雑録

CLANNAD 第21回に見る「リトバス化するクラナド 〜友情・人の輪・性善説〜」について

この作品の原作の主題は「みんなで力を合わせて演劇を成功させる」ではないと思うんだ。
原作はみんな全然演劇に対して協力しないしね。
アニメ版では、本格的に役割分担とか決めて、渚を中心に人の輪が出来ていくという風に演出されている。
この流れはリキを中心に人の輪で鈴を成長させていく友情物語のリトバスっぽい感じになってるね。
原作はもっと腐ってる。あー、原作信者フィルターかかってるな。

アニメ版渚ルートの解釈まとめ


身体が弱く留年した少女:渚。引っ込み思案で友達ができず、些細な出来事を糧にして、過去に囚われて生きていた。その少女を、父子家庭の不和と学校での生き甲斐を喪失した少年:朋也が支えていく。朋也の助言により、学校生活での新たな生き甲斐を演劇に見出す渚。そんな渚の無垢な頑張りを応援することが朋也の生き甲斐となりはじめる。ここでアニメ版クラナドリトバス空間発動!!渚の頑張りによって周囲を巻き込み、人の輪:チーム岡崎が形成される。演劇部は再建され、渚が演じたい劇として「幻想世界」があるという位置づけにすり替わり、チーム岡崎で演劇の舞台を作るというカタチに。これにより友情・人の輪・性善説リトバス3大テーマを描いたわけだ。



そして、もう一つの要因として「家族の憧憬」イベントが発生。「家族崩壊」をした岡崎家と「家族をしている」古河家の対比が描かれる。良い両親として描かれる秋生と早苗は、超絶な娘に対する愛情の為、はたまた自分を優先しすぎて娘を死なせそうになってしまった罪悪感の為に形成された人物像だったというわけだ。夢を叶えようとしたその瞬間、渚は両親の存在が上記のような理由によるものだと知って愕然とする。「自分が両親の夢を絶ってしまったにもかかわらず、自分だけ夢を叶えようとしている」と思い込んでしまったのだ。以降は来週だが、おそらくは、不安を抱え込んで望む演劇本番に頭が真っ白になってしまった渚を秋生の声援が救い、劇を成功させて「家族をしている」古河家の問題が解消されるという流れになるのだと思われる。
つまり、アニメ版では渚の学校生活における「友情・人の輪・性善説」と「家族の在り方」を描いたといえよう。前者によりリトバスアニメ化の伏線に十分なったと思われる。だがやっぱりアフターの朋也と汐の父子家庭生活と父との和解はなんらかの形で補完して欲しいよ。