雑録

『聲の形』を見た感想

聾唖少女モノ。自殺未遂の少女が主人公の人生に必要とされ生存理由を肯定される話。
主人公は小6の時、転入してきた聾唖の少女をイジメて転校させてしまう。
だが今度はイジメの主犯格に祭り上げられた主人公がイジメの対象となる。
主人公はそれを罰だと受け入れ、中学時代は孤独に過ごすこととなる。
高校進学後、聾唖の少女と再会した主人公は徐々に絆を結び直していく。
しかし古傷が癒えたかと思いきや小中学校時代のトラウマが襲い掛かってくる。
高校で作り上げた人間関係は崩壊し、それを気にした聾唖少女は自殺未遂。
寸でのところで聾唖少女を救った主人公だが、身代わりとなり転落する。
一命をとりとめた後、聾唖少女に自己の内面を打ち明け、もう一度人間関係を回復する。

少女救済の原理(社会からはみ出したヒロインを救済することで主人公もまた救済される)

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  • 小学校時代におけるイジメ
    • メインヒロインは聾唖の少女。小学校6年の時に通常学級に転入してきます。公立学校ではありがちなことですが、学級担任に特別支援教育の理解が無く、児童たちに事前指導がなされない場合、それは惨状と化します。本作の場合も御多分に漏れずイジメが発生することになります。(当時の時代背景が影響しているのかもしれませんが、学級担任をしている教員が、聾唖の方への接し方について児童に何も指導せず、授業においても何ら配慮を行うこともなく、問題が表面化するまで指導や対策も取らず、聾唖少女が転校してしまった後も何も気にしないという教員像になっています)。
    • 主人公は当初、疎外され始めた少女を気にかけてあげるのですが、結果としてイジメの実行犯となってしまい、主犯格に祭り上げられます。学級会の裁判で吊るしあげられた主人公は、自分以外にもイジメをしていたと訴えますが、クラスメイトに罪を擦り付けられスケープゴートにされてしまうのでした。
    • さらに保護者の問題へと発展し、高価な補聴器の弁償(170万円)、母親の耳から引きちぎられたイヤリング、そこから流れ出る血が主人公の脳裏に焼き付きます。そしてイジメの矛先は主人公に向かい、今度は主人公がイジメにあうという展開になります。全て自分が悪いことを悟った主人公は、それ以降人間関係を築くことが出来なくなっていきました。

 

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  • 高校時代における再会
    • 高校入学後も人間関係をろくに築けなかった主人公はバイトで金を稼いで母親に弁償し、身辺整理を済ませて、自殺しようとします。この自殺は失敗に終わりますが、高校進学後の新たな人間関係が主人公を変えていくのです。聾唖少女と再会した主人公は覚えた手話でコミュニケーションをはかり、また学校生活ではカツアゲされかかっていた同級生を助けたことで親友となります。この親友のおかげで、主人公と聾唖少女が会おうとするのを邪魔する妹の障壁を取り除くことに成功します(その後、妹は主人公にかなり懐く)。さらには小学校時代の人間関係を復縁させていくうちに、次第に主人公はコミュ障を克服していったのです。だが、小中のトラウマはそう簡単には克服できるものでもなく、幸せを掴んだ瞬間に崩壊していきます。小学校時代に女子の中で率先して聾唖少女をイジメていた少女が、高校時代でも人間関係を引っ掻き回すのです。こうして折角聾唖少女と仲良くなり友達も増えた主人公でしたが、小さなコミュニティは空中分解に終わり、精神崩壊。

 

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  • 聾唖少女の自殺未遂
    • 物語の途中で聾唖少女とその妹を暖かく見守ってきた祖母が死亡。妹は不登校であったことも判明。主人公は空元気を発揮し、何とか少女たちを元気づけるために夏休みに奮闘します。主人公のことを敵視していた聾唖少女の母親に対しても、手作りのバースデーケーキで一緒に祝ったり食べたりしながら和解ムードとなっていきます。
    • しかし聾唖少女は、自分の存在が周囲を不幸にすると思い悩んでいたのです。(主人公への告白も唖のため声が変だと言われてしまったり、「好き」と言ったのに「月」と勘違いされてしまったりとうまくいかないシーンなども挿入されています)。そして夏祭りの花火の日。主人公は聾唖少女の一家と夏休みの花火を見に行くのですが、聾唖少女は突如先に帰ってしまいます。妹に促されて後を追った主人公でしたが、なんと聾唖少女は飛び降り自殺を図ろうとしていたのです。落下しかける聾唖少女の腕を何とか掴んだ主人公は引き上げることに成功しますが、身代わりに落下してしまい、意識不明の重態となってしまうのです。

 

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  • 人間関係の再生
    • 意識不明となった主人公の周囲では、聾唖少女の母親と妹が主人公の母親に土下座したり、イジメ少女がまたもや人間関係を引っ掻き回したりなんだりします。特にイジメ少女が聾唖少女の母親と取っ組み合いの喧嘩になり、身体障害者を生んだことをなじるシーンは本作の中でも屈指の見せ場となっています。色々と見せ場が多い本作ですが、個人的にはこの場面が一番印象的だったかもしれない。
    • で、ようやく意識を回復した主人公は、呼び寄せられたかのように聾唖少女の下へと向かいます。そして心情吐露&謝罪&信仰告白タイム。映画のキャッチコピーにもなっているように「君に生きるのを手伝って欲しい」と聾唖少女に縋ります。聾唖少女が主人公に必要とされたことで他者受容願望を満たし、自己肯定感を得て、生存理由を確立した瞬間でした。
    • 怪我から回復した主人公は、聾唖少女と自分の高校の文化祭を見に行くことになりますが、周囲からの奇異の目に耐えられず精神崩壊。しかしここで少女救済展開となり、主人公に救われた聾唖少女が今度は主人公を救うという黄金パターンが発動します。主人公がつらい現実を見なくて済むように、手を引いて文化祭を回るのでした。
    • 最終場面は人間関係の再生が行われます。一度は崩壊した高校進学後の主人公のコミュニティが復活されるのです。ここでは主人公のビッグフレンドが友情を説くアツい描写になっています。こうして、人間はその本質上異質な他者を排除しがちではあるが、だからこそ傷つきながら失敗しながらでも生きていくというような雰囲気が醸し出され、ハッピーエンドを迎えます。

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