雑録

絶対主義国家が全然「絶対」じゃない件について


人間には先入観があるわよね。画像はイメージです状態。
ファミレスとかファストフード店にたまにだけどいくと、メニューはとても美味しそう。
けれど実際にバイトが解凍して運んできた料理は見ると残念で萎えるわよね。
それと同様に生徒のイメージとして国王=スゲー理論というものがあるわ。
ヨーロッパの王様というと豪華な宮殿で権力を振るうというイメージね。
けれどそれは画像はイメージです状態なわけ。


近世絶対王政社会は中世封建制社会から近代国民国家への過渡期であるという考え方です。
生徒は国王=最強というイメージを持っていますが、そのイメージを捨てさせましょう。
中世封建制社会では国王は封建領主の一人であり諸侯は独立性が強かったですよね。
ですが近世では国王の集権化が進み国内では唯一の最高権力となっていきます。
しかし、近世においても国王は、完全なる中央集権化を達成できなかったのです。


そうね。
近世絶対王政では近代的国民国家のように国民を直接国家に統合して統治できなかったのね。
あくまでも国民に対しては間接的な統治にしか過ぎなかったの。
どのようにして統治したかというと、
国民を身分制や職能、地縁組織などの階層秩序に編成して中間団体を媒介にしていたの。


これを「社団」といいます。
中世封建制社会において衰退していった諸侯たちは、
廷臣として国家に内包される代償として免税特権などを得ました。
一方で特権を得たのは、貴族となった地方領主たちだけではありません。
ギルド・大学などの職能集団や都市・村落共同体などの地域的集団も特権を得ました。
これらが中間団体すなわち社団として支配の基本単位となったのです。


国王は社団を通して国民を支配・統合しただけで、その支配権は個人に及ばなかったのね。
このように一見すると「絶対」に見えるけど全然「絶対」じゃないわけ。
絶対王政は、
常備軍と官僚制を王権の支柱とし、費用を賄うため重商主義を展開し、
王権神授説で理論的に正当化したけれども・・・
全然「絶対」ではなかったのね。


絶対主義国家では、国家の領土であっても貴族の封土であれば、
貴族が領内の農民に領主裁判権を行使し、独自に地代を徴収します。
教会は司教が司祭を統制しますし、
都市では自治権がありギルドがそれを運営していました。
国家権力による把握・介入を拒む特権的集団が存在し、それらの集団が政府と国民を仲介していたのです。



国家による支配が一元的ではなく、政府と国民の間には集団組織が存在し、
国家と国民の関係が1対1ではなく、ワンステップ挟んだ間接的な支配だったのね。