手塚章「ヨーロッパ中軸国境地帯における空間組織の変容―アルザス・ロレーヌ地方を中心として―」人文地理学研究 ??? 33-47 2003

? はじめに

  • この論文の趣旨
  • ex.ヨーロッパ中軸地帯をめぐる地域整備構造(第1図)
    • 各国ごとのモザイク模様と全体としてのヨーロッパ中軸地帯(ユーロコリダー)重視の風潮という2面性

? フランス北東部の国境地域

  • ヨーロッパ中軸国境地帯の地理的特質
    • 手塚氏の想定範域:ベネルクス3国からドイツ・フランス・スイスの国境地域にいたる一帯。
      • ライン・ルール都市域、蘭:ラントシュタット都市域、独:ライン・マイン都市域
      • 大都市地域が密集、高い人口密度と都市密度、EU統合とともにダイナミックな経済発展
  • 国境線と言語境界線が複雑に錯綜する地域(第2図):特にゲルマン系言語とラテン系言語
    • 政治的境界(国境)と文化的境界(言語境界)が必ずしも一致しない
    • EUの論理と国家の論理、地域の論理、住民の論理が複雑に錯綜することになる
  • フランス北東部国境地帯
    • ヨーロッパ中軸国境地帯の西側部分
    • 国境の防壁効果にわざわいされ経済的ポテンシャルが高いにもかかわらず東部に比べて立ち遅れ
  • フランス北東部国境線の形成
    • ルイ14世の時代に基本的輪郭
    • ノール地方・ベルギー国境線:18世紀初頭に固定、300年間ほぼ確定
    • アルザス・ロレーヌ地方:めまぐるしい変化
      • 1766年ロレーヌ公領フランス王国編入、19世紀普仏戦争アルザス全域とロレーヌドイツ語圏プロイセン領に併合
      • 北東部国境=「敵であるゲルマン勢力に対する前線地帯」→経済活動のさまたげ
      • フランスの場合、経済的な核心地域であるパリとの間に、シャンパーニュ地方やロレーヌ地方といった広大な人口希薄地域が存在したため、国境地帯の孤立性が強まった。
    • 経済発展の遅れの具体的要因
      • ロレーヌ:鉄鉱石炭が豊富だが金属加工や機械工業は発達せず←主要敵国に近いため、戦略的に重要な性格をもつため、意図的に避けられた
      • アルザス:著しい発展を遂げたのは、1870年以降のドイツ領時代
      • ノール地方:もともと商業が発展したフランドル地方の一部であったが、フランスに帰属してからは厳重な国境線が両地方を分かつ
  • 人為的国境線
    • 自然国境線:フランスにおけるイタリア国境とスペイン国境はアルプスの稜線やピレネー山脈の稜線とほぼ一致
    • 人為的国境線:フランス東北部の国境線は軍事的折衝がもたらした結果で、平地・なだらかな丘陵に設定された作られた国境線
    • 国境景観の特徴:ほぼ連続的な市街地の形成(国境の両側に市街地が連担する状況←19世紀の工業化・都市化)
    • 人為的国境線景観→EU統合の深化→トランスボーダー化と空間組織の変容をもたらしたことは必然

