【文献サーベイ004】『史学雑誌』「回顧と展望」における満州研究まとめ(2017−2013)

2017年の歴史学界(『史学雑誌』第127編第5号)

日本(近現代) 一〇 メディア (渡邊桂子)(pp.177-178)
  • 社論に影響を与える記者個人の認識
    • 島田大輔「新聞記者における国民革命認識と対満蒙強硬論の形成」(『歴史評論』八一一)
      • 『東京朝日新聞』中国専門記者の大西斎を扱う。
  • 検閲研究
    • 木原勝也「満洲国通信社の広告業進出を阻んだ大阪・日華社のプレゼンス」(『Inteligence』一七)
      • 通信社を経済基盤である広告業から検討、国策機関化の一因を見出す。
日本(近現代) 一五 植民・人の移動 (李英美)(pp.189-192)
  • 植民地
    • 白木沢旭児編著『北東アジアにおける帝国と地域社会』(北大出版会)
      • 近年議論が進む「帝国」史研究の成果。19世紀から20世中葉の満洲樺太、台湾を対象としてロシア・清(中国)・日本という複数の帝国の影響力を勘案し帝国の支配構造の重層について地域社会の変容から総合的に解明した。
  • 経済
    • 張暁紅『近代中国東北地域の綿業』(大学教育出版)
      • 中国人商工業者の経済活動から「満洲国」が中国東北地域の在来産業に与えた影響を論じた。
    • 竹内祐介「日本帝国下の満洲‐朝鮮間鉄道貨物輸送」(『経済論叢』一九一‐一)
      • 安東・新義州経由の鉄道輸送体制とその物流構造から戦時期の満洲・朝鮮間の経済関係を読み解いた。
  • 教育
    • 大西茜「「満洲」における幼児教育の展開」(『幼児教育史研究』一二)
      • 日本人子女向けの満鉄経営幼稚園を事例に満洲幼児教育の基盤考察を提示した。
  • 人の移動
    • 加藤聖史『満蒙開拓団』(岩波書店)
      • 移民計画構想から敗戦後に至る満蒙開拓政策を概観し、国策としての満蒙開拓の本質と構造的問題を浮き彫りにした。
    • 小都晶子「満洲国立開拓研究所の調査と研究」(『アジア経済』五八‐一)
      • 一九四〇年に設立した日本の在外研究機関・開拓研究所の分析から満洲開拓の現地受け入れ体制を論じる。
    • 柳沢遊・倉沢愛子編著『日本帝国の崩壊』(慶大出版会)
      • 敗戦後の人の移動について。一九四〇年代を日本帝国の解体過程と位置づけ、戦時から戦後にかけて変動する日本帝国(植民地・勢力圏)・占領地内の地域社会の諸局面を論じた。
東アジア(中国‐近現代) (小野泰教・杜崎群傑) (pp.235-251)
  • 日中戦争
    • 加藤聖文『満蒙開拓団』(岩波書店)
    • 小都晶子「満洲国立開拓研究所の調査と研究」(『アジア経済』五八‐一)
      • 満洲国立開拓研究所の組織と調査活動を明らかにする。
    • 靳巍「「満洲」綿羊改良事業再考」(『中国研究月報』七一‐六)
      • 中国東北地方における綿羊改良事業の全体像を明らかにする。
    • ドルネッティ・フィリッポ「地域社会における満洲国協和会の展開と農民の動向」(『三田学界雑誌』一一〇‐三)
      • 満洲国協和会によってなされた活動の実態とそれに対する農村住民の対応の動向を明らかにする。
    • 張暁紅「「満洲国」の綿業統制と土着資本」(『歴史と経済』二三四)
      • 満洲国において施行された経済統制が現地経済にもたらした影響について明らかにする。
  • 【経済史・財政史】
    • 張暁紅『近代中国東北地域の綿業』(大学教育出版会)
      • 東北地方の在来の綿業と満洲国との関係を取り上げ、満洲国のもとにおける中国人綿織物業や中国人商工業者の在り方を跡づける。
  • 【都市・地域】
