雑録

和田光弘「アメリカにおけるナショナル・アイデンティティの形成―植民地時代から1830年代まで―」『岩波講座世界歴史17』岩波書店 259-281頁

はじめに

  • 本稿の目的と方法
    • 国民意識の問題を俎上にのせ、植民地時代から1830年代までを射程に、時間軸に沿いつつ考察する
      • 1)植民地時代において、13植民地を束ねるアメリカ人意識(=革命を契機に「ナショナル」アイデンティティへと転化する意識)が存在したか
      • 2)革命期に国民意識がいかにして生成されたか、国民国家建設においてどのように展開したか
    • 儀礼・祝祭・記念日・英雄なの「国民化」のための可視的装置を重視

一 植民地時代におけるアイデンティティ

1 植民地社会のイギリス化
  • 北米植民地のヨーロッパ化
    • 狩猟・牧畜・農業・商業の「四段階説」=ヨーロッパが通った道程をアメリカも歩む→本国の現状へと到達すると論じられる
    • 進歩の度合いはヨーロッパが基準:新世界の植民地がどこまで旧世界の複製に変わりえたか → 植民地人は自らの社会を評価する基準として本国しかなく、独自の基準で自らを同定することは困難
    • 独立革命に成功してはじめて基準をアメリカに置く可能性が生まれる
  • 13植民地の「イギリス化」
    • J・Pグリーンの「発展モデル」:英領植民地の3段階の歴史的展開=(1)植民の初期、本国から受け継いだ社会が新大陸の環境に触れて一旦「単純化」し、次いで環境に適応、(2)社会の「複雑化」、(3)社会層の分化・固定化、18世紀半ばまでにイギリス社会のコピーが作り上げられる
    • イギリス化の背景=経験(本国のものを植民地環境へ適応させるクレオールの力)と継承(本国の伝統・文化規範・社会秩序などのイギリス化)→形成された多様な植民地がイギリス化していく。
  • 生活様式・消費様式のイギリス化
    • 上層の人々(南部プランターなど)がロンドンから様々な消費財・消費様式を導入→「社会的競争」により下層の人々が真似、底辺までに浸透。
    • 地理的水平の波及(帝国の中心から植民地へ)から社会的・垂直の波及(植民地内部における上層から下層へ)
    • 消費財ステイタスシンボルとして機能→日常生活の中で階層差のシグナルを発す→身分制秩序でない経済力に基づく新たな階層区分を生み出す
  • 消費社会の登場
    • ①植民地市場のイギリス化 ②消費財の選択幅の急激な拡大 ③消費行動の標準化 →各植民地と本国は消費構造を通じてより強く結ばれる
    • 新大陸の植民地を重要な構成要素とするイギリス第一帝国→「財の帝国」として緊密な紐帯を誇る
2 帰属意識の所在
  • 客観的な整備(ヒト・モノ・カネの円滑な流れによる基盤の整備)→新大陸の英領植民地同士のつながりの強化,しかしアメリカ人意識を生み出したわけではない
  • 意識のレベルでのアメリカ人としての一体感、アメリカ人意識が独立革命前にすでに成立していたのか?
    • 1760年代半ばまで、北米植民地共通のアイデンティティの中でイギリス人意識の占める比重は大きい
    • 帝国の統治構造の位相においてそれぞれの植民地は本国と直接に結び付いていた→アイデンティティは自らの植民地と自らが所属する国家(=「ヴァジニア人」にして「イギリス人」、「アメリカ人」でない)
    • フレンチ・インディアン戦争→イギリス人意識を一層強める、イギリス帝国への大いなる貢献を自負→帝国の利害は植民地の利害
    • 1763年パリ条約の後まで、13植民地人はイギリス人として本国との一体感→「最初の国民国家」を創り上げるにあたり、萌芽的ナショナリズムたるアメリカ人意識を利用することは困難→「想像の共同体」を人工的に創造する必要性

