ドミニク・S・ライチェン「キー・コンピテンシー」ドミニク・S・ライチェン、ローラ・H・サルガニク編著『キー・コンピテンシー』明石書店 2006年 85-125頁

Ⅰ はじめに

  • 問題意識
    • 一般的な(あるいは普遍的に適用可能な)キー・コンピテンシーの集合を定義する基盤は存在するのか?
  • 本章の目的
    • キー・コンピテンシーに関するDeSeCoの全体的枠組みの重要な要素を示す →キー・コンピテンシーを3つの要素でカテゴリー化する
    • 本章の最後で、異なった状況においてキー・コンピテンシーがどのように機能するのかについて考えるためのモデルが示される

Ⅱ キー・コンピテンシーの定義

いくつものコンピテンシーから「キー」となるコンピテンシーを定義する際の基準について

  • 「キー・コンピテンシー」の基準
    • 1)全体的な人生の成功と正常に機能する社会という点から、個人および社会のレベルで高い価値をもつ結果に貢献する
      • 人的資本への投資により、社会的・政治的関与の増大などの重要な個人的、社会的な利益が生み出される
    • 2)幅広い文脈において、重要で複雑な要求や課題に答えるために有用
      • 様々な社会領域(経済セクター、政治生活、社会関係、家族、公的・私的な対人関係、健康分野など)のそれぞれにおいて、またそれらをまたがって、個人がうまく対処し、参加するのを可能にすることをめざす
    • 3)すべての個人にとって重要である
      • 単にエリートの利益を促進するのではなく、社会的平等に貢献するように能力を高める

Ⅲ 前提としての世界の共通ビジョン

  • 問題提起:「個人がうまく責任ある人生を送り、また社会が現在と未来の課題に対応するために必要な能力は何か」 
    • 「私たちはどのような社会を想像し、願うのか」「人生の成功とは何か」「どのような社会的、経済的な発展に言及しているのか」
    • DeCeCoの前提は、OECD加盟国、および潜在的には移行期の国や発展途上国のすべての個人にとって適切な答えを見つけることを要求している
    • 最初のステップは社会や世界のいくつかの共通する目標や確認できる特徴の概要を明らかにすること
規範的出発点
  • 地球規模の社会改革と社会・経済発展のための目標を具体的に述べたいくつもの国際協定によって、共通する規範的な世界のビジョンを探求する作業を始めることができる。
  • 「よき生活」の理想において、個人が「多くの同じような生理的ニーズと能力」を持っているだけでなく、「心理的な類似性もある」
    • よき生活の価値観とは?
      • なしとげた業績/人間存在の諸要素(人生を通じて自分の道を選び、人間らしい生活をおくること)/分自身と自己をとりまく世界の理解/楽しみ/深い人間的な関係
  • 私たちの目的(人生の成功と正常に機能する社会のためにキー・コンピテンシーを定義し、選択することなど)にとって、共通する価値として前提となっているものや国際的な協定が幅広く受け入れられていることは、人権の尊重や持続可能な開発などの普遍的な目標が存在すること、またそれらがキー・コンピテンシーを議論するうえでの規則的な理想や規範的な立脚点となる。
共通する地球規模の拡大
  • さまざまな地球規模の課題や問題とともに、共通の価値や目標に言及することは多様性を否定するものではなく、一連のキー・コンピテンシーの構築を有用なものとするに足る十分な類似性が人々の生活に存在することを強調するもの

Ⅳ 理論的・概念的基礎

一連のキー・コンピテンシーの概念を下支えすることができる概念や理論のモデルを明らかにする

  • キー・コンピテンシーに関する理論の枠組みには、2つの主要な要素がある
    • 現代生活に求められる精神的複雑さのレベルの具体化
      • 反省性(reflectivity:個人による人生への思慮深いアプローチという意味において)の概念を通じて理解
    • 人生の成功と正常に機能する社会につながるキー・コンピテンシーの3要素によるカテゴリー化
      • 社会的に異質な集団で交流すること、自律的に活動すること、相互作用的に道具を用いること
  • 本節の内容
    • 反省性という包括的概念の記述から始める
    • キー・コンピテンシーの3つのカテゴリーの概要が、理論的基礎をより行動志向型のキー・コンピテンシーに翻訳するモデルとして示される
現代生活の複雑な要求に直面した思慮深い実践