    • 松重充浩・木之内誠・孫安石監修・解説『近代中国都市案内集成‐大連編』一八巻(ゆまに書房、二〇一六〜二〇一七)
      • 大連について、ロシア統治時代から太平洋戦争に至るまでに刊行された都市案内を集める。貴重な資料とともに詳細な解説を付し、近現代の大連史研究に新たな知見を提供している。

2016年の歴史学界(『史学雑誌』第126編第5号)

日本(近現代) 一〇 植民地 (堀内義隆)(pp.173-176)
  • 軍事
    • 松野誠也「関東軍満洲国軍」(『歴史学研究』九四九)
      • 満洲国成立後の関東軍満州国軍の関係について、関東軍が旧軍閥系の軍隊を管理統制下に置き、治安悪化・反満抗日勢力の拡大を抑止するために満州国軍が必要であったと論じる。
    • 及川琢英「「満州国軍」創設と「満系」軍官および日系軍事顧問の出自・背景」(『史学雑誌』一二五−九)
      • 満系軍官の多くが満洲事変後に満洲国軍に参加していった背景を整理している。
  • 産業
    • 三木理史「一九二〇年代の満鉄旅客輸送」(『地理学評論』八九‐五)
      • 一九二〇年代の満鉄旅客輸送の中心であった漢人出稼者の移動の実態を解明している。出稼労働者を貨物同様の「モノ」扱いすることにより、低運賃でも収益性を維持するという植民地鉄道特有の非人道的旅客輸送が行われていたという。
  • 情報通信史
    • 白戸健一郎『満洲電信電話株式会社』(創元社)
      • 電信・電話・ラジオ放送を扱う同社の事業を包括的に分析し、情報流通が大都市に集中したこと、国民統合という当初の意図とは逆に民族別文化的細分化が進んだことなどを明らかにしている。これらの現象は、日本が異文化の他者を統治する中で生まれたという意味で植民地性の現れといえる。
  • 植民地における人々の意識の研究
    • 長谷川怜「満洲国期における学生の満洲派遣」(『東アジア近代史』二〇)
      • 満洲経営に携わる人材を育成することを目的として行われた学生派遣事業に参加した学生のレポートを分析し、学生派遣が必ずしも軍や政府の思惑通りの世論形成に結びつかなかったことを論じている。
    • 細谷亨「満蒙開拓団と現地住民」(『立命館経済学』六四−六)
      • 関東軍から「指導民族」としての役割を期待された日本人移民が満洲現地住民と接触する中で現地住民に対する差別意識を改めていった様子を描く。
  • ライフヒストリー・口述史
    • 趙彦民『「満洲移民」の歴史と記憶』(明石書店)
      • 長野県の第七次中和鎮信濃村開拓団を事例として、満洲農業移民個々人のライフヒストリーを描き出すという手法を用いて、個々人の経験の多様性と重層性を社会の歴史と関連づけようという試みである。従来軽視されがちであった、満洲農業移民の戦後についても拾い上げている。
    • 飯倉江里衣「満洲国陸軍軍官学校と朝鮮人」(『朝鮮史研究会論文集』五四)
      • 満洲国陸軍軍官学校に入校した朝鮮人エリートたちの口述資料を文献資料とつき合わせながら、彼らが「五族協和」「内鮮一体」の理念とは裏腹に実質的には「満系」として採用され、実際には差別的扱いを受けていたことを具体的に描き出している。
  • 植民地における学術研究の展開
    • 柴田陽一『帝国日本と地政学』(清文堂出版)
      • 宮川善造と増田忠雄という二人の地理学者と満洲の関わりを分析している。
東アジア(中国‐現代) 満洲 (今井就稔)(pp.235-236)
  • 政治・軍事
  • 経済(農業)
    • 菅野智博「近代満洲における農業外就業と農家経営」(『東洋学報』九八−三)
      • 産業化が進展した南満洲農村の農業部門と非農業部門との関係を明らかにした。
    • 海阿虎「満洲における在来農法と北海道農法」(『史学研究』二九二)
