倫理 源流思想【1】ギリシア思想

0.なぜ源流思想を学ぶのか

  • 倫理は、人間はなぜ生きるのかを学ぶ科目 →古来の思想家たちは人間についてどう考えたかを参考にする
  • 古代ギリシャ…哲学を生み出す。自然と人間の調和的秩序のなかで、人間としての善なる生き方や幸福について探究。根底にあるのは理性の尊重。

1.神話から哲学へ

1-1.ポリスと市民

  • 重装歩兵民主制
    • 古代ギリシャを学ぶ理由は「理性の尊重」とそれに伴う「古代民主制」にある。だが、民主制の起源として賛美されるギリシャでも民会に参加できるのは成人男性のみであり、女性と奴隷は民会に参加できなかった。では、なぜ成人男性だけが民会に参加できたのだろうか。その答えが重装歩兵民主制である。市民の生活と自由はポリスの安全と平和の上になりたっていたが、それをもたらしたのは戦士としてポリスを守る成人男性だった。つまり、重装歩兵としてポリスを守る代償として民会への参加権が得られていたのだ。このことを頭に入れておくと、なぜ世界では女性に選挙権が与えられたのが遅かったのかが理解することが出来る。
  • 市民の理想的生き方…それぞれが分を守り、他を侵さないという正義をわきまえ、善と美の調和(カロカガティア)がとれていること。

1-2.哲学への道

  • 人間としての生き方、世界の形成は当初、神話によって説明される。
  • 神話によって世界を解釈した者たち☆
    • ホメロス…『イリアス』、『オデュッセイア』。神の定めた運命に従いながらも、自己に課せられた使命を主体的な意志によって果たす人間を描く。
    • ヘシオドス…『神統記』。神話的表現を用いながら、宇宙の生成について統一的な説明を試みる。
    • ソフォクレスギリシャ悲劇の詩人。神話の作品を題材とし、ギリシャ人の基礎教養をつくりだす。
  • 民会の発展と知的探究心の養成
    • 神話による世界解釈を脱却、人間の理性(ロゴス)により真理を見出そうとする。
    • テオーリア(観想)…個々の事物を見つめ、それを超えて存在する普遍的・客観的原理をとらえようとする。
    • フィロソフィア(愛知)…自由に真理を求め愛するという精神。世界や人生に関する根本的な真理についての知恵を愛し求めるということ。

2.自然哲学の誕生とソフィスト

2-1.自然哲学の成立

(1)自然哲学
  • 紀元前6世紀、ギリシア植民地イオニアのミレトスで最初の哲学である自然哲学が誕生。
  • 自然哲学の研究対象は、万物の根源(アルケ-)は何か、ということ。宇宙(神々、人間)の生成や自然現象を神話ではなく合理的・学問的に考察しようとした。
(2)アルケ-の探求
  • タレス…最初の哲学者。「万物の根源は水」とし、神話的世界観を脱却。
  • アナクシマンドロス…性質的・量的に「無限なもの」。「限られないもの」(ト・アペイロン)
  • アナクシメネス…永遠に動き続ける「空気」。空気の希薄化と濃厚化により万物を説明。
  • ヘラクレイトス…「火」。「万物は火の交換物」であるとし、「万物は流転する」と説く。
  • ピタゴラス…「数」。厳格な規律により音楽・数学・体操により魂のカタルシス(浄化)。
  • パルメニデス…事物の生成消滅・変化を否定。「あるものはただ一にして一切の存在である」。
  • エンペドクレス…「火・空気・水・土」の四元素が事物の生成消滅・変化を起こす。
  • デモクリトス…「原子」(アトム)。原子が運動し、分離結合することで自然を説明する原子論