さまざまな人生の状況において成人が直面する精神的な課題に対応するために必要な能力のレベルとして反省性の意味を捉えるためには、以下の3つの概念がある。

  • 社会空間を乗り切ること
    • 今日の成人は成功した、責任ある、生産的な人生を送ることが求められており、社会において、また人生を通じて、さまざまに異なった役割を果たすことを期待されている
    • 領域を越えて移動したり不慣れな文脈に柔軟に適応したりするうえで、まず必要なのは「どのようにするかを知っていること」
      • 過去の経験においてすでに出会ったパターンを認識する
      • 以前に経験した状況と新たに経験する状況の類似性を認識する
      • 世界における活動を導くためにパターンを活用する
  • 差異や矛盾に対処すること:「あれかこれか」を越えて
    • 多様な世界は、一つの解決策を急いで求めず、明らかに矛盾していたり、相容れない目標を同じ現実の諸側面として統合することにより、緊張関係を扱うことを要求。
    • 矛盾していたり、互いに相容れない考え方、論理、立場の間に存在する多くのつながりや相互関係を考慮にいれつつ、より統合的なやり方で考えたり行動したりすることを学ぶ必要がある
  • 責任をとること
    • 責任をとるとは、個人が(自らに課されたさまざまな要求に応えるために)批判的なスタンスをとる
    • 責任ある個人はその経験と個人的・社会的目標、教え・伝えられてきたこと、人生全体の視点からふるまいにおいて何が正しく、あるいは間違っているのか、などの事柄に照らして、自らの行動について振り返り、評価することが求められている
  • 反省性:キー・コンピテンシーの精神的前提
    • 反省性は、キー能力の内的構造に関わっており、要求と行動に立脚したキー・コンピテンシーの概念化に関連する重要な横断的特徴
概念的基礎としての3要素によるカテゴリー化
  • 3つのカテゴリーとは「社会的に異質な集団で交流すること」、「自律的に活動すること」、「道具を相互作用的に用いること」。
  • もっとも基本的なレベルにおいて生きるということは、自ら行動すること、道具を用いること、他者と交流することを伴う。
  • それぞれのカテゴリーの強調点
    • 「社会的に異質な集団での交流」個人の他者との交流を強調
    • 「自律的活動」相対的な自律性とアイデンティティ
    • 「相互作用的な道具使用」個人が物理的・社会文化的な道具を通じて(言語や伝統的な学問分野含む)世界と相互作用する
  • キー・コンピテンシーの3つのカテゴリは、現代生活において有能な行動をとるための条件としての高次の精神的複雑さの発達を含意している
    • 民主主義、人権の尊重、および持続可能な開発が中核的価値とみなされる規範的な枠組み
    • 批判的なスタンスと思慮深いアプローチの発展

