雑録

柳沢遊・岡部牧夫「解説・帝国主義と植民地」(柳沢遊・岡部牧夫編『展望日本歴史20』東京堂出版、2001、pp.1-12)

  • 本稿の趣旨
    • 研究史の整理。「帝国主義と植民地」という方法的枠組による諸研究とその周辺の大まかな流れを抽出し、その特色を時期別に検討する。

植民地研究の出発点−1960年代後半

  • 戦後植民地研究の理論的出発点
    • 井上晴丸・宇佐美誠次郎『国家独占資本主義論』潮流社、1950(翌年増改定して岩波書店より『危機における日本資本主義の構造』)。
      • 日本資本主義の国家独占資本主義への移行過程の中に植民地侵略を位置づけ、地主・商業資本的侵略、産業資本主義的侵略、金融的侵略の各側面から、それらの収奪と横領の諸形態を明らかにした。
  • 実証研究の出現(1960年代後半〜) 理論的出発点よりかなり遅れて本格的実証分析に取り組む
  • 実証研究に基づかない「主観的善意」を強調する植民地肯定主義の回顧録など
    • 満洲回顧集刊行会編『あゝ満洲−国つくり産業開発者の手記』同会、1965年
    • 満史会編『満州開発四十年史』全三巻、同刊行会、1964-65年
    • 満洲国史編纂刊行会編『満洲国史』全二巻、満蒙同胞援護会、1970年

実証研究の深化と方法論の活性化−1970年代前半

  • 70年代の植民地史研究を規定した研究
    • 鈴木隆史「『満州』研究の現状と課題」日本貿易振興機構アジア経済研究所研究支援部編『アジア経済』12(4) 1971
      • 1960年代の満州研究の動向を整理し、日本帝国主義による満州支配の研究課題として以下の三点を上げる
      • 第一:満州における植民地支配を日本帝国主義の構造的一環として把握するという立場から、従来の個々の実証研究を発展させ、満州植民地経営史の全体像を構築すること
      • 第二:満州における日本の植民地支配は、日本帝国主義の植民地体制全体の中でどのような位置を占めていたかを明らかにすること
      • 第三:日本帝国主義の支配に対する中国人民の抗日民族闘争の展開過程を、支配の全過程について系統的に解明すること
  • 70年代に植民地支配史研究が盛んになった三つの背景
    • 1.資料集・文献目録の出版などにより資料条件が整備されたこと
    • 2.日本の政治、司法、教育の反動化や、日本企業のアジア進出の本格化が、「帝国主義統治」や「1930年代の日本」への関心を喚起し、敗戦前の日本国論・ファシズム論への関心が高まったこと
    • 3.経済史の分野でも、研究の関心が産業革命期から両大戦間期(独占資本主義確立期)へと移行しつつあったこと
  • 70年代の学会の状況
    • 土地制度史学会74年大会共通論題「1930年代における日本帝国主義の植民地問題」で以下の三報告が行われる。(『土地制度史学』71、1976)
    • 歴史学研究会75年度大会近代史部会テーマ「帝国主義成立期における植民地支配の経済構造と抵抗主体形成の基礎課程」で日本について以下の二報告が行われる。(『歴史学研究別冊特集/歴史における民族の形成』1975)
      • 村上勝彦「日本産業革命期における植民地支配の経済過程」
      • 馬淵貞利「近代朝鮮における変革主体・抵抗主体の形成と展開」
    • 経営史学会75年度大会共通論題「戦前における日本企業のアジア進出をめぐる問題」
    • 歴史学研究会77年度大会近代史部会テーマ「帝国主義支配と東アジア」
  • 方法論的提起
    • 村上勝彦「日本帝国主義と植民地」
      • 日本帝国主義成立についての理論的困難は、「レーニン説」に依拠すると、独占資本主義が未成立にも関わらず、軍事的侵略が早熟に行われた点にあると指摘。
      • 上記のこの困難を克服する鍵を「資本主義成立=帝国主義転化」説の新しい展開に求める。資本主義の確立を可能にし、またそれゆえその経済構造によって必然化し、再生産される帝国主義政治体制という観点の重要を主張。
    • 浅田喬二「日本植民史研究の現状と問題点」 歴史科学協議会編『歴史評論』(300)、1975-04
      • 植民地の土地支配、金融・財政支配、鉄道支配が帝国主義の基礎施策の三本柱だとし、植民地研究の方法論として、それらの体系的な解明の重要性を提起。
    • 小林英夫「十五年戦争と植民地」
      • 上記浅田の三本柱を批判し「段階的把握論」を展開。日本帝国主義の政策の柱は固定的に設定できず、時期と地域によって、また帝国主義世界体制の規定性によって可変的。