2-2.ソフィストの登場

(1)背景
  • ペルシャ戦争→無産市民の活躍→民主政治の成立→政治的知識・弁論術の重要視
  • 紀元前5世紀頃、学問や思想の対象が自然(ピュシス)から人為(ノモス)への転換
  • ソフィスト(知者)と称される職業教師の登場
(2)人物
  • プロタゴラス…人間は万物の尺度である
    • 諸国を旅したので、それぞれの国にはそれぞれの法があり、それぞれの正しさがあることを知っていた。
    • 真理の基準は個々の人間による(主観主義)
    • 絶対的、客観的な真実は存在しない(相対主義)
  • ゴルギアス…非存在について
    • 絶対的な真理の否定
      • 真理は人により異なる相対的なものであり、絶対的な真理は存在しない。
    • 知識否定論
      • 「人間の知るものは一切の偽りである」
(3)ソフィストの詭弁
  • 個々の事物を超えて存在する普遍的な真理を否定することは、人々に共通する価値の否定につながる!
  • 真理を追究するよりも弁論に勝つことに専念する風潮が高まる。
  • ペロポネソス戦争でスパルタに敗北したアテネでは人々の心は荒廃、道徳意識の荒廃
  • ソクラテスの登場…ソフィストによる相対主義を克服し、アテネの正義と秩序の回復を求め、人間としていかに生きるべきかを説く。

3.真の知への道-ソクラテス

3-1.哲学的出発点「無知の知

  • デルフォイの神託「ソクラテス以上に知恵のあるものはいない」
    • 賢者たちと問答…相手は知らないのに何かを知っていると思っている。自分は知らないと思っている。
    • 無知の知…自分の無知を自覚しているという点で、自分は他人よりも優れている。
  • ②「汝自身を知れ」
    • 人間としてのあるべき生き方は、自己の無知を自覚し、無知であるからこそ知を愛し求めることにある。
  • ③問答法とエイロネイア
    • エイロネイア(皮肉)…自分が無知であるかのようにふるまい、反対に相手の無知をさらけ出させる。
    • 問答法(助産術・産婆術)…問答を繰り返すことによって、相手に無知を自覚させ、思索を深めさせて真の知にいたらしめた。
      • 知を外から教え込むことは出来ず、知を教えるのではない。相手が自ら知を深めていく事の手助けができるだけである。

3-2.真の知とは何か

  • あらゆるものには「固有の役割」がある → その役割を果たすのに要求される能力・資質がアレテー
  • 人間としてのアレテーは「徳」=「魂への配慮」…魂(プシュケー)を良いものにすること。
  • 魂の本質は理性→理性が固有の機能を果たせば魂は良くなる→理性の機能は真理を知ること→魂を良くするには真理を愛し求めればよい。
    • 知徳合一…魂のそなえるべき徳が何かを知れば、徳についての知識に基づき正しい生き方へ導かれる。
    • 知行合一…真の知とは必ず実践へと向かうので、現実の行為と一体のものであるということ。
    • 福徳一致…徳をもつことがよく生きることであり、幸福であるという考え方。

3-3.ソクラテスの死

  • 「国家の認める神々を認めず、新しい神を信じ、青年たちを腐敗・堕落させた者」として告発される。
  • 裁判では命乞いをせず、市民の道徳的堕落を厳しく批判 → 死刑判決 → 亡命せず毒杯を仰ぎ刑死
  • ただ生きるということではなく、よく生きること
    • ソクラテスにとっては、国法に背いて脱獄するよりも、国法に従って死ぬことが正義であり正しい生き方であった。

4.理想主義的なあり方-プラトン

4-1.イデアを求めて

  • 「真理の認識」とは、理性の働きでイデアを把握すること。
  • イデア
    • 理性によってのみとらえられる。事物・価値の理想的な原型
    • 個々の事物が存する感覚的世界(現象界)を超えたイデア界(叡智界)に存在する。
    • イデアを認識することが、学問の目的。
    • 善のイデア…様々なイデアの中の最高のイデアイデア界に君臨するイデアの中のイデア

4-2.エロースとアナムネーシス

  • 二元論的世界観…世界を感覚でとらえられる現象界と、理性でとらえられるイデア界とに分けて認識する
  • 洞窟の比喩と太陽の比喩
    • 「善のイデア」を認識するには、肉体という牢獄にとらわれ、感覚に妨げられて、その本来のはたらきを発揮することができないでいるニンゲンの魂を解放しなければならない。
  • アナムネーシス…現象界で真善美に触れると忘れていたイデア界を魂が思い起こすこと。
  • エロース…人間の魂がイデア界に憧れ知ろうとする熱愛。イデアを思慕し想起する魂の原動力。

