1.パクス=ブリタニカの成立
(1)パクス=ブリタニカ
- ①イギリスの覇権 ← ナポレオン支配の崩壊により、イギリスに対抗できる強国が無くなる。
- ②ヴィクトリア時代(1837~1901)
- 経済的・軍事的に他国を圧倒。
- →Ex.1851年の第1回ロンドン万博は世界中の産物が集まり、イギリスの繁栄を象徴。
- 経済的・軍事的に他国を圧倒。
(2)イギリス自由主義思想
- ②功利主義思想
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- 質的功利主義(J.S.ミル)
- 知識偏重の教育の行き詰まりから精神的危機に陥るが、音楽や絵画、詩に触れて内面的な感情の豊かさを回復することによって克服。これを契機に人間の尊厳や品位の感覚にふさわしい質の高い幸福を説いた。
- 個性の自由な発展が社会全体の進歩に繋がると考え、思想・言論等の精神的自由の必要性を強調。
- 質的功利主義(J.S.ミル)
(3)経済の自由化
- ②自由貿易政策
2.労働運動の解放と選挙権の拡大
2-1.労働運動の解放
☆イギリスの支配階級は、政治的にも規制の緩和をはかり、新興産業資本家などのブルジョワジーや労働者の一部を政治に参加させることで、社会の安定を図ろうとした。
(1)労働者懐柔政策
- 1824:団結(結社)禁止法の廃止 →労働組合の設立が認められ、労働者の権利が強化された。
- 1833:包括的な工場法の施行 →労働時間の制限など労働者の保護が進む。※工場法は何度かだされている。
3.アイルランドの不満
(1)アイルランド人はいったい何に不満なのか?
(2)アイルランド問題 アイルランド人差別
- ①工場労働者化…産業革命によりイギリス本国へ移住し低賃金労働力。
- ③宗教問題…審査法が制定されていたため公職に国教徒しか就けず、1828年の選挙で議員に当選したオコンネルはイギリス議会での地位を拒否される。
- ⑤自治・独立運動
- a.アイルランド自治法案(1886、1893)の流産…自治獲得を目指すアイルランド国民党が自由党内閣を通じて議会に提出したが、保守党だけでなく自由党の多くの議員も反対に回り成立しなかった
- b.アイルランド自治法の延期…1914年にアイルランド自治法が成立するが、第一次世界大戦の勃発を口実に実施が延期された。
- c.イースター蜂起…1916年、アイルランド自治法の実施延期に抗議して、急進的なシン=フェイン党などが、復活祭の期間に武装蜂起したが鎮圧された。
- d.アイルランド自由国…1922年に自治領として成立。しかし北アイルランドはイギリスが統治。
- e.エール…アイルランド自由国はイギリス連邦内の独立国として1937年に共和政に移行し新しい国名「エール」を名乗る。
- f.イギリス連邦から離脱…1949年に離脱しアイルランド共和国が成立する。
- g.北アイルランド問題…アイルランド北部のアルスター地方は未だに英領であり、現在も対立。