植民地研究の多面的展開−1970年代後半〜80年代前半

  • 特徴
    • 植民地研究のおける多分野での実証の進展
      • 資本輸出、金融、居留民、鉄道、経済「開発」、民族運動、植民地政策など
    • 植民地研究と隣接領域との交流
      • ファシズム史、移民史、国際関係史、外交史、都市計画史、思想史など
  • 80年代の研究の方法的な到達点
    • 村上勝彦「日本帝国主義と軍部」
      • 日本の帝国主義転化を以下の4点から考察すべきと提唱
      • 1.欧米列強との帝国主義間同盟の締結
      • 2.植民地主義にもとづく支配・従属関係の創出
      • 3.「極東の憲兵」としての物質的基盤
      • 4.独占資本の過剰資本化によらない資本輸出の日本的特質
    • 村上勝彦「日本資本主義と植民地」
      • 70〜80年代に豊富化した個別研究をもとに以下の3点を重視
      • 1.日本資本主義の各段階において植民地問題が有機的に位置づけられ、また全期間を通して体系化されること
      • 2.被支配地域における植民地的再編の内実と矛盾が、全期間を通して明らかにされること
      • 3.上記1,2が本国と植民地との相互作用関係の中で把握されることを重視
    • 村上理論の衰退
      • 村上の理論的・方法的問題提起は、以後の植民地研究に必ずしも生かされることなく、1990年代初頭には、日本社会の変容にともなう研究関心の激変のなかで後景に退く。

新しい研究潮流の台頭−1980年代後半

  • アジアNIEsの影響
    • 韓国、台湾、東南アジアの一部がNIEsとして経済を成長させ、さらに独裁から民主化へと政治状況も変化する中で、これらの地域の現代史の前史として植民地時代をとらえる視点が登場した。
  • 「支配と抵抗」の文脈からの脱却
    • 各地域の当時の社会全体を、より長期の経済変動の趨勢の中に位置づける努力も始まる(溝口雄三ほか編『長期社会変動』東京大学出版会、1994)
  • 80年代以前に実証研究をはじめた研究者の多くが、この時期にまとまった研究書を刊行
  • 研究の組織化
    • 1986年に専門学会として日本植民地研究会(初代代表/浅田喬二)が発足。88年に年刊の機関誌『日本植民地研究』を創刊
    • 『岩波講座近代日本と植民地』(全八巻、1992-93)。人の移動に焦点をあてた第5巻『膨張する帝国の人流』、日本国民の心の中に内在化された植民地を多面的に考察した第7巻『文化のなかの植民地』は新潮流の趨勢を端的に反映。
  • 松本俊郎『侵略と開発』(御茶の水書房、1988)において帝国主義支配の中に「開発」の視点を導入したことへの影響
    • 従来の研究では、植民地期満州の経済開発は、主として収奪の表現として分析されてきた。戦時期の植民地の軍事工業化は、日本帝国主義の顕著な特徴の一つととらえられてきたが、それは地域の内在的発展をゆがめる「負の遺産」であるという否定的評価が一般的であった。
    • 戦後日本の植民地研究は、ある意味で、植民地関係者による経済開発肯定論に対する実証的反論に始まった。そこにあらわれた松本の提起は、政治的・軍事的侵略と経済面での「開発」との相互関連性を、内在的に分析することを心がけてきた従来の研究者に一種の衝撃と混乱をひき起こし、政治史と経済史との分裂を招来するとの反発を招いた。