Ⅴ キー・コンピテンシーの3つのカテゴリー

キー・コンピテンシーの3つのカテゴリーそれぞれの重要な特徴

社会的に異質な集団での交流
  • 他者との交流
    • 個人が多様な背景をもった人々で構成される集団や社会秩序に加わり、その中でうまく機能し、差異や矛盾に対処する必要がある。
    • 人間は人生を通じて、物質的・精神的に生存し、自己概念、アイデンティティ、社会的な意味を得る点で、他者とのつながりに依存している。アイデンティティは私たちをとりまく環境との関係や対話、他者との交流によって発達する。
    • 社会的に異質な集団の中で交流することとは、異なった背景を持ち、同じ言語(文字どおりの意味で、あるいは比喩的に)話すとは限らない、あるいは同じ記憶、歴史、文化、社会経済的背景に必ずしも共有していない人々との社会的結びつきや共存の発展に関わる。
―――他者とうまく関わる力
  • 相手が歓迎され、包み込まれ、生き生きしていられると感じられるような環境を作り出すために、その人の価値観、信念、文化、歴史を尊重し、大切にすることが前提
  • 他者とうまく関わることは、社会のまとまりに必要なだけでなく、経済的成功のためにもますます必要とされている。
  • 他者とうまく関わるための前提条件:共感と自らの感情や内面の気分に効果的に対処すること
―――協力する力
  • 共通の目的に向かって他者と協力し、一緒に仕事をする能力
  • 集合全体として必要とされる能力ではなく、集団の個々の成員が必要とする能力
  • この能力の重要な要素:a.自らの考えを提示し、他者の考え方に耳を傾けること。b.枠組みを切り替えて異なる視点から問題に接近すること。c.他者の役割や責任および全体の目標との関係で、自らの具体的な役割や責任を理解すること。d.自らの自由を制限してより大きな集団に調和すること。
―――対立を処理し、解決する力
  • 対立を処理し、解決し、対立する利害を調整し、または許容しうる解決策をみつけだす能力
  • 対立は社会的現実の一部であり、人間関係に内在するものであり、自由と多元主義の見返りとして存在している
  • 全面的に避けようとか排除したりしようとせずに、賢明で、公正で、効率的なやり方で対処することが必要
自律的の活動すること
  • 関係的志向性と自律的活動
    • 関係的志向性:他者との関係において、関係している他者の期待によって自らを方向づける
    • 自律的活動:関係の条件を作り出すために自分自身の基準を用いて自らを方向づける
  • 自律的に活動すること
    • 社会空間を乗り切り、生活や労働の条件をコントロールしながら自らの生活を有意義で責任ある形で管理するように個人がエンパワーされていること
    • 自律的活動は社会の発展、およびその社会的、政治的、経済的機関に有能に参加することであり(たとえば、意思決定のプロセスに参加すること)、生活の異なった領域(職場、個人としての生活や家族生活、市民的・政治的生活)において有能さを発揮すること。
  • 自律的な活動に組み込まれているもの
    • 自らを定義づけ、個人的アイデンティティを発展させること(価値体系含む)
    • 与えられた文脈において決定したり、選択したり、能動的で思慮深く、責任ある役割を果たしたりするという意味で相対的な自律性を行使する
―――「大きな展望」の中で活動する力
  • 大きな展望の中で行動することは、個人がその行動やふるまいにおいて一貫性を育て、築き、維持することを必要とし、可能とする
  • 「大きな展望で思考したり行動したりすること」は、事業の全体的な機能やインパクトに対して行なえる貢献を価値あるものとみなすことを可能にすることにより、人々に動機付けを与える
―――人生計画と個人的なプロジェクトを設計し、実行する力
  • 私たちは人生を、それに意味と目的を与える構成された物語(ナラティブ)として捉える必要がある
  • 個人は自らの個人的なプロジェクトや目標のために計画を立てるだけでなく、その計画が自らの人生において意味を持ち、またより大きな人生計画と一致させる必要がある
―――自らの権利、利益、限界、ニーズを守り、主張する力
  • 必要であれば調査を通じて、自らの権利、ニーズ、利益を明らかにし、評価すること、またそれらを能動的に主張したり、擁護したりすることは、個人に任されている。
  • この能力の発達により、個人は個人的な権利および集団的な権利を主張し、尊厳ある存在を保障され、自らの人生に対してより大きなコントロールができるようにエンパワーされる
道具を相互作用的に活用すること
  • 道具の相互作用的活用とは、道具とその活用に必要な技術的スキルをもつだけでなく、道具の活用を通じて確立される新しい形の相互作用を認識し、日常生活において自らのふるまいをそれに従って適合させる能力を含意している
―――言語、シンボル、テクストを相互作用的に活用する力
  • PISAにおける読解力リテラシーの枠組み
    • 「読解力とは、『自らの目標を達成し』、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に『社会に参加する』ために、書かれたテクストを理解し、利用し、熟考する能力」
  • 数学リテラシー
    • 「数学が世界で果たす役割を見つけ、理解し、現在および将来の個人の生活、職業生活、友人や家族や親族との社会生活、建設的で関心を持った思慮深い市民としての生活において確実な数学的根拠に基づき判断を行い、数学に携わる能力」
―――知識や情報を相互作用的に活用する力
  • 個人は知識や情報にアクセスするだけでなく、それらを効果的に思慮深く、責任をもって活用する必要がある
  • この能力の具体的な例はPISAの科学的リテラシー
    • 「自然界および人間の活動によって起こる自然界の変化について理解し、意思決定するために、科学的知識を使用し、課題を明確にし、証拠に基づく結論を導き出す能力」
  • 情報源が特定され、情報が得られれば、その情報源とともに情報の質、適切さ、価値を批判的に評価する必要がある
―――技術を相互作用的に活用する力
  • 技術分野における進展は職場の内外において個人に新しい課題を提起。同時に、個人に対して様々な課題に新しく、異なったやりかたでより効果的に対応する機会を与える
  • 技術に習熟する以上に重要なのは、異なった技術の目的や機能を全般的に理解することであり、その重要性を構想する能力

Ⅵ 異なった文脈におけるキー・コンピテンシー

  • 今日の世界における要求や社会的目標の複雑さは、一種のキー・コンピテンシーの動員を求めている。特定の能力だけでは不十分。
  • 3要素のカテゴリー化が途上国や移行国にとっても有用な概念ツール
    • 進行中のグローバリゼーションと画一化のプロセス
    • 世界銀行OECD、UNESCO、ILOなど能力開発と生涯学習を強調する国際機関の影響
    • DeSeCoが定義した能力の規範的基礎を形成する国際的な条約・宣言に表現されたいくつもの普遍的な目標の広範な選択
  • 「個人が成功的で責任ある人生を送り、また社会が現在と未来の課題に対応するために必要な能力は何か」という問いに対して、キー・コンピテンシーに関する包括的な記念的枠組みが具体化された
  • キー・コンピテンシーの概念的な参照枠組みはOECD特有の理論で開発されたものであるが、この枠組みが現代生活の複雑な要求に効果的に対応しようとしている国々、集団、個人により広く適応可能なものとなる

雑感・コメント

  • OECDのキー・コンピテンシーは、近代資本主義社会にうまく適応できるよう打ち出されている。確かにこのキー・コンピテンシーを身に付けることができれば、順応でき、人生における成功を手にすることができるだろう。しかし、疑問点が二つある。OECDが適応させようとしている社会自体には無批判であることと、適応できない者を無視していることである。結局のところ、キー・コンピテンシーの獲得により、社会における矛盾に対し、相対的に社会秩序の維持が図られ、再生産し続けるものであるという側面もあるように感じる。
  • 日本では生きる力とキー・コンピテンシーの共通点を声高に叫ばれ、社会的自立、言葉と体験の重視、知識・技能の活用、思考力・判断力・表現力などの重視が打ち出されているが、キー・コンピテンシーが設置された背景を鑑みると「個人が成功的で責任ある人生を送り、また社会が現在と未来の課題に対応する」というよりは、国家秩序維持の側面が強く打ち出されているように思われる。