古代ローマ史

1.共和政ローマ

(1) ローマの起源

(2)身分闘争の時代

  • ①貴族の支配
    • 執政官(コンスル)…最高公職者。2名が任期1年で行政・軍務など国政全般を主導したが貴族が独占。
    • 独裁官(ディクタトル)…非常時に設置され、全権を委任された唯一の臨時職。任期は6ヶ月で再任は認めず。元老院の提案でコンスルが指名。
    • 元老院…公職経験者の終身議員から構成される最高の諮問機関。国政全般にわたる諮問権を持ち、コンスルなど公職者に助言を与えた。前3世紀までは、民会での決定には元老院の承認が必要とされていた。
  • ②貴族(パトリキ)と平民(プレブス)の対立
    • 中小農民を主とするプレブスは重装歩兵として軍事力の主力となっていたため、政治的権利の拡大を要求して貴族と対立。

 

  • 護民官の設置
    • 前494。平民保護のための役職。平民会で選ばれ平民会を主宰した。身体は神聖不可侵とされ、元老院コンスルの決議と行為に対する拒否権を保障された。
  • ④十二表法
    • 前5世紀半ば。ローマ最古の成文法。旧来の慣習法が成文化されたため、貴族による法知識の独占が破られた。
  • ⑤リキニウス=セクスティウス法(前367)
    • コンスルの1名は平民より選出すること
    • 公有地の占有を一人500ユゲラ(125ha)に制限すること。
  • ⑥ホルテンシウス法
  • 【補】ローマ共和政とアテネ民主政の違い
    • コンスルを経験した上層平民が、貴族とともに新しい支配層(ノビレス)を構成したので、ローマではアテネのような民主政は実現しなかった。

(3)イタリア半島の統一

イタリア半島の南部にはギリシア植民市が存在していた

  • 前272 南イタリアギリシア人都市タレントゥムを占領し、ローマはイタリア半島を統一。
  • 分割統治…征服した諸都市に対し、市民権の有無など権利や義務に格差のある関係を個別に結んで支配し、諸都市が結束してローマに反抗することを防いだ統治政策。

(4)対外戦争

(4)-1.ポエニ戦争
(4)-2.ギリシア制圧戦

(5)ローマ社会の変質 ~格差社会と重装歩兵の崩壊~

  • ①有力者たちの繁栄
    • ローマは属州を獲得し直轄支配を行うが、属州に赴任する総督・騎士身分の徴税請負人が属州で収奪を行い、巨利を得る。土地を購入し、戦争捕虜による奴隷を大量に使役してラティフンディウムを経営。オリーブ、ぶどう、小麦などの商品作物を栽培した。

  • ②中小農民の没落
    • 重装歩兵として戦うが長期の戦争で疲弊したうえ、属州から安価な穀物流入し、農地も荒廃して没落。食い詰めた農民たちは首都ローマに流入して無産市民となる。有力者は無産市民を支持基盤としていたため「パンとサーカス」を提供して支持を集める。

(6)グラックス兄弟の改革

  • 背景:重装歩兵の担い手であった中小農民の没落に危機感を抱く
  • 内容:リキニウス=セクスティウス法を復活し、大土地所有の制限と無産市民への土地分配を実施。
  • 結果:元老院の反対で失敗(兄暗殺、弟自殺)
  • 影響:改革の失敗以後「内乱の1世紀」へ突入。

(7)内乱の一世紀

グラックス兄弟の改革が失敗に終わり「内乱の一世紀」へ突入

(7)-1. 平民派VS閥族派
  • ①平民派マリウス
    • 民衆の支持を受ける
    • 軍制改革…武器自弁の原則を捨て、無産市民を武装させて職業軍人とする。
    • スラにクーデタを起こされ一時期アフリカに亡命するが前87年にローマに復帰し、閥族派を虐殺。翌86年 病死
  • 閥族派スラ
    • 元老院と結びつく
    • 元々はマリウスの武将。同盟市戦争を鎮圧して武功を立てる。のち、軍事指揮権をめぐりマリウスと衝突。
    • マリウスの死後、平民派を追放して、独裁政治を行う。
(7)-2. 内乱

