雑録

戦争と社会契約〜婦人参政権編〜


「戦争と社会契約」という考え方を知ってる?
大きな戦争が起こると、その戦争の後、民衆は国家と契約を結び直すわ。
そうね、例えばペルシャ戦争におけるサラミスの海戦はご存じ?
「無産市民が三段櫂船の漕ぎ手を担ったので発言力が高まった」ってやつね。
戦争に参加したのだから、権利を拡張してくれ的なノリね。


これは戦争に国民を動員するようになる総力戦が始まるとより顕著になりますね。
第一次世界大戦にはこれまで社会的下位層とされていた人たちも戦争に参加しました。
労働者階級しかり、女性しかり、植民地しかり・・・。


第一次世界大戦後には以下のような結果となったわね!
労働者階級が戦争に協力 → 社会権の拡充
婦人の職場進出が本格化 → 婦人参政権
植民地が戦争に協力 → 自治・独立の要求運動が高まる。


そんなわけで婦人参政権1920年前後に実現した国が多いのです。
しかし一橋大は「総力戦」だけでなく「クリミア戦争」と「ロシア革命」を要求してきます。
一体「クリミア戦争」と「ロシア革命」は婦人参政権にどのような影響を及ぼしたのでしょうか?


クリミア戦争」はナイティンゲールの看護活動が指摘できるわ。
彼女の活動は19世紀における欧米の女性像を転換させる契機になったのね。
19世紀には工業化の過程で性的役割分業が進んでくるの。
産業革命当初は女性や子どもも労働力として使役されていたのだけれど・・・
男性は仕事、女性は家庭という固定観念が生まれてくるのね。
今はやりのジェンダーというやつ。
この状況に対し、ナイティンゲールの活動が女性の社会進出と地位向上の気運を高めたのね。


続いて「ロシア革命」がどのように処理できるか考えましょう。
ソヴィエト政権ってどんな政権かを考えれば社会主義的平等が見えてきます。
社会主義国家での男女普通選挙が西欧諸国に与えたインパクトを指摘しましょう。
欧米諸国での婦人参政権の実現の流れは以下の通りです。
1917年 ロシア革命 → 1918年 ソヴィエト政権による男女普通選挙
1918年 イギリス選挙法改正 → 本人もしくは夫が家屋を所有している満30歳以上の女性
1919年 ドイツ→ヴァイマル憲法で男女普通選挙
1920年 アメリカ → ウィルソン大統領時代に女性に参政権


まとめると以下のように構成して文章を並べればいいわね。
クリミア戦争 → ナイティンゲール → 女性地位向上の契機
・総力戦による国民動員 → 戦争協力による女性の社会進出
ロシア革命 → ソヴィエト政権の婦人参政権実現 → ウィルソンのアメリカに影響