      • 北海道農法導入の背景と普及実績、在来農法との関係について考察した。
    • 三木理史「「満洲国」期の農産物鉄道輸送」(『歴史地理学』五八−三)
    • 吉田建一郎「二十世紀中葉の中国東北地域における豚の品種改良について」(『近現代中国における社会経済制度の再編』)
      • 満洲国期から人民共和国初期にかけての豚の品種改良と在来種の残存について明らかにする。
  • 経済(商工業)
    • 曹建平「満州国期の日系新聞における煙草広告とその内容分析」(『北海道大学大学院文学研究科研究論集』一五)
      • 英米煙草会社と日本資本の煙草企業それぞれの広告戦略を論ずる。
    • 張暁紅「「満洲国」の都市における民族資本の戦時と戦後」(『香川大学経済論叢』八九−二)
      • 満洲国期から人民共和国期までの奉天市の機械器具工業の変容を連続的に描いた。
  • メディア
    • 貴志俊彦戦争と平和のメディア表象」(『近現代東アジアと日本』)
      • グラフ誌の分析を通して当時宣伝された「事変」や「平和」の内実を検証する。
    • 代珂「「満洲国」における児童向けラジオ放送」(『人文学報』<首都大>五一二−一二)
      • 児童向けラジオによる満洲イメージの考察
    • 花井みわ「満洲間東地域における日本の教育事業と地域文化変容」(松原孝俊監修、Andrew Hall・金珽実編『満州及び朝鮮教育史』花書院)
      • 日本が設立した初等・中等学校の朝鮮族の教育について考察する。
    • 阪本秀昭「満洲ロマノフカ村近辺における朝鮮人入植者と村民の土地係争」(『セーヴェル』三二)
      • ロシア人村民と同村近郊の朝鮮人との間の係争事件について分析する。
    • ハリン・イヤン「満洲における正教徒のアイデンティティ」(『セーヴェル』三二)

2015年の歴史学界(『史学雑誌』第125編第5号)

日本(近現代) 一六 植民地・移民(塩出浩之)(pp.189-193)
  • 植民地
    • 植木哲也『植民学の記憶』(緑風出版)
      • 戦前の北大植民学には民族問題を封印・忘却したという自覚があったが、戦中から戦後には民族問題を封印・忘却した開拓史観が確立したと論じた。
  • 政治・軍事
    • 坂本悠一編『帝国支配の最前線 植民地』(<地域の軍隊7>)
    • 飯倉江里衣「朝鮮人満洲国軍・中央陸軍訓練処への入校」(『日本植民地研究』二七)
      • 朝鮮人にとって満洲国軍は社会上昇の経路だったが、行政上は「日本人」にもかかわらず、「満系」とともに例外的に募集対象とされたことを明らかにした。
    • 楊海英『日本陸軍とモンゴル』
      • モンゴル人が満洲国興安軍に加わったのは中国に抗する民族自決のために利用価値を認めたため。
  • 植民地の社会・文化
    • 白戸健一郎「満洲国のラジオ観」(『メディア史研究』三八)
      • 満洲国のラジオ放送の課題はソ連や中国の放送から漢民族の聴取者を引き離すことだったとする。
    • 生田美智子編『女たちの満洲』(阪大出版会)
      • 満洲国における日本人・ロシア人・漢人朝鮮人少数民族の女性の生活経験を、口述史やメディア史料を通じて描いた。
  • 移民
    • 塩出浩之『越境者の政治史』(名大出版会)
      • 近代にアジア太平洋地域を移動した日本人の政治行動について、北海道・ハワイ・南樺太満洲国を中心に包括的に分析し、政治主体としての「民族」を析出したものであり、「移民」と「植民」は共通の枠組みで分析すべきだという問題提起でもある。
  • 満洲国をめぐるヒトの移動について
    • 小林信介『人々はなぜ満洲へ渡ったのか』(世界思想社)
