雑録

近世ヨーロッパ史【1】大航海時代

1.アジア物産を求めて

(1)大航海時代のはじまり

  • ①背景:14~15世紀の経済危機 → 繁栄するアジアへの憧れ・「黄金の国ジパング」を目指す
    • ※Cf.黄金の国ジパング ← マルコ=ポーロの『世界の記述』(東方見聞録)
  • ②ねらい

(2)ポルトガル海上進出

  • エンリケ航海王子がセウタを攻略してアフリカ西岸探検を開始。
    • ※彼自身は船酔いがひどく、ほとんど航海をしなかった。
  • ②1488年、バルトロメウ=ディアスがアフリカ最南端に到達
    • ※ディアス自身は最南端を「嵐の岬」と命名したが、ジョアン2世が「喜望峰」とした。
  • ③1498年、ヴァスコ=ダ=ガマがインド西岸のカリカットに到達 → インド航路開く

(3)ポルトガルの港湾支配

  • ①アジア内交易への参入  ☆直接モルッカ諸島に進出するのが難しく港湾支配を中心に進めていく。
    • セイロン(1505)、ゴア(1510)、マラッカ(1511)を拠点。
  • ②日中交易への参入
    • 1557年、マカオに居住権を得る。
  • ③アジア内交易ネットワーク
    • アジア商品を本国に持ち帰るだけではない
      • 中国と日本の金・銀のレート差を利用
      • 生糸などの取引を行う(※勘合貿易以後交易が断たれ日本では生産できない生糸の需要が高まる)

2.アメリカの「発見」

(1)コロンブス

  • トスカネリの地球球体説を信じて西回り航路でアジアを目指す。
  • 1492年、スペインのイサベル女王の援助でサンサルバドル島に到達。のちにはアメリカ大陸にも上陸。

(2)新大陸と世界周航

  • ②世界周航 ※世界周航を成し遂げたのはマゼランの部下18名。
    • マゼラン…スペインのカルロス1世の援助で航行したポルトガル人。アメリカ大陸を南下し海峡を通過して太平洋を横断。フィリピンに到達するがマクタン島首長ラプラプに殺害された。

(3)英仏の探検航海

  • イギリス:15世紀末、カボット父子北米を探検。ヘンリ7世の領土と宣言。
  • フランス:16世紀初め、カナダのセントローレンス川を探検。

(4)ポルトガル領ブラジル

  • 1493年:教皇子午線…スペインとポルトガルで海外領土をめぐる抗争が生じたため、教皇アレクサンデル6世が設定した海外領土分割線。
  • 1494年:トルデシリャス条約…教皇子午線を西方1500㎞移動。この結果、ブラジルはポルトガル領。
  • 1500年:カブラルがインド航路航海中に漂流しブラジルに到着。ポルトガル領と宣言。実際にはスペインの探検家ビンソンが3ヶ月前に到達していた。

(5)メキシコ銀

    • インド航路によりアジア商品を容易に入手できるようになったが、アジアに輸出するものは少ない。
    • →支払い手段は・・・「銀」(ポトシ銀山などスペイン人が開発したラテン=アメリカの銀山)

(6)大航海時代の歴史的意義

 ‣世界各地を結びつけ、ヨーロッパ諸国に発展をもたらす。
 ‣ヨーロッパが世界を分割し、支配する時代につながる。

3.スペインによるアメリカの開発

(1)コンキスタドール(征服者)

