうか?ここでは『月刊 文化財 三月号』(2018年)を引用しておきます。
    • 秩父吉田の龍勢の概要
      • 秩父吉田の龍勢は、埼玉県秩父市下吉田にある椋神社の秋季例大祭に、「龍勢」と呼ばれる打ち上げ式の煙火を製造し、五穀豊穣や天下泰平などを祈願して奉納する行事である。龍勢は、火薬筒に竹製の矢柄を長く取り付けた形状や白煙を噴きながら空高く舞い上がる様子から「農民ロケット」とも呼ばれている。」(6頁)
    • 椋神社の縁起
      • 「椋神社は、秩父地方では、秩父神社とともに『延喜式神名帳』に記載のある古社である。当社の起源によれば、日本武尊が東征の折にこの地で迷ったところ、杖としていた矛が光を放ち、猿田彦大明神が現れて先を導き難を逃れたことから、矛を御神体として祀ったのがその始まりとされる。」(6頁)
    • 龍勢の起源
      • 龍勢の起源については、椋神社の創建伝承と関連し、日本武尊の矛先より発した光を氏子たちが尊び、吉田川の河原で大火を焚き、その燃えさしを空高く投げ上げて神を慰めたことが後世、火薬を用いた龍勢に発展したとする説や、戦国時代の狼煙に由来する説などが伝えられている。」(6頁)
    • 打ち上げ式煙火
      • 「16世紀に鉄砲とともに我が国に伝来した火薬は、戦国時代における兵器や狼煙としての発達を経て、近世になると庶民が見て楽しむ花火に広く使用されるようになる〔……〕その一方で、こうした伝統花火の系譜とは別に、民間の地域社会に伝えられ、神社の祭礼などに奉納されてきた花火に、龍勢や流星などと呼ばれる打ち上げ式の煙火がある。その分布は、関東地方から滋賀県にかけて散見されるのみで、全国的に伝承例は少ない。埼玉県秩父市の吉田地域に伝わる「秩父吉田の龍勢」は、この種の煙火の習俗の典型例として今回、重要無形民俗文化財に指定された。」(48頁)

 

  • 『あの花』における「秩父吉田の龍勢」の扱いとそのシナリオ上の効果
    • それでは『あの花』という作品において「秩父吉田の龍勢」はどのような意味を持つのでしょうか。『あの花』という作品は、一人の少女の死によって崩壊してしまった仲良し幼馴染グループの絆の再生が主題となっています。少女の死がトラウマとなり疎遠になっていた幼馴染たちが、死んだはずのヒロインの死霊の出現を契機として様々な衝突や葛藤を体験し、最終的には再び絆を回復するという内容です。ヒロインの死霊は「生まれ変わり」すなわち「輪廻転生」を目指しているため、未練を解消して成仏させることが、物語の目的となっています。死霊の少女は現世における自分の未練に気づけていないので、様々なことにチャレンジすることになるのですが、その一つが「打ち上げ花火」=「秩父吉田の龍勢」だったのです。幼馴染グループの構成員たちは、様々な打算によってこの企画に参加するのですが、最終的にこの「秩父吉田の龍勢」イベントを体験することによって、自分の罪を告白し腹を割って話せるようになるというシナリオ上の機能を持っています。それ故、本作において「秩父吉田の龍勢」は視聴者の心に強く響くモチーフとなり、新たな価値観が付与されることとなったのでした。

 

  • 『あの花』ファン「龍勢サポーターズ」が果たしている地域文化における役割
    • 秩父吉田の龍勢」という地域文化に注目が集まる上で非常に重要な役割を果たしているのが「龍勢サポーターズ」の存在である。彼らの活動については、片山明久「『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。』ーコンテンツを契機とした常在文化の定着」(岡本健編著『コンテンツツーリズム研究〔増補改訂版〕』、福村出版株式会社、2019年)が詳しいので引用しておく。
      • 「〔……〕龍勢祭に、作品の主人公グループである「超平和バスターズ」が2011年から奉納者として参加している。そしてこれを支えているのが「龍勢サポーターズ」というファングループである。具体的な活動としては、「吉田龍勢保存会」のホームページ管理、「あの花龍勢」の背負い物の製作、龍勢の製造等に加え、「龍勢祭」当日には有料桟敷席へのお客様の誘導、龍勢紹介コーナーの運営、龍勢関連グッズ販売等のほか、櫓建て替えのための募金活動なども行っている。「龍勢祭」という秩父の最も伝統的な文化活動が、ファングループの協力によって支えらえれていることが確認できる。」(142-143頁)

 

  • 秩父吉田の龍勢」に関し、高校日本史の内容として扱える事項
    • 「地域や社会の文化」を「題材」として日本史を学ぼう。
      • 近代政治史の教授がよく述べていることの受け売りなのですが、「個別のテーマを扱う際に常に学術的意義を意識しろ」という言葉があります。地方の場合、その地域でしか研究できない特色あるテーマを全面的に押し出す必要がある一方、単なる地域史・郷土史に陥ってしまうことが多々あるわけです。それ故、学術的意義・社会的意義と絶えずリンクさせる必要があるわけです。高校の歴史教育の場合は、「地域や社会の文化」を「題材」として、学習指導要領や教科書の「内容」をどのように教えるかが問われてきます。では「秩父吉田の龍勢」を題材として高校日本史で扱える内容にはどのようなものがあるでしょうか?
    • 【列挙】高校日本史で扱える事項