秋田茂『イギリス帝国の歴史』中公新書 2012年

  • この本の趣旨
    • イギリス本国と帝国諸地域との関係性、さらに帝国を超えて行使されたヘゲモニー国家としてのイギリスの影響力に着目して、グローバルヒストリーを構築する「ブリッジ」としてのイギリス帝国史の意義について考えること
    • 「長期の十八世紀」からのイギリスの膨張から、19世紀のパクス・ブリタニカ、20世紀のコモンウェルスと3つの時期について叙述されている。今流行のグローバル・ヒストリーが非常に意識されている作品である。


「長期の十八世紀」では二つの三角貿易の形成からアメリカとインドの重要性が指摘されている。大西洋三角貿易では、奴隷貿易による大西洋世界の形成において、砂糖プランターが関税により保護されたため不在地主化したのに対し、タバコプランターは国際競争力のある世界商品で国際競争にさらされたため北米大陸に根付きイギリスの軽工業品を消費することになったことが独立革命の伏線となった。そしてお馴染みとなった「環大西洋革命」の概念も登場する。植民地戦争の負債の回収のために税収の確保がアメリカ独立革命の要因となり、アメリカ独立革命における資金援助と介入に加えイギリス産業革命の商品市場となったフランスでフランス革命が起こり、ナポレオン戦争の混乱に乗じてラテン=アメリカ諸国が独立を達成し、イギリスはカニング外交、アメリカはモンロー主義で援助という流れ。一方アジアでは、産業革命の労働者による茶の重要の増大とアヘン三角貿易。川北稔、角山榮、和田光弘などの著作が参考文献となっている。かつて私は国際商品による「モノ」をテーマとした主題学習の授業実践をさせられたことがあり、そこでは「タバコ」のグローバルヒストリーを扱い、二つの三角貿易による世界市場の形成と19世紀後半における労働力移動と国際企業の進展について、調べたこともあったものだ。

19世紀のパクス・ブリタニカでは、自由貿易帝国主義とジェントルマン資本主義が取り上げられている。(私がこの概念について知ったのは、山川の世界史リブレットの『帝国主義と世界の一体化』だったような気がする)。前者の自由貿易帝国主義はイギリスはすべての植民地を直轄支配しようとしたのではなく、植民地支配のコストを下げるために自由貿易によって経済的に支配下においた非公式帝国の存在を重視する考えかた。また、後者のジェントルマン資本主義は、イギリスの金融資本を重視するものだり、製造業の輸出による貿易収支は赤字であり、保険や海運などのサービス業や金融によって多角的決済機構によって黒字を出していたものだという考えかた。日本も非公式帝国の一形態であり、その非公式帝国であった日本がイギリスのソフト・パワーを利用してジュニア・パートナーへと日英同盟によって転換していくところは読み応えがあって面白い。

最後は20世紀のコモンウェルス体制。イギリスの自治領が自立化の傾向を見せはじめ、ドミニオンコモンウェルス体制へと展開していく様が書かれている。ここでは覇権国家として優位性を失いつつあるものの、「構造的権力」として世界各地へと影響力を行使する「構造的権力」が指摘されている。そして、パクス・アメリカーナにより帝国は終焉するが、現在のアジア台頭の背景には、イギリスがかつて帝国として「国際公共財」や「ゲームのルール」を整備したことが背景にある。そのため、結論としては、欧米が中心であった環大西洋経済圏だけではなく、現在台頭著しいアジアの発展の背景に寄与したイギリス帝国の歴史には意義があるということである。本文を引用すると以下の通りである。

現代の世界経済の中心は、十九世紀初頭以来ほぼ二世紀にわたって圧倒的優位を占めてきた、欧米世界、環大西洋経済圏に代わり、アジア世界、アジア太平洋経済圏に急速に移行しつつある。イギリス帝国=コモンウェルスは、このアジア世界の「経済的特権」の舞台となる諸地域とも、十九世紀以来、緊密な関係を築いてきた。イギリス帝国の歴史は、世界経済体制の機軸を構成してきた環大西洋経済圏と、二十世紀末から再興しつつあるアジア太平洋経済圏の両方を包摂している。現地アジア側の主体性、相対的独自性を論じる際にも、イギリス帝国との多様な関係性は無視できない。その意味で本書で考察してきたイギリス帝国の歴史は、あらたな世界史、グローバルヒストリーへの「ブリッジ」として位置づけることができるであろう。