      • 長野県を事例として、実態としての経済的窮乏よりも、経済更生運動を担った「中堅人物」の指導が重要だったと指摘した。
    • 朴敬玉『近代中国東北地域の朝鮮人移民と農業』(御茶の水書房)
      • 韓国合併後に本格化した朝鮮人満洲移民の水田耕作が、満洲国建国後に急増し、日本側の支援・統制の下で地域に定着した経緯を明らかにした。
    • 王紅艶『「満洲国」労工の史的研究』(日本経済評論社)
      • 華北からの出稼ぎ労働者を当初制限した関東軍満洲国政府が、日中開戦後に募集へ、さらに捕虜・一般人の連行へと転換した過程を明らかにした。
  • 敗戦後の日本人の引揚げ=送還について。
    • 佐藤量「満洲経験の記憶と変遷」(『歴史学研究』九三七)
      • 日本統治下の関東州で日本人学校に通った日本人と中国人が戦後に同窓会で交流し、共通かつ相異なる重層的な記憶を育んだとする。
  • 植民地・外国から日本(本国)への移民について
    • 浜口裕子『満洲国留日学生の日中関係史』(勁草書房)
      • 満洲国の人材育成を利用して日本に留学し、戦後に中国共産党員や在日華僑として中国の対日民間外交に組み込まれた人々の伝記的研究である。
    • 田中剛「「蒙疆政権」留学生の戦後」(大里浩秋・孫安石編著『近現代中国人日本留学生の諸相』御茶の水書房)
      • 戦時期に内モンゴル占領地から日本に留学し、戦後は在日華僑社会で生きた人物の歩みを追っている。
東アジア(中国−現代) 満洲国 (関智英)(pp.245-246)
  • 近年の動向を象徴するもの
    • 松重充浩編『挑戦する満洲研究』(国際善隣協会、発売:東方書店)
      • 満洲の記憶研究会」の活動は、同書所収の菅野智弘「満洲研究の視座」が詳しく紹介している。
      • 松重「「世界史」から満洲史を考える」は、多様な関係性の総体として満洲が存在していたことを踏まえ、その歴史の復元に、外国史の視点を提唱する。
      • 加藤「歴史としての満洲体験」は、満洲体験者の歴史観と時代的背景の理解が、残された記録に向き合う上で重要な意味を持つとする。
  • これまでの満洲研究の系譜を継ぐもの
    • 王紅艶『「満洲国」労工の史的研究』(日本経済評論社)
      • 労務政策の立案・実施過程、労工の実態を総合的・実証的に分析した。
  • 農業関係
    • 李海訓『中国東北における稲作農業の展開過程』(御茶の水書房)
      • 一九三〇年代から人民共和国に至る稲作農業の展開を跡付けた。
    • 湯川真樹江「二〇世紀前半の満洲における水稲作試験と品種の普及について」(『挑戦する満洲研究』)
      • 韓日鮮民族が相互に影響しあって水稲栽培の技術を発展させていった。
    • 菅野智博「近代満洲における農業労働力雇用」(『史学雑誌』一二四−一〇)
    • 曹建平「近代満洲における葉煙草栽培地域とその農業経営」(『北大史学』五五)
      • 満洲の葉煙草農家の経営を山東のそれと比較。
    • 曹建平「終戦直前の満洲における家計支出構造と煙草消費」(『北海道民族学』一一)
      • 日満鮮露それぞれの家計調査を分析した。
  • 教育
    • 譚娟「「満洲国」成立前後の中国人女子教育」(『中国研究月報』六九-八)
      • 省ごとに異なっていた女子教育が統一される過程等を奉天省の事例から解明した。
  • 宗教
    • 田中隆一「「満洲国」の宗教政策と朝鮮キリスト教運動」(『研究紀要』<世界人権問題研究センター>二〇)
      • 抗日運動側から侵略の走狗とされた朝鮮キリスト教会の動向を追った。
    • 高媛「観光・民俗・権力」(『旅の文化研究所研究報告』二五)
