CLANNAD 第3話「涙のあとにもう一度」 の感想

渚のコンセプト、つまりはこの作品の主題は「ひとつのことをみんなできょうりょくしてする」ということ。
これでこの作品の方向性が明確になったな。渚の演劇部仲間を探すため、傷付いた乙女のココロをオープンハート。
社会に馴染めぬハミダシ者を絆の力で結びつけ、ハッピーエンドへと導けよ。
その原動力、中心となるのが、我らがエロゲ主人公:岡崎朋也というわけさ。
今回のお話の趣旨はそれだけ。

ウェーバーの『都市国家社会学』にもあるように、東洋的専制主義的な水力国家は土木工事などによりその団結力は高い。これは皆で協力してひとつのことをしてきたから。だが現代の日本における進学校というものは、渚たちの通う学校如何にせよ、周りはみんなライバルで共同体としての意識は崩れかかっている。エジプトとメソポタミアに挟まれたユダヤ人が対抗する団結のよりどころとするためにユダヤ教を起こした如く、渚たちもココロの拠り所を作れるか!?今回は、さすらい電気工で朋也の同僚となる芳野さんと風子の姉公子さんも顔見せ。キャラ登場しまくりんぐ。

渚ちんが語るには、これまで病弱で学芸会やその他もろもろのイベント(領域上では『特別活動』という)に参加できなかったということ。彼女はいつしか、みんなが一致団結して小さい個人個人が大きなものを作り上げるという事象に羨望の眼差しを向けるようになった。ああ、けど実際組織っつーものは形骸化しやすく内部争いや派閥抗争などがひしめいてクラスで団結するには悲喜交々があるわけよ。しかし、渚ちんは衝突や悲しみも全部ひっくるめて体験したいというわけさ。

仲間に引き入れる2強は、杏と智代。こいつらのスペックは半端じゃねぇ。きっとコイツラをチョビチョビしかださないのは、あまりのキャラクターにより渚を食ってしまうからだな(性的な意味で)。Kanonの序盤の方もちびちび戦法をとっていたが個別ルートまで入れる尺があるのかな。智代はともかく特に杏は、妹の椋と朋也を巡ってバトルしなきゃならないし。