蒼の彼方のフォーリズム「鳶沢みさき」シナリオの感想・レビュー

さきちシナリオは挫折系救済物語。
かつて挫折し競技を辞めた主人公くんの前に、同じように挫折したみさきちが横たわる。
自分と同じ蹉跌を踏ませぬよう、みさきは過去の自分だと主人公くんが立ち上がる。
典型的な少女救済のパターンであり、ヒロインを救うことで、自分が救われるという構図。
挫折モノシリーズはオッサンホイホイだよなぁと思いつつも、とても面白く読んでしまったのであった。

みさき√の概要

  • (1)みさきち精神崩壊
    • 夏の大会で明日香に対するどす黒い感情を抱いたみさきち。その理屈は以下の通り。1)自分を倒した優勝候補の真藤さんが自分には本気をださず、格下だと思っていた明日香に対して全力で挑んだから。2)みさきち・明日香を倒した真藤さんが決勝で敗れても、明日香は相手の戦略を賞賛したから。これらの理由によりみさきちは次第に部活から足が遠ざかっていってしまいます。そして最終的にみさきちを挫折させたのが、明日香と佐藤院さんの試合でした。明日香はまったく新しいフライングサーカスの技法「相手の優位に立ち、動きをコントロールする戦略」を飲み込んでおり、佐藤院さんに大勝して新たなステージに挑もうとしていました。明日香の試合を見せつけられたみさきちは、自分の戦闘スタイルが散漫なものであり戦略など意識してこなかったことを思い知らされる結果となります。明日香に対して、絶対的な差をつけられたみさきちは、劣等感が爆発して精神崩壊。アイデンティティ拡散の危機に直面し、自己を守るために部活から目を背け、どす黒い感情を抱えたまま逃避に走っていくのです。かつて自分の才能の限界を突きつけられた主人公くんは、みさきは過去の自分であると肩入れするようになるのです。

  • (2)主人公くんのトラウマはみさきち
    • さきちが部活にこなくなり気もそぞろな主人公くんに説教タイムが始まります。挫折したみさきちを救いたいと願う主人公くんに対して、顧問であり師匠でもある葵さんからコーチ解任のお知らせ。部活をクビになった主人公くんはその他ヒロインズを棄ててみさきちの専属となる決意をします。夏休みの登校日、本来なら合宿に行っている主人公くんが何故か学校に現れたことにみさきちは戸惑いますが、久しぶりにたわいもない会話を楽しみます。そしてみさきちが空を飛び始めた理由を尋ねる主人公くん。ここで衝撃の事実が明らかになっていきます。なんとジュニア時代の主人公くんにトラウマを植え付け、挫折させたのはみさきちでした。幼少期のみさきちは主人公くんがフライングサーカスの練習をしている場面に偶然居合わせ、空を飛びたくなりました。そして主人公くんに教わりながら、ものの数時間で技術のイロハを身につけてしまったのです。これを見た主人公くんは自分が積み重ねてきたモノが一瞬で凌駕されたことに気づきショックを隠しきれません。そしてちょうどこの時の主人公くんは、マスコミにも取り上げられるようになっていたため、試合に対するプレッシャーで精神崩壊寸前でもあり、幼少期みさきち事件が引き金となって競技から離れることになったのでした。


  • (3)復活のみさきち
    • 主人公くんはみさきちに自分の挫折話を語りました。そしてまた同じような境遇であるみさきちが明日香に対して抱く劣等感を剥き出しにさせます。鬱屈した感情を共感しあった二人の間にはフラグが成立。「みさきちは主人公くんの支援により燻った感情から脱却し、主人公くんはみさきちを救うことで挫折から解放される」という少女救済の法則が発動します。「俺を助けてくれ、みさき。みさきが飛んでくれないと、俺はずっとここだ」と心情を吐露する主人公くんがこのシーンの一番の見せ場です。自分の弱さをさらけ出した主人公くんに対して、みさきちも応えます。「いいよ。晶也をそこから連れ出してあげる……でも約束して。あたしを届けるんじゃなくて晶也も一緒に来て。じゃないと、あたしが晶也を助けたことにならないと思う……あたしを助けて、晶也」。こうして手を取り合った二人は、挫折から立ち上がり、再び空を目指すことになったのでした。