二 独立革命期におけるナショナル・アイデンティティの生成

1 イギリス人意識の消滅
  • 独立革命
    • 帝国の構成単位である各植民地が13個集まり本国との絆を立ち、帝国内部の地理概念である「アメリカ」を実体化し、「アメリカ」を支える統合のイデオロギーを創りだす
  • なぜ独立を求めた植民地の数は13だったのか?(cf.1760年代の新大陸における英領植民地30〜40)
    • アメリカ人意識を前提としない以上、アメリカ人意識の有無で境界を引けない
    • プラグマティックな偶然であり、12にも14にもなりえた
    • この13の結び付きを偶然から必然へと転換させるために様々な試みがなされてゆく
  • 13植民地とイギリス人意識
    • 革命前夜には社会のイギリス化→どうして独立へむかわなければならなかったのか?→「有益なる怠慢」の終焉
      • 七年戦争後「有益なる怠慢」の転換、1765年印紙法(植民地全体に網をかける)→ 政府の「陰謀」が広く認識
      • 植民地人、方針転換を理解できず、自らの衒示的消費(消費行動のイギリス化を示す)の自制論→「有益なる怠慢」の復帰を求める
      • 「有益なる怠慢」こそ植民地人のイギリス人意識の前提、帝国への高い寄与度を自負するエリート層の自尊心を根底で保障
    • 本国政府、植民地に完全従属を求める→双方の意識のギャップ→植民地人のイギリス人意識が急速に消え去る
    • アメリカ人としてでなく、イギリス人としての共通の権利を主張した植民地人にとって革命の選択はイギリス化の頂点
    • アメリカとはイギリスが生み出した悪夢―双方の誰もが望まなかった副産物―だった
2 活字メディアと国民化の儀礼
  • アメリカ人としての「ナショナル」アイデンティティはどのように生成されたか
    • アンダーソン:国民国家の形成に「出版資本主義」が果たした役割を指摘 →独立革命において国民意識が創られる際にも活字メディアが寄与
      • 水平の統合:地域差を克服し、空間的に統合を進める
      • 垂直の統合:階層差(名望家のエリート層と民衆との確執)を糊塗する機能を果たす
    • 活字メディアを通じての「想像」の上にこそ、「想像の共同体」としての国家が立ち現れ、国民国家の意識の前提が形作られる
  • 活字メディアが伝達した具体的な行為
    • 「非消費の儀礼」:イギリス商品のボイコット運動 → 消費という個人の日常の行為が公共善と結び付けられ、共同体全体にとって意味を持つ行為へと変貌を遂げる → 13植民地全体、また社会層全体が政治的に動員されることで、初めて「アメリカ人」の輪郭が浮かび上がる
    • 「反抗の儀礼」:独立宣言における「王殺し」と言葉の「業」
      • 「王殺し」 :独立宣言の主文でジョージ3世を断罪→肖像や騎馬像を破壊、人形を焼却→儀礼的・抽象的に「王殺し」を行なう→共和政体の樹立を確かなものに
      • 言葉の「業」:人称代名詞の多様で本国との抗争を擬人化し、人々に愛国派の視点を共有 、本国からの分離を宣言しその実現を図る行為
    • 「暦」
      • 未来を展望することで、現状を過渡的なものと捉え、将来の水平・垂直の統合を信じさせる
      • 暦の制御=時間の「国民化」そのもの
      • 暦が端的に示すアメリカのナショナリズムは未来志向であり、言説と行為が交差する実践のなかにこそ、国民統合の展望があり得た
  • 国民統合の直接の要因
    • イギリスの軍事的脅威に対抗する必要性→多様な人々をまとめあげた直接の要因
    • イギリス軍の圧力なしには統合は不可能
      • 当時のナショナル・アイデンティティとは「予期されなかった即席の人工物」で革命が生成した「弱々しい存在」に過ぎず、その確立は将来に委ねられた

三 建国機から1830年代までのナショナル・アイデンティティの展開

1 統合の枠組み
  • 統合の為の新たな枠組みの必要性(←結合の結節点たるイギリス本国からの離脱、共和政の選択、軍事的脅威の消滅)
    • 合衆国憲法南北戦争までの歴代大統領は常に連邦解体の危機、アメリカのナショナリズムは最初の1世紀憲法に定位、憲法はナショナル・アイデンティティの代替物
    • 帰化による市民権:連邦だけでなく州でも引き続いて市民権付与→「二重の市民権」=州を越えた合衆国市民を生み出せず、帰化の条件は「自由白人」のみであり、黒人や先住民は「国民化」から排除される
  • 憲法において明確に定められた共和政体は、政治的枠組みとしてどのように統合を保障しうると考えられたか
    • 広大な領土を支配する「新共和国」の存続の困難さ →「有徳の市民」が私益ではなく公益を優先させることでシステムの暴走を妨げる
    • ヨーロッパの旧い君主制に対するアメリカの新しい共和政→劣等感の裏返しの優越感の表出→ナショナル・アイデンティティの拠り所に
    • 君主のいない共和政国家=国家という抽象的な存在それ自体に対して、直接に人々を結び付ける必要性 ⇔君主制国家=君主という可視的な「身体」に対する忠誠心をその君主の体現する国家への統合の手段とする
    • 共和国には「想像の共同体」の形成のために、具体的なイメージや可視的シンボルが不可欠→「国民化」を推進するための装置の形成(独立革命の一連の指導者、文書、日付が建国神話となる)
  • イメージやシンボルを軸とするナショナリズムの形成
    • 中央のエリート層「公式文化」の操作+地域民衆「ヴァナキュラー文化」の対応
    • 両者の力のバランスのせめぎあいの中で「公的記憶」が創り上げられ、国民化が推進される
2 祝祭・英雄・シンボル
  • 祝祭
    • 独立記念日の祝祭
      • 独立宣言=当初は政争の道具(憲法重視の親英的連邦派と独立宣言重視の親仏的共和派)→祝祭の分裂→独立宣言50周年の1826年7月4日、連邦派のアダムズと共和派のジェファソンが同時に死去→神秘的な色彩→さらに第五代モンローも55周年の7月4日に死去→合衆国の建国は一層神格化、国民意識の形成に大いに寄与
      • cf.独立記念日の普及と独立の決議の改竄:独立の決議は1776年7月2日だが7月4日として定着してしまったため行政文書の改竄が行なわれる
  • 英雄 ジョージ・ワシントン=「人型」をした重要なシンボル
    • 連邦派:ワシントンの立ち居振る舞いや敬称、コインの意匠にまで思索し、統合のシンボルとすべく図る
    • 共和派:個人ではなく徳を強調、ワシントンが掲げる原則を祝う
      • 1799年のワシントンの死去、1801年の共和派政権→政治文化の色調は急速に変化、党派色も薄まる→中立的なシンボルとなる
  • 星条旗
    • 1812年戦争を機に作られた愛国歌「星条旗」の人気、1820年代・30年代に海外での自国民保護などの新しい使用法
    • ワシントンを凌ぐ強力なシンボルへと成長

おわりに

  • シンボルや祝祭→1820年代半ばに国民国家の凝集力が頂点に→直後から後退(階級やセクションの分断が急速に進行したため)
  • 多様な社会層と地域差によりナショナル・アイデンティティは引き裂かれる→南北戦争:統合プログラムが破綻の危機
  • 19世紀の最後の四半世紀:階級間のむき出しの利害対立→次世紀には強大な国民国家が出現