青木一真「国際バカロレア教育の手法を取り入れた授業 英語によるWorld Historyと日本語による日本史B」(『歴史と地理』691、世界史の研究246、山川出版、2016年2月)

  • 概要
    • 平成27(2015)年に国際バカロレア機構から認定を受け、国際バカロレア・ディプロマ・プログラムを実施する初の公立校となった東京都立国際高等学校の取り組み。
      • IBの教育手法を取り入れた「World History」 の2つの実践例→「模擬国際交渉」と「史・資料の比較・分析」
      • 平成27年度入学、国際高等学校IBコース1年次(Foundation Yeae)における「日本史B」の3つ実践事例→「inquiry based learning(事前学習を前提とする授業)」、「conceptual understanding(概念を学ぶ授業)」、「international mindedness(国際感覚を養う授業)」

IBの教育手法を取り入れたWorld History

IBの授業構造
  • IBDPが求める教師像
    • 「生徒が地震と責任感を育むことを促す、知性の面での指導者」
    • 「学習内容を教える人(teachers of content)であると同時に、学習の仕方を教える人(teachers of learners)」
    • 教師は「教える人」というよりは「導く人」であり、教師自身が一人の学習者として生徒とともに学び続けているという教師像
    • 授業の形態としては「教師が板書したことを理解して覚える」というよりは「教師が投げかける、簡単に問いの出ない問題を皆で考える」という形態を取る。
  • IBDPの授業設計
    • 教師は毎回の授業の到達目標を明確に示し、生徒が目標に対して自分の到達度を振り返ることができる評価(形成的評価)を授業ごと、活動ごとに行う。
    • 教師は簡単に答えや知識を与えず、生徒が予習で学んできた知識と、生徒同士のディスカッションで挙がったことをベースにして授業を展開する。
    • 教師は一つの事象に対して、必ず複数の見方・考え方ができるもの、意図的に反対意見が出やすい教材を選び生徒に提示する。
実践例1 模擬国際交渉
  • 具体的題材
  • 展開
    • 事前に生徒を「日本代表団」「アメリカ代表団」などに割り振り、各国の国益を調査させる。
    • 国益調査には教員が概要をまとめた資料を用意し、実施前の授業で概要を皆で確認する。
    • ロールプレイ時には教員がファシリテーターとして議論が円滑に行えるようにする。
    • 議論の後に生徒はロールプレイで話し合ったこと、実際の歴史的事実との違いを対比して、なぜそうなったかを考え、ワークシートに記入する。
    • 交渉時の各国の立場に立つことにより、生徒は一つの歴史的事象について多面的・多角的に考察する力を養うことができる。
実践例2 史・資料の比較・分析
  • 米国による対日禁輸制措置に関する資料の比較
    • 対日禁輸措置に関する一次史料
    • 二名の米国の歴史家の禁輸措置に対する記述
      • SourceC(Roland,H.<1995>.No choice But War.The United States Embargo Against Japan and the Eruption of War in the Pacificからの抜粋)
      • SourceD(Gordon,A.<2002>.A Modern History of Japanからの抜粋)
  • 授業の展開
    • SorceAとSourceBを比較させ、両国の交換条件の違いについて考察させた。
    • SorceCとSourceDを比較させ、二人の歴史家の見解の相違点について考察させた。
      • 考察の方法→3名ごとの小グループをつくり、グループで意見をまとめてワークシートに記入させ、その後グループごとに発表させて、教師が黒板にまとめるという手法で進めた。
    • 史・資料を扱う際の注意点を考えさせた。
    • 史・資料分析の授業の後に、「「アメリカの対日禁輸措置が日本の真珠湾攻撃につながった」という主張にどの程度賛同できるか」という論述課題を与え、生徒は自分たちで、授業で学んだことを振り返って論述を行った。

IBコースの日本史B

  • 日本の学習指導要領との兼ね合い
    • 学習指導要領の内容を網羅する必要があるため、古代から現代までの日本、とくにDPで扱わない古代から近世までのに日本に多くの時間を使って授業を行っている。
「inquiry based learning(事前学習を前提とする授業)」
  • 予習課題
    • ケース1:教科書(山川の『詳説日本史B』)と参考書(Mason,R.&Caiger,J.<1997>.A History of Japan,Tuttle)の該当ページを指定し、「鎌倉時代における農業の変化をまとめよ」などの課題を与える
    • ケース2:日本語・英語で二次資料となる学術文献のからの抜粋や、一次史料を分かりやすく現代語訳したReading Assigmentを与える
    • ケース3:動画サイトなどを活用し、「江戸時代に幕府が直面した諸課題」として「その時歴史が動いた」や「Crash Course World History」を選び、内容をまとめさせる。
  • 授業の展開
    • 導入:生徒をグループに分け、予習してきたことを共有し、まとめさせるという形式をとっている。
      • こうすることで自分が得ることのできなかった情報を仲間から補うことができる。
    • 展開:生徒による発表をベースに議論形式で授業を進め、教員は「知識を教える人」ではなく、生徒が得てきた知識を違う視点から捉えなおさせたり、補ったりする役割に徹する。
  • 定期考査について
    • 考査の論述課題が「中世から近世までの日本の社会の変化について、農業・経済的変化を中心に述べよ」であれば、鎌倉時代の農業・経済的変化が室町時代・戦国時代へとどうつながっていったのか、毎回の授業を積み重ねれば得点をとれるように配慮している。
「conceptual understanding(概念を学ぶ授業)」
  • 授業のまとめ部分で行われる学習
    • 江戸時代の「田畑勝手作の禁」など、江戸時代の農業統制について史料を事前に読み、江戸時代初期の農業について考察した後、「それでは江戸時代になって農業はどう変化したのか?」という問いを投げかけられ、マインドマップを作成して振り返りを行う。
  • 振り返りの際には、「前時代の傾向がそのまま続いていること」、「前時代とは異なる傾向が見られること」などの視点に注目させている。
    • こうすることで「小農経営の進展」という前時代から続く傾向や「商品作物の制限」という前時代とは異なる、新しい傾向について整理することができる。
    • これを積み重ねると、鎌倉時代から江戸時代初期までの傾向といった、歴史の流れを大きく捉えさせる論述問題を出しても整理して解答できるようになる。
「international mindedness(国際感覚を養う授業)」
  • 日本と外国の事例との比較が掲載されている二次資料を選んで課題として読んでくるよう生徒に与えている
  • 生徒は外国の事例と日本の事例を混同して述べてしまう
    • 授業の展開では、教員は「どれが日本の事例、どれが外国の事例か皆で分けてみよう」と区別していくと、生徒の頭の中に大きな年表ができあがっていく。さらにこの学習を通じて、個々人が持つ、歴史に関する思い込みや偏見を明らかにすることができる。
  • 教科横断
    • 古代を学んでいる時には、国語と情報交換をする。万葉集を読みながら、ラテン語の詩や漢詩を生徒に読ませたりする。
    • 世界史Bとは毎日のように情報交換を行い、世界史で触れたトピックが入っている日本史の文献を探すようにしている。
    • 他教科と積極的に連携を図っていくと、例えば国語科から「もっと諸子百家についてふれてほしい」といった要望が寄せられ、教科間連携が促進されていく。
    • IBの学びは教科横断的に知識を得て活用できるところが魅力の一つ。このような授業実践を通じて教科が連携した探究型学習を行うことができる。