問題関心の多様化と戦時期の実証分析の進展−1990年代

  • いっそう多様となる方法的模索
    • 今泉裕美子「多様化する日本植民地研究」『日本史研究最前線/別冊歴史読本』、新人物往来社、2000
      • 「植民地」概念は、国民国家形成期に「周辺」としてとりこまれた地域や少数集団にも援用されるようになり、アイヌ琉球・沖縄、在日・在満朝鮮人、台湾原住民などに対しても社会学言語学・人類学的関心が集まりはじめた。
    • ポストコロニアル論の登場
      • 植民地領有国が植民地に自己の文化をおしつけたことが、脱植民地後においても支配−従属関係の再生産と結びつき、容易には克服されない状況
      • 植民地の文学、言語、「日本人」論、医療、儀礼といった社会事象を、「言説」分析の手法で考察するようになった
  • 植民地研究自身の変容
    • 従来の経済史・政治史重視の傾向からぬけ出し、これまで手薄だった教育、社会福祉、医療・衛生などの政策史的研究が始まる。マス・メディア、家族、ジェンダー、居留民などにも目が向けられ、日本人各層のアジア認識や植民地経験、植民地化の社会変容を問い直す研究が活発になった。
    • 沈潔『「満州国」社会事業史』ミネルヴァ書房、1996
      • 植民地における社会事業の展開の特質を明らかにする
    • 飯島渉「近代中国における『衛生』の展開」歴史学研究 / 歴史学研究会 編 (通号 703) 1997-10 pp.123-132
      • 「身体の植民地化」という観点から満州の衛生事業を考察。
    • 蘭信三『「満州移民」の歴史社会学行路社、1994
      • インタビューを効果的に用いて移民のライフ・ヒストリーを追跡し、相庭和彦ほか『満州「大陸の花嫁」はどうつくられたか』とともに、従来の農業移民史研究にない視座を提供した。
  • 新しい研究潮流 「帝国」の観点
    • 日本史研究会の1999年度大会の近現代史部会は「帝国日本の支配秩序−十五年戦争期を中心に」をテーマとする。(駒込武「コメント」『日本史研究』452、2000-4)
      • 駒込武がコメントにおいて「帝国史」研究の特色として以下の4点を指摘。1)複数の植民地・占領地と日本本国との構造的連関を横断的にとらえる志向。2)植民地の状況が本国に与えたインパクトの解明、3)政治史、文化史の重視、4)「日本人」、「日本語」、「日本文化」の形成と変容の過程への注目。植民地政策のはらむ内容矛盾や、支配者と被支配者との接触面に生ずる諸問題を立体的に解明する傾向を指摘。
  • 欧米の研究者による他の帝国との比較
    • P・ドウス
      • 「帝国」を多民族共存のモデルとして把握。欧米の「自由主義的国際秩序」へのアンチテーゼとして理解する(藤原帰一訳「植民地なき帝国主義−「大東亜共栄圏」の構想」『思想』814、1992-04)。
      • 米帝国主義による不平等条約体制(非公式帝国)が危機に直面する中で、日本が「よき帝国」としてアジアを解放するとの想像が生まれた(ドウス「想像の帝国−東アジアにおける日本」ドウス・小林編『帝国という幻想』青木書店、1998)
    • L・ヤング
      • 日本と満州の関係を「総合帝国」の観点からとらえなおし、満州国の政治、経済、社会の諸側面が、本国の社会機構や各階層にどのような影響を及ぼしたかを考察(Young,L.Japan's Total Empire: Manchuria and the Culture of Wartime Japan,University of California Press,1999)。
  • 旧来からの「帝国主義と植民地」という課題意識を受け継いだ実証研究について
    • 従来研究が不十分だった戦時期の諸問題の検討が進む(植民地・占領地における日本の経済工作の動態、皇民化政策の実施過程、戦時動員の機構、植民地下の企業・村落秩序の動態、日本敗戦後の支配機構の崩壊とその残滓など)。
      • 鈴木隆史『日本帝国主義満州』上・下(塙書房、1992)…50年に及ぶ日本の満洲支配の構造とその変遷を、政治、軍事、経済の側面から通史的に解明。
      • 蘇崇民『満鉄史』(山下睦男ほか訳『満鉄史』葦書房、1999)…中国所在の満鉄の史料を駆使し、同社の多面的な活動を全体的に分析。
      • 高成鳳『植民地鉄道と民衆生活』法政大学出版局 1999…日本の建設した植民地鉄道を「近代化」と関連づけて評価する見解を批判し、交通運輸体系の整備・拡充を植民地社会とその民衆の側から検討して、植民地の開発が、多民族抑圧の暴力装置を維持する基礎がためになったことを強調
      • 上記、蘇及び高の研究は、中国東北経済の自立的発展を重視した塚瀬進『中国近代東北経済史研究』(東方書店、1993)や、日本の植民地鉄道を「収奪と成長」の視覚から分析した高橋泰隆『日本植民地鉄道史論』(日本経済評論社、1995)の問題意識とはやや異なるが、そのずれは日本人側の研究において、「収奪」と「開発」の相互規定関係の解明がなお不十分であることを、結果的に示唆。
    • 1980年代に村上が提起した「被支配側の矛盾の植民地的再編成」に関するもの
      • 橋谷弘「近代日本は植民地で何をし、何を残したのか」(佐々木隆爾編『争点日本の歴史(6)近現代篇』新人物往来社、1991)…日本の植民地支配の過酷な収奪や皇民化政策の特質を欧米帝国主義の支配と比較し、日本が「文明」による「未開」の開発というスタイルをとれなかった理由の一つを、東アジア世界の「同質性」に求めている
  • 90年代の実証的な個別研究
    • その特徴
      • 日本の植民地・占領地政策の展開過程を単線化してとらえず、ミクロの地域社会の対応や応答の具体相が分析されていることであり、とくに戦時期の植民地・占領地に関して実証の深化が進んでいることが注目される
    • 具体的成果(満州に関するもの)
  • 90年代の特徴と課題
    • 特徴
      • ポスト・コロニアル論や「帝国」史研究など新しい研究潮流が台頭したところに、1990年代の研究の特徴がみられる
    • 課題
      • 近年の帝国史・「帝国意識」研究の一部には、従来の帝国主義史研究の成果を継承する姿勢が弱く、それが視野の狭さにつながる傾向がうかがわれる。