(2)スペインの植民地経営

  • ①アジアとアメリカの違い
    • アジア
      • 現地内部の貿易が盛ん
      • 大規模な貿易ネットワークの形成
    • アメリ
      • 文明間を越えるネットワークがない
      • 世界商品がない(アジアでは香辛料)
  • ②利益の高い商品の生産
    • a.労働力形態
      • エンコミエンダ制…1503年、スペインが王令で定めたラテンアメリカにおける土地制度。スペイン国王が植民者に先住民の統治を委託し、キリスト教に改宗させることを条件に労働力として使用することを認めた。植民者たちが先住民を酷使したため人口が激減した。
        • ☆ラス=カサス…『インディオの破壊に関する簡潔な報告』。エンコミエンダ制下のインディオの悲惨な状況をスペイン国王に訴え、インディオ奴隷化の廃止と権利の擁護に努めた。
      • アシエンダ制…17世紀以降ラテンアメリカのスペイン植民地で広まった大農園制。エンコミエンダ制に代わり普及。黒人奴隷を労働力に商品作物を栽培した。
        • ☆アシエント…スペイン領アメリカに対する奴隷供給請負契約のこと。黒人奴隷の労働力を必要としたスペインはトルデシリャス条約によりアフリカに植民地を持たなかったため、外国商人と奴隷貿易の請負契約を結んだ。
    • b.生産方式
      • プランテーション…商品作物栽培を目的とした大農園制。ヨーロッパが半植民地・植民地で実施。単一種耕作(モノカルチャー)の性格から現在の農業構造を破壊した。現在もその弊害が残る。
    • c.銀山開発
      • ポトシ銀山…1545年に発見されたアメリカ大陸最大の銀山。現在のボリビアにあり一時は世界最大の銀産出量を誇った。ヨーロッパに大量輸送された銀は価格革命をおこす一因となった。
      • アジア交易…銀を支払いアジア交易。ヨーロッパにはアジア物産、アジアには銀が大量にもたらされる。

4.ヨーロッパの「商業革命」・「価格革命」

(1)貿易関係の変化 ~東方貿易への打撃~

  • イタリア諸都市の独占の喪失
    • 大航海時代以前は香辛料などのアジア商品はムスリム商人との交易により地中海にもたらされていたが、新航路の発見により東方貿易は打撃を受け、イタリア諸都市の独占は喪失された。

(2)大西洋奴隷貿易(大西洋三角貿易

  • 概要:ヨーロッパからアフリカに武器を輸出して奴隷狩りをさせ、獲得した奴隷をアメリカに送ってプランテーションの労働力とし(黒い積み荷)、生産した銀や砂糖をヨーロッパに供給する(白い積み荷)。
  • 目的:アメリカ大陸で銀・砂糖などの商品を生産し続けるため→Cf.モノカルチャー経済、従属理論

(3)商業革命

  • 概要:大航海時代の新航路開拓がもたらしたヨーロッパの貿易構造の変化のこと。
  • 結果:従来の北イタリア諸都市による東方貿易(レヴァント貿易)が衰退し、ドイツ産の銀が駆逐され、貿易の中心地が地中海から大西洋へと移動。
  • Cf.中国における明王朝ではアジア物産を求めるヨーロッパの支払いにより銀が大量に流入し銀納の税制である一条鞭法が普及。

(4)価格革命

  • 概要:16世紀なかば以降、アメリカ大陸からの銀の大量流入により起こったヨーロッパの物価騰貴。ヨーロッパの銀価が下落し、物価が2~3倍上昇した。
  • 影響
    • 西欧
      • →定額の貨幣地代に依存する封建領主は実質的な収入減となり財政難に陥る一方で、独立自営農民・都市商工業者の利潤が増大。
      • →価格革命の経済史的な意義は、地代負担の軽減や金利の低下によって西欧における産業資本主義の発達を促した。
    • 東欧
      • →西欧向け輸出穀物栽培を目的に農場領主制(グーツヘルシャフト)が発展。領主が農民保有地を奪って保有地を増やし、農民への賦役労働を強化した(再版農奴制)。

5.世界システム論 16世紀「近代世界システム」の成立

  • 提唱:米国歴史社会学ウォーラーステインが1970年代に提唱した近代世界の分析方法。
  • 概略:前近代世界では世界の各地域は政治的権力・宗教的権威を軸に秩序化されていた。
    • 大航海時代以降世界的な分業システムの下で資本主義と呼ばれる一つの経済体制に組み込まれるようになった。
  • 内容:資本主義体制における諸地域を三つに区分。先進地域である「中核」、中間的な「半周辺」、経済的従属地域や植民地である「周辺」。このシステムが20世紀には世界全体をおおい、「一体化した世界」が出現。その中で圧倒的な力を持つ「覇権国家」が出現する。