(8)三頭政治

(8)-1.第一回三頭政治
  • 元老院支配への挑戦
    • 内乱の1世紀に対し元老院を中心とする伝統的政治体制は対処できず。他方で内乱を武力で収拾した者のなかから私兵と財力によって元老院の権威に対抗できるほどの権力を蓄える政治家たちが出現。
  • カエサルの独裁政治
    • 独裁
      • 独裁官・最高軍司令官・最高神官・護民官の神聖権を手中にし、実質的な君主のごとき存在となる。
      • 民会は有名無実化しており、元老院には権限を許さず。
    • 暗殺
      • 共和派の反感を呼び、ブルートゥスらによって暗殺される。
(8)-2.第二回三頭政治

2.帝政ローマ

(1)帝政初期の展開

(1)-1.プリンキパトゥス(元首政)
(1)-2.ネロ帝(位54~68)
  • 哲人セネカの後見で善政を敷いていたが、暴虐の性格を現し母と妻を殺害。64年にローマ市の大火の罪をキリスト教徒に帰して迫害した。
(1)-3.五賢帝の時代

(2)帝政ローマの社会と経済

(2)-1.都市の役割
  • ①政治・経済…まだ官僚制が発達せず、帝国内の各地では自治を行う都市が中核となり帝国の統治を支え、経済活動を担う。
  • ②ローマ風都市の広がり…西方の属州でローマ風都市が盛んに建設され、生活様式が持ち込まれる。
  • ③高度な文明生活…上下水道や市民のための公共施設の整備→水道橋・コロッセウム・アッピア街道など
(2)-2.遠隔地商業ネットワークの形成
  • ①街道網・地中海海路の整備、法律・貨幣・度量衡の統一
  • ②日常品…穀物・ブドウ酒・オリーヴ油など
  • ③特産品…ヒスパニアの鉱物資源、ガリアの陶器
  • ④小麦…エジプト・シチリアなどの属州から首都ローマへ大量に供給され、首都の人口を養う。

(3)3世紀の危機

3世紀にローマ帝国が陥った全般的危機のこと

  • ②社会経済:都市の没落と商業の衰退
    • 軍事費の増大 → 都市への重税と貨幣の改悪
    • 都市の衰退  → 戦争難民の都市流入・上層市民の郊外移転・疫病による治安の悪化
    • コロナトゥス → 没落自由農民や解放奴隷を隷属的小作人(コロヌス)として使役する生産体制。自給自足的大所領が独立することになり、地方分離が促された。
  • ③政治:専制君主制への移行期
    • 市民たちの政治的無関心…カラカラ帝(位212~217)はアントニヌス勅令により帝国の全自由民にローマ市民権を賦与(増税策)。ところが市民達は市民権が特権ではなくなると政治への気概を失い、受動的な臣民となってしまった。
    • 人皇帝時代…235~284年のあいだ、属州の軍団でそれぞれ皇帝を擁立し、争う内乱の時代となる。約50年間に26人もの皇帝が即位した。人物としてはササン朝のシャープール1世の捕虜となったヴァレリアヌスが有名。

(4)ドミナトゥスの時代

専制君主政。皇帝がドミヌス(主人)と呼ばれたことが由来。

  • ディオクレティアヌス帝(位284~305)
    • ドミナトゥス…軍人皇帝時代の混乱を収拾し、中央集権的な官僚制を実施して徴税を強化。強力な軍隊と官僚に支えられ、権威を強化するためにペルシア風の儀礼も導入。
    • テトラルキア…帝国を四分割して東西を2正帝・2副帝が分担して国土の防衛を担う統治体制。
    • 皇帝崇拝強制 → キリスト教徒を大迫害!(キリスト教徒は皇帝崇拝を拒否し、ローマの神々への祭祀に参加せず、帝国の統治を阻害するとみなされたから)
  • ②コンステンティヌス帝(位306~337)
    • 帝国の再統一…テトラルキア崩壊後に帝国を再統一し、324年に単独皇帝となる。
    • 遷都…ビザンティウムに遷都してコンスタンティノープルと改称。
    • 職業・身分の固定化…都市において住民の職業を固定化し、世襲させた。
    • コロヌスの土地緊縛…徴税のためにコロヌスの移動を禁じる。
    • 貨幣政策…純度の高いソリドゥス金貨を発行して交易の安定化を図る。
    • 宗教政策…キリスト教を統治に利用するためミラノ勅令で公認し、ニケーア公会議で教義を統一。