  • (4)夏休み特訓編〜背面飛行への道〜
    • 主人公くんはみさきちとの特訓に励みますが、部はみさきちサイドと明日香サイドで二つに分裂。主人公くんの師匠である葵さんは明日香と真白を指導することになったので、どうしても二人だけの個人練習には限界があります。そこへ引退した部長・主人公くんの兄貴分でスポーツショップの店員の白瀬さん・そして白瀬さんのイモウトで覆面選手のみなもちゃんの3人が駆けつけます。こうしてみさきち復活プロジェクトが結成されたのです。みさきちを強化するためにタイムを計り、スタミナを強化させ、模擬戦を行う日々。勿論、感覚だけで戦っていたみさきに脳みそトレーニングをすることもお忘れ無く。身体を動かしていないときは、シチュエーショントレーニングを積み、戦略を練れる脳みそを作っていきます。みさきちの当面の課題は「戦略的に優位に立ち相手をコントロールする」技法にどのように対応するかでした。苦悩する主人公くんたちに対して真藤さんが現れ、みさきちは狭い範囲の試合展開なら最強であることを確信させます。相手をこちらが得意な超接近戦に持ち込めば勝利の可能性が出てくるのです。頭上から背中を狙う敵に対して、主人公くんはみさきちに背面飛びを覚えさせて対抗しようとします。
    • この夏休みの特訓で成長したのはみさきちだけではありません。主人公くんもまたコーチとして成長していきます。そして選手を信じ抜くことの重要性を思い知るのでした。みさきちを信じ抜いた主人公くんは、特訓を欲するみさきをつきっきりで指導します。そして疲労の限界を超えた先に「背面跳び会得」が待っていたのです。疲れにより身体から無理な力が抜けて自然体となった時、みさきは背面飛びに成功するのでした。

俺が揺らいでいたからみさきはああなってしまったんだ。みさきがFCから離れようとしたのは俺が信じてなかったからだ。俺は葵さんに信じられていたからそれなりに伸びることができたんじゃないか?そんなことも理解しないでコーチをやっていたのか。後悔、痛み、泣き出したくなるような感情が溢れてくる。白瀬さんや葵さんが辛辣なことを言っていたのも裏を返せば同じことなのだ。みさきがダメな選手だとしても信じられるのか。それをする覚悟があるのかという問いかけだったのだ。みさきに対する言葉じゃなくて、俺に対する言葉だったんだ。俺に考えさせて俺を育てるつもりだったんだ。

  • (5)秋の大会編と復活の主人公くん
    • 夏休みの全てを賭けて練習に打ち込んできたみさきち&支援隊のみなさん。負けたら努力が水の泡。これまでの自分とは一体・・・という恐怖と戦わなければなりません。それでも勝ち負けよりも「勝ちたい」という思いの方が強いことをもう既に知っているみさきちは全力で試合に挑んでいきます。1戦目は夏の大会の覇者;乾さん。全く新しいフライングサーカスの技法を持ち込んだ張本人でもあります。みさきちはぎりぎりまで粘り、相手の油断の隙に背面飛びを発動し、ドッグファイトに持ち込み勝利を果たすのでした。そして2回戦では夏休み中に特訓に付き合ってくれた覆面選手みなもちゃんとの戦い。みなもちゃんを通して部活の楽しさや、ジュニア時代の主人公くんへの憧れなどが描写され、これだけでもルートが単体で作れそうだなファンディスクはまだですか?そして最後は宿敵となった明日香との戦い。頭上を取り相手の優位に立つ戦略を十二分に噛みしめている者同士の対決です。明日香は頭上のポジションを取るためにどんな戦略をとるのでしょうか?エアキックターン、コブラ、そして新出のアンジェリック・ヘイローを繰り出してきます。それに対し、みさきちは背面飛びで小さな枠の中に閉じ込めるスモールパッケージホールドを展開。大激戦の末に勝利をつかみます。優勝したみさきちに対して主人公くんはもう自分には出来ることがないと恐れを抱きますが、真藤さんの助言により、そもそもの目的はみさきを挫折から立て直させることであったことを再認識します。こうして見事、みさきを復活させた主人公くんは自らも救済され、再び競技者に戻ることができたのでした。

勝ちたいって気持ちがあたしにとって大事なんじゃないかって。みさきはそう言っていた。あの時は曖昧に納得したけど、今なら分かる。結果は後からついてくるものだ。試合は、勝つためにやるんじゃなくて、負けたくないからやるんじゃくて……いや、勝つために、負けないために、やってはいるんだけど、だけどそんな結果よりも勝ちたいって気持ちが大事……大事だと違う気がする。もっと的確な言葉があるはずだ。好き。好きだ。勝ちたいって気持ちが好きなんだ。みさきはそう言いたかったんだと思う。きっと、その気持ちを確認するために試合をしてるんだ。試合前のみさきは素直な言葉で喋っていたに違いない。勝ちたいって気持ちをためらいなく肯定している。それでいいんだって考えている。俺はずっと迷っている。だからこうなっている。さっきだって嫉妬よりひどい気持ちに挫けそうになった。みさきも俺と同じだったのに……。みさきは乾との試合が始まる前に、――届けてくれて、ありがとう、晶也。そう言ってくれた。俺がみさきをここに届けたのか?もしそうなら俺はこれを誇りたい。みんなにみさきの凄さを語りたい。体の奥底を何かに突き上げられたような気がした。泣きそうだ。