      • 近代満洲における「娘々祭」の変容を分析
  • メディア
    • 白戸健一郎「満州電信電話株式会社とは何だったのか」(『挑戦する満洲研究』)
    • 同「満洲国のラジオ館」(『メディア史研究』三八)
      • 満洲電信電話株式会社の実態を明らかにした。
    • 劉潤「旧満洲国のラジオ放送から見た流行歌の普及状況」(『音楽研究』二七)
      • ラジオ放送の放送内容、聴取者の拡大に着目して分析
    • 西周日中戦争期の満洲における文化工作および音楽ジャンル観に関する考察」(『多角的視点から見た日中戦争』)
      • 満洲の音楽界の状況を検討
    • 晏妮「満洲における日本映画の変容」(岩本憲児編『日本映画の海外進出』森話社)
      • 日本映画が満洲では比較的自由に上映されていた点、日系映画館と満系映画館との齟齬が最後まで残ったことを明らかにした
    • 遠藤正敬「満洲国の「国民」とは誰だったのか」(『挑戦する満洲研究』)
      • 満洲国には法的な「国民」は最後まで存在せず、民籍が唯一の「満洲国人民」の公式な証明であったとした。
  • モンゴル人居住地興安省
    • 海阿虎「一九三〇年代の「満洲国」非開放蒙地におけるモンゴル人農民社会」(『史学研究』二九〇)
      • 非開放農地の歴史的特徴を浮き彫りにした
    • 鈴木仁麗「日本人が出会った内モンゴル」(『挑戦する満洲研究』)
      • 満洲国では制度としての「公式の」自治はほとんど機能していなかった
    • 楊海英『日本陸軍とモンゴル』(<中公新書>)
      • 興安軍官学校の様態を明らかにした
    • 鉄鋼「満洲国期・興安地域における医療衛生事業の展開」(『OUFCブックレット』七)
    • 青木雅浩「外モンゴルからみた満洲」(『挑戦する満洲研究』)
    • 伊賀上菜穂「満洲と上海のコサック団体」及び鈴木健夫「満洲の異文化社会に生きたヴォルガ・ドイツ人難民」(共に『Север』三一)
    • 野村真理「満洲−ロシア人・ユダヤ人・日本人の交錯」(『ユダヤイスラエル研究』二九)
      • 民族の交錯について検討を加える。
  • 満洲国の留学生
    • 羽田朝子「満洲国留学生の日本見学旅行記」(濱田麻矢, 薛化元, 梅家玲, 唐邕芸編『漂泊の叙事』勉誠出版)
      • 日中満三国の間に揺れる留学生の意識を明らかにした。
    • 浜口裕子『満洲国留日学生の日中関係史』(勁草書房)
      • 戦時中は、満洲国の、戦後は中国の対日政策で役割を果たすことを期待された留学生の実態から日中関係を再考した。
  • 満洲国のその後
    • 堀井弘一郎『「満州」から集団連行された鉄道技術者たち』(創土社)
      • 元満鉄技術者達の戦後の活動を追う
    • 大澤武司「新中国から祖国へ」(『挑戦する満洲研究』)
      • 留用者・戦犯の日本帰還を民間経由の事実上の戦後処理の一つであったとした
    • 佐藤量「日中関係史のなかの大連」(同)
      • 戦前由来の人的繋がり戦後の経済活動に継承されたとし「重層的」な歴史のありようを描いた。

2014年の歴史学界(『史学雑誌』第124編第5号)

日本(近現代) 一二 社会・文化 (平山昇)(p.179-180)
  • 戦間期に活性化するツーリズムについて様々な視点からの論考が出た。
  • 富山近代史研究会編『歴史と観光』(山川出版社)
    • 電源開発や日本の大陸進出とともに「電気王国」「帝国の表玄関」として富山の観光がPRされる過程を論じる。
  • 呉米淑「日本統治期台湾における日本人の観光・視察団について」(『愛知学院大学大学院文学研究科文研会紀要』)は戦間期の日台間のツーリズムについて「娯楽」と「視察」の両面から検討。