4-3.四元徳と理想国家

  • 元徳…知恵・勇気・節制・正義
  • 正義の国家
    • 理性→知恵…統治者
    • 気概→勇気…軍人
    • 欲望→節制…生産者
  • 理想国家…哲学者が統治者となるか、統治者が哲学者となる哲人政治。知恵の徳にすぐれ、善のイデアを認識できる哲人が国を指導するとき、はじめて国家全体の正義が実現され、国民の幸福が保障される。

5.現実主義的なあり方-アリストテレス

5-1.イデア論批判 形相と質料

  • アリストテレスイデア論批判
    • プラトンの立場では事物の本質(イデア)は個物を超越しているが、アリストレスの立場では事物の本質は個物に内在している。
  • アリストテレスは形相(エイドス)と質料(ヒュレー)で、真の実在を証明しようとする。
    • 形相…事物に内在し、それが「何であるか」を規定する本質。
    • 質料…素材という意味。個物が何であるかを規定するエイドスと結合して個物を作る。
  • 最高善と観想的生活
    • 幸福=あらゆる人間の最終目標=理性の活動を完成すること=最高善
    • 人間の生活
      • a.享楽的生活…快楽の善
      • b.政治的生活…名誉の善
      • c.観想的生活…知恵の善 ◎もっとも望ましい「最善なるもの(理性)がそれに固有な徳を備えてする活動」
        • ※観想…真理を純粋に考察すること。

5-2.知性的徳と倫理的徳

    • 理性的な領域  →知性的徳…観想的生活に即した徳 (例:知恵、思慮、努力)
    • 感情、欲望の領域→倫理的徳…過度と不足の両極端を避ける中庸を選んで習得する習性的徳。
  • アリストテレスは数多の倫理的の中から正義と友愛を重視!
    • 「人間は本性上、ポリス的動物である」… ポリスを離れて人間の生活は成り立たない!
    • ※共同生活を理性で結びつける原理が正義であり、情意で結びつける原理が友愛である。
  • 正義
    • 全体的正義…すべての市民がポリスの法を守ること
    • 部分的正義…状況に応じた正義。公正をいかにして実現するか。
      • 配分的正義…個人の地位・能力・功績に応じて報酬や名誉を配分
      • 調整的正義…利害得失の不均衡を調整する

6.幸福をめぐる問い-ヘレニズムの思想

6-1.ヘレニズム時代

(1)背景
(2)コスモポリタニズムと個人主義の二面性
  • ポリスの生活では公的生活と私的生活が一致していたが、ポリスの崩壊により広大な世界国家の一員として生きるようになる。そのため、人間はすべて世界市民として同胞であり平等であるというコスモポリタニズムと、ポリスという拠り所を失ったことにより幸福を個人的・内面的な自由と平安に求める個人主義の二面性が生まれた。

6-2.禁欲主義 ストア学派

(1)ストア学派の特徴
  • ゼノンが創始
    • 禁欲主義…欲望、恐怖、怒りなどの情念(パトス)に動かされることのない自由な境地(アパテイア)を追求。
    • 宇宙に対するロゴスの支配 ⇒ 「自然に従って生きよ」
(2)古代ローマにおける様々なストア派の人々
  • キケロ自然法思想を展開。カエサルの政敵。ギリシア思想とストア学派を折衷した思想。
  • セネカ…理性を重視。ネロ帝の家庭教師・政治顧問。「人生の短さ」や「心の平静」について論じる。
  • エピクテトス…神への崇敬と恭順を説く。神の摂理に任せ運命に服従、精神的自由な生活を送るべきと説く。
  • マルクス=アウレリウス=アントニヌス…『自省録』。万物が変化流動し、業績も名誉も記憶も全てが忘却される無常な時の流れの中で、与えられた運命を愛し、自己の義務を果たす所に生きる道を見出した。

6-3.快楽主義 エピクロス学派

(1)エピクロス学派の特徴
  • エピクロスが創始
    • 快楽主義…肉体的な快楽ではなく、魂の平安(アタラクシア)を追求
    • ⇒政治・社会から距離を置く「隠れて生きよ」
(2)エピクロス学派の死生観 ~原子論的唯物論
  • 死を経験した者はいない。死がどのようなものかは誰にも分からない。そんなものを心配しても仕方ない。
  • 死んだら原子の集まりに過ぎない人間はチリのように離散してしまう。死を考えることなどできない。
  • 死はアトムの離散に過ぎない
  • 死を恐れるな!