雑録

【日本史】政治史人物整理 敗戦後の内閣

敗戦後日本は占領政策を受けたが、冷戦により占領政策は転換。主権が回復され、朝鮮特需によって経済復興した。

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1.占領政策

(1)東久邇宮稔彦内閣(1945.8-1945.10)

  • ①組閣
  • 敗戦処理
    • 皇族の権威を背景に、軍の武装解除・連合軍の進駐・降伏文書の調印(9.2)を進めた。
  • ③GHQとの対立
    • 「一億総懺悔」「国体護持」を唱え、戦犯の逮捕・処罰方針をめぐり対立。さらに政治的・宗教的自由の制限撤廃に関する10月4日の指令(人権指令)を積極的に実行する意思もなかったので総辞職。

(2)幣原喜重郎内閣(1945.10-1946.5) ※4.22に総辞職.後継の吉田内閣まで1か月の政治的空白期

(3)第一次吉田茂内閣(1946.5-1947.5) 日本自由党日本進歩党

  • ①組閣
  • ②戦後改革
    • 1946
      • 9.労働関係調整法公布…労働争議の調停・制限についての法律
      • 10.自作農創設特別措置法(第二次農地改革)…寄生地主制解体・自作農創設。
      • 11.日本国憲法公布
      • 12.傾斜生産方式開始…石炭・鉄鋼生産に資金と資産を集中的に投入し重点的増産。
    • 1947
      • 1.復興金融金庫設立…基幹産業に資金を供給する。融資はインフレを招く(復金インフレ)
      • 1.二・一ゼネスト中止…全体による大規模操業停止を計画するもマッカーサー介入で中止
      • 3.教育基本法公布…民主主義教育の目的・理念、教育行政の大綱を示す。
      • 4.労働基準法公布…労働者保護のための労働条件の最低基準を定めた法律。
      • 4.独占禁止法公布…持株会社カルテル・トラストの禁止、公正取引員会設置
      • 5.日本国憲法施行
  • ③総辞職

(4)片山哲内閣(1947.5-1948.3) 日本社会党民主党国民協同党

  • ①組閣
    • 労働運動の昂揚を背景に、1947年の総選挙(第23回)で日本社会党が143議席を獲得し第1党。
  • ②戦後改革
  • ③総辞職
    • 連立による政権基盤の弱体性、党内左派との対立により総辞職。

(5)芦田均内閣(1948.3-1948.10)  民主党社会党国民協同党

  • ①組閣
  • ②占領地政策に変化のきざし
    • 政令201号…全公務員の争議行為を禁止し、団体交渉権を厳しく制限。
  • ③昭電疑獄事件
    • 大手化学肥料メーカー昭和電工汚職。政財界・GHQから多くの逮捕者が出て倒閣。

2.冷戦と占領政策の転換

(1)第二次吉田茂内閣(1948.10-1949.2) 民主自由党

  • ①組閣
    • 昭電疑獄事件による芦田内閣崩壊後、民主自由党を基盤として成立。
  • ②極東における米ソ対立 → 米、占領政策の目的を「非軍事化」から「経済復興」に転換。
    • 経済安定九原則…緊縮財政・インフレ抑制で日本経済の自立化を目指す。→予算均衡、徴税強化、金融機関貸出制限、賃金安定、物価統制、為替管理強化、輸出促進、工業製品増産、食糧供出制度強化
  • ③解散

(2)第三次吉田茂内閣(1949.2-1952.10) (民主自由党 → 改編〈1950年3月〉→ 自由党)

  • ①組閣
  • ②経済政策
    • ドッジ=ライン(49.3)…デトロイト銀行頭取であるドッジによる経済安定策
      • 赤字を許さない均衡予算、単一為替レート(1ドル=360円)設定→国際競争の中での輸出振興
    • シャウプ勧告(49.9)…税制の大改革。直接税中心、累進課税制、資本蓄積のために法人税は優遇。
  • ③安定恐慌
    • インフレを収束させるため政府が金融を引き締めて貨幣価値を安定させる政策をとる時に起こる。カネ詰まり・中小企業倒産・失業が増加。特に国鉄では下山・三鷹・松山事件が起こった。
  • ④特需景気
    • 朝鮮戦争勃発(50.6)→米軍が多くの物資・サービスをドルで調達して経済復活!
  • ⑤外交
  • ⑥逆コース
    • 戦後の民主化・非軍事化に逆行する政策から転換する→再軍備・戦犯減刑・レッドパージ・公職追放解除
    • 鳩山一郎、政界復帰。事実上吉田の政的となり与党内反主流派を形成。
  • ⑦抜き打ち解散(52.8)
    • 与党内反主流派(=鳩山派)に打撃を与えるために解散。

(3)第四次吉田茂内閣(1952.10-53.5) 自由党

  • ①組閣
  • ②バカヤロー解散

(4)第五次吉田茂内閣(1953.5-54.12) 自由党