  • 関連資料集として、荒山正彦監修・解説<シリーズ明治・大正の旅行 第?期旅行案内集成>(ゆまに書房)が刊行中。
  • 『コレクション・モダン都市文化』全100巻が完結。
日本(近現代) 一三 教育・移民・植民地)(大浜郁子)(p.184)
  • 植民地文化研究会編『近代日本と「満洲国」』(不二出版)
    • 『近代日本と「偽満洲国」』(1997)を17年後に再編した日中共同研究の成果。戦後50年の時点で、日中の歴史、文学研究を架橋しようとしたこの共同研究が示している「満洲」を総体的にとらえようとする視点は、戦後70年の現在にも継承されるべき。
  • 寺林伸明・劉含発・白木沢旭児編『日中両国から見た「満洲開拓」』(御茶の水書房)
    • 「「開拓」の名の元に、中国東北地方では何が起きていたのか?」との問いに答えたもので、日中の研究者の協議による「満洲開拓」を体験した現地住民と引揚者双方への聞き取り調査によって得られた証言群に基づく実証研究であり、「満洲開拓」の再考を促す力作。
  • 塚瀬進『マンチュリア史研究』(吉川弘文館)
    • この地域を、600年におよぶ歴史を有する「マンチュリア」として俯瞰し直す。その結果、日本人の「満洲」イメージがもっぱら「満洲国」の創設と消滅の間の約50年の歴史に依拠して形成されていることが浮かび上がってくる。
  • ディビッド・ウルフ(半谷史郎訳)『ハルビン駅へ』(講談社)
    • 副題に「日露中・交錯するロシア満洲の近代史」とある様に、東清鉄道関係の新史料等を駆使してハルビンを舞台に「鉄道帝国主義」を明快に描写している。
  • 麻田雅文『満蒙』(講談社)
    • 「満蒙問題」に影響を与えたロシア人と、日本人や中国人との人物関係史。
  • 高光佳絵「国際主義知識人のトランス・ナショナル・ネットワークと満州問題」(『史学雑誌』一二三-一一)
    • 太平洋問題調査会(IPR)が「満洲」問題に関して行った国際協調模索の試みやアジア情勢に関心を持つ諸国の非公式ルートを通じての対米交渉チャンネルを明らかにした。
  • 及川琢英「満洲国軍と国兵法」(『歴史学研究』九二一)
    • 国兵法の運用実態を明らかにし、日本植民地兵制中国近代兵制との比較を行っている。
東アジア(中国−現代)(吉見崇)(p.243)
  • 塚瀬進『マンチュリア史研究』
    • 「マンチュリア」の社会変容を、14世紀の明代から人民共和国成立までの約600年間という長期的視点でとらえ、満洲国期の工業化政策と統制経済の浸透、そして国共内戦期の共産党による土地改革、商工業者の財産没収がもたらした激変を指摘。
  • 小野博司「満洲国の行政救済法制の性格に関する一試論」(『神戸法学雑誌』六四-一)
    • 一九三七年の訴願手続き法を中華民国法制との関係性も視野に入れて考察している。
  • 及川琢英「満洲国軍と国兵法」(『歴史学研究』九二一)
    • 一九四〇年公布の国兵法施行過程の分析から、満洲国軍の性格が対外作戦補助部隊へ転換したことを指摘するとともに、国兵法を中国近代兵制との関わりでも位置付ける。
  • 柴田善男「満蒙毛織株式会社の一九二〇年代の不振と「満洲国」期の再起」(『大東文化大学紀要』社会科学五二)
    • 企業参入・退出アプローチで同社の通史的検討を行う。
  • 田中隆一「「満洲国」下柞蚕工業政策と合作社」(『アジア太平洋討究』二二)
    • 奉天・安東を中心とした南満地域の柞蚕工業について検討した。
  • 平田康治「満洲国の政治と経済」(『近代中国をめぐる国際政治』)
    • 満洲国の経済建設を総合的に論じながら、満洲国を「戦時開発国家」と定義した。
  • 大出尚子『「満洲国」博物館事業の研究』(汲古書院)
    • 満洲国で展開された博物館事業に見られる政治性を探究した。

