雑録

国民国家形成【2】イギリス~ヴィクトリア朝時代~

1.パクス=ブリタニカの成立

(1)パクス=ブリタニカ

  • ①イギリスの覇権 ← ナポレオン支配の崩壊により、イギリスに対抗できる強国が無くなる。
  • ヴィクトリア時代(1837~1901)
    • 経済的・軍事的に他国を圧倒。
      • →Ex.1851年の第1回ロンドン万博は世界中の産物が集まり、イギリスの繁栄を象徴。

(2)イギリス自由主義思想

  • ☆人間の活動に様々な規制を加えず、自由な活動を認める考え方。経済的には自由貿易、政治的には国民国家と民主主義を目指す動き。
  • ①アダム=スミス…利己心にもとづく営利追求こそが社会に冨をもたらす
    • レッセ=フェール…各人が利己心に従って行動しても「神の見えざる手」という市場メカニズムが働き、社会全体の利益を生むという考え方。
      • ※共感の原理…アダム=スミスは利己心なら何でも認めたのではない。第三者の立場にある公平な観察者の共感を得られる枠の内で行動する限りでのみ、利己的な行為が是認されるとした。
  • 功利主義思想
    • 量的功利主義(ベンサム)
      • 「最大多数の最大幸福」と唱え、社会は諸個人の総和であるから、諸個人の幸福の総計が社会全体の幸福になると説く。
      • 幸福の分配においては各人は平等に一人として数えられなければならず、誰にも特権による家産は認められないと主張し、普通選挙法を目指す選挙法改正の運動に努力した。
    • 質的功利主義(J.S.ミル)
      • 知識偏重の教育の行き詰まりから精神的危機に陥るが、音楽や絵画、詩に触れて内面的な感情の豊かさを回復することによって克服。これを契機に人間の尊厳や品位の感覚にふさわしい質の高い幸福を説いた。
      • 個性の自由な発展が社会全体の進歩に繋がると考え、思想・言論等の精神的自由の必要性を強調。

(3)経済の自由化

  • ☆アダム=スミスの主張した自由貿易経済は第1回選挙法改正(1832)以降、議会に進出した産業資本家により着実に進められる。
  • 穀物法廃止(1846)
    • 穀物法はナポレオン戦争直後(1815)、大陸封鎖の解除により打撃を受ける地主たちを保護するために制定された。
    • 1839年にコブデン・ブライトらが中心となり、反穀物法同盟を結成 → 46年廃止。
      • 産業革命により人口が急増→穀物需要の増加により穀物価格が高騰→労働コストが上がる→産業資本家は食費を抑え、賃金を下げようとする→反穀物法同盟。
  • 自由貿易政策
    • ☆産業資本家が自由貿易を求めた背景…資本家は、労働者が日常的に飲むようになった砂糖入り紅茶を安くすることが、結果的にイギリスの製品を安くし、外国との競争に勝てる条件だと考えた。そのためアジア貿易を独占して茶の値段をつり上げる東インド会社や高関税をかける砂糖プランターたちが不都合となった。
    • a.茶関係→東インド会社の特権廃止
    • b.砂糖関係→奴隷制度を争点にすることで砂糖プランターを撃破!
    • ※産業資本家の利潤追求だけでなく、福音主義者たちも熱心に奴隷問題に取り組んでいた。

 

  • 自由貿易の完成
    • 航海法廃止(1849)…一部海運業者のみを利するという理由で廃止。
      • 航海法は1651年、クロムウェルがオランダの中継貿易を締め出すために制定。貿易の際、商品の輸送をイギリス船と相手国の船に限定した。イギリスによる植民地貿易の独占を目的とする重商主義政策の一つだった。
    • 他国への自由貿易要求
      • →19世紀前半には、イギリスだけが産業革命を達成した国であったため、「世界の工場」といわれたイギリスは、他のどの国より安く大量の工業製品を輸出できたから。
      • ※途上国・新興国は自国の経済を守るために国内産業を保護しようとする。→プロイセンのドイツ関税同盟など

2.労働運動の解放と選挙権の拡大

2-1.労働運動の解放

☆イギリスの支配階級は、政治的にも規制の緩和をはかり、新興産業資本家などのブルジョワジーや労働者の一部を政治に参加させることで、社会の安定を図ろうとした。

(1)労働者懐柔政策
  • 1824:団結(結社)禁止法の廃止 →労働組合の設立が認められ、労働者の権利が強化された。
  • 1833:包括的な工場法の施行 →労働時間の制限など労働者の保護が進む。※工場法は何度かだされている。
(2)対アイルランド移民政策

2-2.選挙権の拡大

(1)第1回選挙法改正
  • ①従来のイギリス議会…地主による寡頭支配 (有権者は年収40ポンド以上の土地所有者)
  • 産業革命(18世紀後半)…社会的変動がもたらされ、大規模な人口移動が起こる。
    • 腐敗選挙区…有権者に比べて議員定数が多い選挙区のこと。50名の有権者に対して2名の議員を出す選挙区が45か所もあったとされる。
  • 1830年:フランス七月革命の影響 → イギリスでホイッグ党政権(支持基盤:産業資本家)が誕生
  • 1832年:グレー内閣、第1回選挙法改正⇒腐敗選挙区の廃止、⇒産業資本家が選挙権を獲得。
(2)政界の再編
(3)イギリス選挙法改正まとめ
(4)労働者階級の運動まとめ
  • 1810年代 手工業者の没落
    • ラダイト運動産業革命による機械化で職を失った職人たちが機械打ちこわし運動を展開。政府の厳しい弾圧政策によって鎮圧された。
  • 1830年代後半~ 都市労働者増加
    • チャーティスト運動…1832年の第1回選挙法改正では労働者に選挙権が与えられなかった都市労働者たちが人民憲章を掲げて政治闘争を改正。フランス二月革命の影響を受けて1848年には最高潮の盛り上がりを見せたが、請願は拒否され、停滞した。
  • 人民憲章
    • ①男子普通選挙・②無記名秘密投票・③議員の有産資格の廃止・④議員への歳費の支給・⑤選挙区の公平な区割り・⑥議会の毎年改選の6項目で数百万の署名を集めて議会に提出した。

3.アイルランドの不満

(1)アイルランド人はいったい何に不満なのか?

(2)アイルランド問題 アイルランド人差別

  • ①工場労働者化…産業革命によりイギリス本国へ移住し低賃金労働力。
  • ③宗教問題…審査法が制定されていたため公職に国教徒しか就けず、1828年の選挙で議員に当選したオコンネルはイギリス議会での地位を拒否される。
  • ④土地問題…約3分の2の土地をイギリス人不在地主が所有。アイルランド人はコティヤーと呼ばれる隷属的な小作人で搾取されていた。生産した小麦はイギリスに輸出し、ジャガイモを主食としていた。
    • じゃがいも大飢饉…1840年代半ば、疫病による凶作で飢饉が発生し、100万人以上が餓死し100万人がアメリカやイギリス本国へ移住した。大飢饉が起きた時もイギリスへの小麦輸出は以前と変わらない水準だった。→これ以後、自治権獲得運動高まる。
    • アイルランド土地法…1870年、アイルランド人の小作権や地代権が改善され、81年の改訂で土地購入権も承認される。