雑録

原田智仁「国民的アイデンティティをめぐる論点・争点は何か」原田智仁編『"国民的アイデンティティ"をめぐる論点・争点と授業作り』所収 明治図書 2006年11-21頁

この文章の趣旨

(1)国民的アイデンティティとは何か

  • 「ナショナル・アイデンティティnational identity」
    • 国民としての同一性、存在証明(一体感)、主体性

(2)社会科教育の目的と国民的アイデンティティ

1.アイデンティティ形成に関わるべきか
  • 社会科=科学的謝意認識の形成とする立場
    • いかなるものであれ諸個人に委ねられなければならない
  • 社会科=公民的資質の育成とする立場
2.アイデンティティの対象は社会か国家か
  • コミュニティを対象に市民としての自覚を育てる=初期社会科
    • 「民主主義社会の建設にふさわしい社会人」の育成
      • 1.個人の人格の発展/2.家庭学校地域における相互依存関係理解/3.社会的判断能力の育成
  • 国家(ネイション・ステイツ)を対象に国民的自覚・日本人としての民族的自覚を養う=1958年以降社会科
    • 1958年版小学校社会科
      • 「先人の業績や優れた文化遺産を尊重する態度、正しい国民的自覚をもって国家や社会の発展に尽くそうとする態度」の育成
    • 1977年版小学校社会科第6学年
      • 「世界の中の日本人としての自覚」
    • 1989年版高等学校地理歴史科
      • 「国際社会に生きる日本人としての自覚や資質」
  • 日本単一国家論、単一民族論と関わるのでいつも問題になる。
3.アイデンティティ形成の方法は愛国心か批判精神か
  • 愛国心=1958年版以降社会科
    • 1958年版:地理教育と郷土愛
      • 「郷土や国土に対する愛情」を主にする生活の舞台としての素朴なpatriotism
    • 1968年版:歴史教育愛国心
      • 「国家に対する愛情」「わが国の歴史や伝統に対する理解と愛情」
  • 批判精神=初期社会科。体制批判ではなく自らが属する国家・社会をよりよいものにするための批判
    • 1947年版
      • 「伝統はもはや伝統であるからというだけでは尊重するわけにはいかない。長い伝統の中でも、今こそ思い切らなければならないものがあるとともに、今後いよいよこれを生かし、且つ育てていかなければならないものもある」
    • 1951年版
      • 「社会的な制度・施設・慣習などのありさまと、その発達について理解させ、これに適応し、これを改善していく態度や能力を養う
  • 1990年代に愛国心問題が再燃
  • 批判的態度によるアイデンティティ育成の立場
    • 小路田泰直「過去をつまみ食いし日本史を成功の歴史として描くだけではそのアイデンティティの確立はおぼつかない」(奈良歴史研究会編『戦後歴史学と「自由主義史観」』青木書店)

(3)社会科の内容と国民的アイデンティティ

1.国旗・国歌をどう扱うべきか
  • 学習指導要領においては国旗(1958年版)、国家(1989年版)、国旗と国家についての意義を理解し尊重する態度を育てる(1998年版)
  • 国民的大衆レベル(オリンピック・ワールドカップなど)は本質的な議論をしなかった。
  • 学習指導要領で「内容の取り扱い」において一方的に尊重する態度を植え付けようと示しているのは、社会科教育のあり方として問題。
2.天皇制をどう扱うべきか
  • 近代天皇制は所謂「創られた伝統」
    • 近代日本の意味を考える上で、明治天皇や元勲の働きを中心にすべきか、制度や構造に着目すべきか
  • 日本国や天皇の称号が成立する以前の時代にまで敷衍してそれらを用いるべきかどうか(ex.「縄文・弥生時代の日本」、「推古天皇」など)
    • 日本の歴史や文化の連続性を強調する立場
      • 原始・古代から地名や民族名として「日本」を使い、天皇家の祖先とオオキミに対しても「天皇」を用いる
    • 列島社会の多様性・複合性に着目し、近代国民国家の相対性を重視する立場
  • 学習指導要領における天皇の地位の明記=1955年版安藤社会科
    • 教材調査官がまとめた第6学年第2目標を安藤正純文相(当時)が改正する(舩山謙次『社会科論史』東洋館出版社)
      • 改正前:「現在わが国の政治は日本国憲法に従って、国民が選んだ代表者による議会政治のかたちでおこなわれているが、これは主権者である国民の意志をよく反映させるためである」
      • 改正後:「わが国の憲法によって天皇は国の象徴としての立場に立っておられ、又政治は国民が選んだ代表者による議会政治によって行われている」
  • 2000年1月、国会に憲法調査委員会が設置されるも、未だに日本が立憲君主制なのか共和制なのか、天皇国家元首なのか否か明確になっていない
    • 1:天皇が元首/2:内閣が元首/3:内閣と天皇の両方が元首/4:日本に元首は存在しない

(4)社会科教育の方法と国民的アイデンティティ

1.通史教育は客観性を担保できるか
  • 1958年版学習指導要領から歴史学習は問題史から通史へと転換した
  • ex.1968年版
      • 「千数百年にわたるわが国の歴史の歩みをみても、日本民族は常に積極的に外国の文化を取り入れ、これを同化しながら国の発展に努め、特色ある歴史を創造してきた」という歴史観を「歴史を通じてみられる皇室と国民の関係」に留意しながら教授しようとした。
  • 通史信仰イデオロギーは根強い
2.人物学習の方法はいかにあるべきか
  • 人物学習は、社会認識の原理としての理解として、当事者(歴史上の人物)の立場に身を置いて、その行為の目的や意味を共感的、追体験的に分かろうとする方法。
  • 学習指導要領においては系統的歴史学習の導入を契機に人物学習が復活
    • 1958年版:「歴史上の人物を取り上げて指導する必要がある」(小学校6学年)。しかし同時に「時代的背景から遊離した取り扱いや人物中心の学習にのみはしりすぎない」ように条件付けられる。
    • 1968年版:学年目標に人物の扱いが位置づけられる
    • 1989年版:取り上げるべき42人の人物が例示
  • 歴史学習で人物を取り扱うにしても、個々の子どもが主体的に社会や歴史の見方を獲得できるような学習論を採用すべき