? 国境地域におけるトランスボーダー化の進展

  • トランスボーダー化には、様々な側面があるが、ここでは通勤流動と自治体間の連携を扱う。
?-1 通勤流動の拡大
  • 1)アルザス地方の事例(第4図)
    • 特徴1:主要な流出地域がアルザス地方の南(バーゼルへ)と北(カールスルーエへ)に偏在している
      • 60年代;一貫して増加、70年代;石油ショックにより停滞、90年代;スイスへの流入のみ停滞→アルザス地方最大目的地がスイスからドイツへ(独:36606人、瑞:33224人)
    • 特徴2:アルザス地方で発生する「国境越え通勤者」のなかに外国人が多く含まれるようになった。
      • アルザスからの流出7万のうち、独5400人、瑞1200人
      • アルザス居住外国人(99年当時):土人(28929人)、独人(15811人)、モロッコ人(14991人)、阿人(12237人)、伊人(11629人)、葡人(11188人)
      • トルコ人急増:1970年代後半、ドイツ人急増:1990年代
  • 2)ロレーヌ地方(第5図)
    • 特徴1:主要な流出地域がルクセンブルクザールブリュッケンに隣接している
      • 70年代後半から製鉄・炭田が産業衰退したため、失業した労働者が豊かな隣国に雇用を見出す
    • 特徴2:ルクセンブルクの経済的な繁栄
    • 特徴3:ドイツ人の往来が目立っている
      • ザールブリュッゲンのフランス側近郊には、ドイツ人のコロニー(らしきもの)が形成されている
      • 地価の安さと建築規制が緩いことが、住宅建設の理由であり、制度的な意味での国境格差が、移動を誘発している。
?-2 地域間連携組織の展開
  • ヨーロッパ中軸国境地帯では、中央政府間・地方自治体間の協力や連携組織作りが活発である(第6図)
  • 1)アルザス地方の事例
    • 大戦後アルザス地方における地域間連携組織の展開
      • 第1段階:1960年代〜1975年まで:スイス・バーゼル市地域間連携組織Regio Basiliensis(1963)、仏瑞国際協定(1962)、仏独瑞ボン協定(1975)
      • 第2段階:1975年〜1990年頃まで:ボン協定に従い、上ライン地域に3国政府委員会と南北地区に地域間協議会の設立→国境をまたいで諸問題を協議
      • 第3段階:INTERREG(EUの地域国境地域をを対象とする支援プログラム)始動
  • INTERREGの具体的な展開
    • 上ライン協議会
      • アルザス全域を含む連携機関で、1991年以降、定期的に年2回ずつ会合を重ねる。関係3国の中央政府間における合意に基づく組織であり、代表団は地域代表であるとともに国家代表である。
      • INTERREGに依拠した様々な事業:地域整備計画、地域共通学校教育用副読本、観光ガイドミシュランシリーズの「上ライン」版の刊行等など
    • トレリーナ(TRI-RHENA)
      • 上ライン地域南部:アルザス南部、バーデン南部、バーゼルの3地域で構成
      • 情報・文化・環境・教育など幅広い分野での協力事業:ex.バーゼル大都市圏郊外鉄道路線フランス側乗り入れ(1997年)
    • パミナ(PAMINA)
      • 上ライン地域北部
      • ドイツ側に通勤するフランス人や、フランス側に住居を求めるドイツ人など、仏独2カ国にまたがる多様な問題に関して、その調整や解決のために活動
    • ストラスブール
      • 上ライン地域中部:トランスボーダー化の動きは見られなかったが、90年代からボーダー化推進
      • 対岸のケールと共にライン川を主要な対象とする地域整備計画、ドイツ側隣接地域との強調
  • 2)ロレーヌ地方の事例
    • 重要な連携組織
      • ECSC:ロレーヌ・ザールラント・ルクセンブルクの国境地域に存在する地下資源の活用について国際的な協調体制を構築することを主要なねらいとした。
      • 1971年Saar-Lor-Lux政府委員会:上記3地域+ラインラントファルツ、ワロニー地方 →「グランドリージョン」
      • 1986年地域間議員会議:国の枠組みを越えた議員の国際交流組織
    • 対象地域が限定された連携組織:「ヨーロッパ発展局」
      • 1985年、ほぼ100%消滅してしまったフランス・ルクセンブルク・ベルギー3国国境地域の製鉄関連工場群を立て直すために構想された
      • 1985年から1999年にかけてINTERREGによる資金援助や各国政府の補助金など多様な財源から多額の財産資金が拠出されたが、結局あまり大きな効果をあげなかった。
    • ロレーヌ地方に存在する比較的狭い範囲での連携組織のうち、公的な位置づけをもつ組織
      • 1997年、カールスルーエ協定に基づいてZukunft Saar-Moselle Avenir を結成
      • ザールブリュッケンからフォルバックにかけてのコナベーションを対象地区とする連携組織
      • 多面的な共同事業(共通工業団地の造成、言語理解教育の普及など)を推進している

? むすび

  • トランスボーダー化しているからこそ、国境は依然として重要な地理的要因
    • 法律的・制度的・文化的な側面では、国境が今なお空間的な不連続線であることに変わりは無く、自治体間の連携にさいしても大きな障害となっている
  • 国境の地理的意味がどのように変容しつつあるかという問題は、EU統合の成果と意味が注目されている現在、ヨーロッパを地理学的にとらえるさいに最も興味深い問題のひとつ