雑録

スミス関連まとめ  伊藤光晴編『岩波現代経済学事典』岩波書店 2004年

スミス Smith,Adam 1723-90

  • "経済学の創始者"と呼ばれる18世紀最大の経済学者・道徳哲学者
  • スミスの経済理論は難点や混乱が指摘されるが、道徳哲学と経済学を統合したその学問体系によって、資本主義成立期の社会が初めてトータルに把握された
生涯
社会哲学
  • 道徳感情論』
    • 利己的な個人が形成する自由社会の自律的な秩序形成の原理を明らかにする
    • 各人が<公平な観察者>の<同感>を得るべく、当事者の立場を観察者のそれと交換し、自らの行為や感情を第三者的な眼で見ることによる自己規制を通じて、社会的秩序が成立する。
    • 同感論はさらに正義の徳との関連で経験的自然法学の樹立に援用される
経済学
  • 国富論
    • <自然的自由のシステム>の実現を妨げている制度上の諸障害(とくに重商主義的統治原理)を批判する
    • 諸個人の利己的活動が"意図しない帰結の論理"をつうじて諸障害を除去し、普遍的な富裕とともに各人の徳性の実現をも可能にすることを説明する
  • 第1篇
    • 最適資源配分を実現する自由な市場機能
    • 分業による生産力の上昇と労働生産物の交換法則
  • 第2編
    • 生産的労働論・資本蓄積論・再生産論などの資本主義システムのマクロ的側面
  • 第3・4編
    • 資本投下の自然的順序を逆転させたヨーロッパの歴史の中から正常なコースが登場する過程を描いて、重商主義的諸規制の批判へと結びつける
  • 第5編;財政論、"小さな政府"論、教育論、宗教論など

アダム・スミス問題 The Adam Smith Problem

  • スミス思想における利己心の位置づけをめぐる論争から生まれた研究史上の問題
  • 道徳感情論』(1759)の共感(sympathy)と『国富論』(1776)の利己心(self-love)原理の矛盾
    • 単純な"矛盾"説
      • スミス渡仏時、ケネーら重農主義者やエルヴェシウスら感覚主義者との出会いを境にスミスが利他心の倫理学者から利己心の経済学者に転向した。
      • 渡仏直前のグラスゴー大学における「法学講義」のノートにおいて分業論、価値論などの『国富論』の中心原理が述べられており、反証された。
    • 第2の新解釈
      • "共感"は私的諸個人の相互承認原理であり利己心とは矛盾しない
  • スミス問題の意義
    • 文明社会の発展にともなう富と徳、経済と道徳の両立可能性という、より本質的な問題を容易には解決できない
      • スミスは『国富論』を間に挟んで死の直前まで『道徳感情論』を複雑に改定していた。

同感の原理 principle of sympathy

  • ヒュームやスミスの道徳哲学を基礎づける中心的原理。共感とも訳す。
  • ヒューム
    • 同感は効用を評価する道徳的能力であり、ある行為の効用が利害当事者に与える快・不快の状態を観察者に伝える能力
  • スミス;同感="同胞感情"、"是認"
    • "同胞感情;観察者が想像上当事者の立場に立ったときに得られる当事者の感情に似た一方的な感情"。両者の感情の程度が同じ水準になるとは限らない
    • "是認";当事者の感情が自己規制されることによって観察者の同感感情と一致することでその行為が道徳的に適正であるとされる場合。同感が成立する。
  • 意義
    • ヒュームによって功利主義の基礎原理となった同感を、スミスは功利主義を批判するための原理へと転換させた。

道徳哲学 moral philosophy

  • 特にイギリスで19世紀まで一般的であった人間と社会の学の総称
  • スミスの分類;古代ギリシア哲学は(1)物理学としての自然哲学、(2)倫理学としての道徳哲学、(3)正しい推論の学としての論理学からなる
  • この分類は、中世の道徳哲学が教会の御用学問に堕したため、近代の先進的諸大学においてその革新が企てられた(『国富論』第5篇1章)
  • スミスの道徳哲学は、自然神学・倫理学自然法学から成る広範な体系で、そのうち自然法学から経済学が生まれた。
  • 道徳はひろく人間・社会に関する諸現象を指し、道徳哲学は現代の人文・社会科学に該当する。
  • 社会科学を人間本姓の総合的探求の一環としてとらえる点を特徴としており、経済学も法や道徳との有機的関連において位置づけられた。
  • ケインズが経済学を道徳科学(moral science)と見なしたのはこの伝統を踏まえたものであった。

見えざる手 an invisible hand of God

  • 自然的有神論に基づくスミスの究極的調和思想。
    • 初期の論文「天文学史」における<ジュピターの見えざる手>
      • 神の恩寵や怒りを表現するために自然の運行を攪乱させる。
    • 後年の『道徳感情論』(1759)、『国富論』(1776)
      • 神は慈愛に満ちた存在として、<見えざる手>を用いて諸個人の自己愛を制御して一般的利益へと導く。
  • 作用因と目的因の分離や対立を統合する論理。経済理論的には市場メカニズムによる産業間資本移動をつうじた調整的作用。

利己心 self-interest

  • 自己の利益を最大にしようとする人間の性質。
  • 利己心によって動機付けられた行為こそが社会的な富裕をもたらす
  • "啓蒙された利己心"
    • 他者の不利益に無頓着で目先の利益のみを気にかける個人は良好な社会的関係から排除される。故に、利己心は市場をつうじて相互にメリットを引き出しうるようなものに高められる必要がある。
    • 自己の目的をうまく実現するためには"啓蒙される"つまりは"正義"に適った一定のルールを踏まえる必要があるので、利己心は必ずしも反社会的ではない。