2013年の歴史学界(『史学雑誌』第123編第5号)

日本(近現代) 六 戦時期 「日本帝国圏」「日本帝国勢力圏」(pp.167-168)(山本ちひろ)
  • 地域の個別具体的な状況を解明するととともに、それを「日本帝国圏」「日本帝国勢力圏」という広域の枠組みのもと共時的な比較を行う試み
    • 野田公夫編『日本帝国圏の農林資源開発』(京大学術出版会)
      • 樺太南洋群島・「満洲国」・華北占領地を対象に、総力戦下の農林資源開発の観点から帝国圏内の有機的連関とそれゆえの「矛盾」に焦点を当てる。
    • 大瀧真俊「日満間における馬資源移動」(上記所収)
      • 馬資源の持つ二面性(軍馬/役馬)ゆえに、満洲農業移民に供給される馬が帝国内の政策的優先順位に左右されて軍馬と役馬とを変転する様を描く。
    • 柳沢遊・木村健二・浅田進史編著『日本帝国勢力圏の東アジア経済圏』(慶大出版会)
      • 朝鮮半島・関東州租借地・「満洲国」・華北占領地域の都市経済について、日本帝国主義下における「変容」「再編」を論じる。都市の歴史を焦点化することで、在来の経済勢力を含めた内部構造が明らかにされるとともに、「日本帝国」の側の経済政策が逆照射されている。
    • 張暁紅「「満洲国」期における奉天の工業化と中国資本」(上記所収)
      • 奉天の中国系企業の生産活動に焦点をあて、一九四〇年代に日系企業が原料や燃料の入手難から生産を停滞させてゆくのに対し、彼らは闇ルートにより原料の調達が可能であったとして、絶対的な供給不足を利用して発展の契機を探る「したたか」な中国系企業の存在を鮮やかに浮かび上がらせた。
  • 都市の歴史を焦点化することで日本人以外の動向も視野に収める
    • 田中隆一「日中戦争期、満洲都市の住宅問題と保健・衛生行政」(『地域社会から見る帝国日本と植民地』)
  • 満洲国」について
    • 遠藤正敬「満洲国統治における保甲制度の理念と実態」(『アジア太平洋討究』二〇)
      • 「民族協和」と法治国家という国是を保甲制度の適用実態から再検討している。
  • 対日留学について
    • 浜口裕子「「満洲国」の対日留学制度」(『政治・経済・法律研究』一五-二)
東アジア(近現代) 現代 満洲日中戦争 (松村史穂)(pp.240-242)
  • 政治
    • 樋口秀実「満洲国「帝位継承法」の研究」(『東洋学報』九五-一)
      • 満洲国の帝位継承資格者の範囲をめぐる、同国内の日中両国官吏間の対立を描き出す。
    • 娜荷芽「満洲国における対モンゴル人初等教育政策の成立と展開」(『中国研究日報』六七-一一)
  • 経済
    • 柴田善雅『中国における日系煙草産業』(水曜社)
      • 初期投資が少なく原料さえ確保できれば参入が容易な中国煙草市場に、東亜煙草などの日系資本がいかに進出したかを分析する。
    • 同「「満洲国」における日系証券会社の現地化」(『東洋研究』一八九)
      • 同様の問題意識で日系証券業者を考察する。
    • 林采成「満鉄における鉄道業の展開」(『歴史と経済』二二〇)
      • 計量分析を通じて、満洲事変以後の満鉄の効率性と収益性が低下を余儀なくされた事実を明らかにする。
  • 都市化
    • 山本裕「長春から新京へ」(柳沢遊・木村健二・浅田進史編著『日本帝国勢力圏の東アジア都市経済』慶大出版会)
      • 大連・奉天と異なる都市化を遂げた満洲国「国都」新京を取り上げ、その都市形成と工業化の実態を論ずる。
    • 遠藤正敬「満洲国統治における保甲制度の理念と実態」(『アジア太平洋討究』二〇)
      • 満洲国で実施された保甲制度が「民族協和」や法治国家の樹立といった建国理念と相矛盾した点を指摘する。