畑尻麻紀「生徒の問いから始める教科横断型授業の試み‐IB調査研究・SGH校の実践として」(『歴史と地理』694、世界史の研究山247、川出版社、2016年5月、pp.16-26)

概要

札幌聖心女子学院における近現代オスマン帝国史の取り組みが紹介されている。必修授業ではなく高3数十名に対する選択の世界史授業である。タイトルが「教科横断の試み」とあることからも分かるように、音楽・文献講読・小説・映画・家庭科と様々な視点から近現代トルコの臣民意識・民族意識国民意識について迫っている。最初からトルコの体系的な学習を試みたのではなく、最初は「帝国」について学習していたが、生徒の散発的なつぶやきをもとにして、ナショナリズムの具体例として偶発的にトルコを題材にしたとされている。歴史教育でコンセプトベースな理解を持たせることが必要で、それにはルーブリック評価を行うことを提唱している。

札幌聖心女子学院

  • 文科省指定校
    • 文部科学省 スーパーグローバルハイスクール(SGH)指定(2014年度〜)
    • 「国際バカロレア(IB)の趣旨を踏まえた教育の推進に関する調査研究」指定(2012〜)
  • 札幌聖心の世界史カリキュラム
    • 高1世界史B(必修3単位) 古代〜中世
    • 高2世界史B(選択2単位) 近世史
    • 高3世界史特講(選択3単位) 19〜20世紀
    • 高3世界史演習(選択2単位) 選択者の進路や実情に合う形の授業展開

オスマン帝国を例にした世界史演習」の授業構成

  • 1.「帝国」の定義(4時間)
    • 生徒に「帝国」の定義について考えさせる時間。調べ学習を行わせ、生徒の疑問点を集約して、教員が「帝国」の定義をした。
  • 2.「トルコ行進曲」はトルコっぽくない?(1時間)
    • 音楽の授業で「トルコ行進曲」を聞いた生徒がトルコっぽくないとつぶやく。ここで教員が授業の題材にできると考え、生徒に「トルコっぽさは何か?」と発問。生徒は明確な答えを持たず、トルコに対する知識は限定的でバラバラであった。トルコとはトルコ共和国オスマン帝国かという意識のもと、トルコに関する様々な音楽を聴く。バルカンの民族音楽、トルコ軍楽隊、現代トルコポップスなどを聴き「トルコ」の重層性を体感させる。
  • 3.文献講読『オスマンVSヨーロッパ』(15時間)
    • 生徒たちに分担箇所を決めさせ、レジュメの作成と報告をさせる。
  • 4.クイズ「小説の舞台は、いつごろのどこ」(2時間)
    • 『村田エフェンディ滞土録』の抜粋を作者名・作品名を伝えずに読ませ、その抜粋部分がいつごろのどこかを当てさせる。その後、教員は1899年からの25年間のイスタンブル史を講義。生徒たちはトルコ共和国に関する用語を小説を題材とすることで、それらを繋げ、整理することができたとしている。教員は小説読解について「歴史を想像させ、バラバラな知識を統合させていくことに効果的」と評価している。
  • 6.調理実習「ソウルフードを実食!」(2時間)
    • トルコ料理には限定せず班ごとに民族料理を作って食べる。映画「タッチ・オブ・スパイス」に登場する料理「イマーム・バユルドゥ(冷製ナスのトマト煮込み)」(トルコ料理にもギリシア料理にも分類される土着料理)を作った班もあるとのこと。
  • 7.再び「トルコっぽさとは」(1時間)とルーブリック評価
    • 生徒たちがトルコナショナリズムの重層性から「トルコっぽさ」を考えられるようになったことを紹介。
    • 評価はルーブリックや提出物・発表などを点数化する。(ルーブリックとは子どもの学習到達状況を評価するための評価基準表)。「評価基準を事前に示すことで、生徒達はこの授業で何が求められているかを理解をしたうえで臨める利点がある」とメリットが述べられている。
  • 8.ある新聞記事から‐2015年の取り組み(6時間)
    • 2015年に発生した在日トルコ大使館におけるクルド人問題の記事を取り上げたとのこと。トルコのナショナリズムが日本にも影響を及ぼしていることを指摘し、共生・移民・難民をテーマとしている生徒たちに教員が日土関係の授業を行いディスカッションをしたと述べられている。

「コンセプトベース」な理解の重要性

  • 人物名や年代を記憶することは、あくまで自身がその歴史をどう評価するかを考える時に役立てる手段。
  • 社会が求める人物像は「思考すること」の価値を認め、社会、世界に対するコンセプトベースな理解を持っていること。
    • ここでいうコンセプトベースとは何か?
      • 科目・教科の枠をこえて無限なコンテンツからいくつかを選び取り、批判的に検証し、そこから何かの普遍的、あるいは本質的な考えを導き出せる力。
  • 柔軟な想像力や真理を見抜く力を磨くために、多面的に広く深く世界や社会を眺める経験が、批判的思考力・論理構成力とともに求められている。→それをはかるにはルーブリック(子どもの学習到達状況を評価するための評価基準表)による評価が必要。