雑録

【メモ】関誠『日清開戦前夜における日本のインテリジェンス』(ミネルヴァ書房、2016)より「第3章 天津条約後の情報と政策」(pp.145-271)

1880年代後半の情報活動と政策に関する検討。
陸軍・海軍で情報の分析が進み、政策に活用されていくのに対して、外務省が情報成果を活かせていないことを指摘。

概要

  • 要旨:1880年代後半の日本の情報活動と1890年の対外政策論
    • 陸軍
      • 清国からロシアに焦点が移る ←【原因】対清情報成果の充実と英露対立の東アジア普及により対外情報体制が再編されたため
      • 対清情報活動→予算削減も重なり規模縮小。新たな活動(商業活動の利用、北京周辺地図の詳細化、局課長の現地視察、情報成果の印刷配布・共有、民間人清国通の大量養成)が行われる。情報の収集や分析の段階から対清戦争を想定した情報の配布や活用の段階が中心となる。
      • 対露情報活動→福島安正による情報収集(インド、ドイツなどのロシア周辺地域)。ロシア東漸の可能性の検討。
      • ☆情報活動に裏付けられた清国衰退論に基づく対清強硬論が、参謀本部の局長級にまで共有され主張されるようになる。
    • 海軍
      • 黒岡帯刀の軍拡案(シベリア鉄道完成前の朝鮮問題解決を目指す)→基礎となる情報が未熟なため不完全。1888年に政府に軍備案が出されるも全く採用されず。
      • 対清情報活動の方針を再検討し、活発に情報活動を継続 → 1890年頃までには清国の海軍関連情報が多数の資料に印刷されるまでになる。
      • 1890年、清国海軍の軍拡情報など詳細な情報成果を活用した軍備計画が樺山海相から山縣内閣に提出される。
    • 外務省
      • 1888頃、井上外相末期〜大隈外相期の機密費 → 日欧米の条約改正関係の情報収集や宣伝活動に使われる。
      • 1880年代後半、在清公館数が倍増強化したが・・・ → 芝罘領事館以外は軍事情報を収集せず。
      • 外務省の対清情報機関関係者から包括的な対清情勢分析や政策論は報告されず。
      • 井上馨が論じた清国強勢論を裏付けるような本格的情報分析は外務省では見当たらない。
      • 漢口領事町田の通商情報分析 → 現状では対清輸出振興は見込めず。商況調査と人材養成機関の設立を提言 → 政府の賛同を得られず、日清協調による貿易の利益の見通しも立たず。
    • 1890年の山縣内閣
      • 首相山縣の「軍事意見書」「外交政略論」→清国強勢論を前提。なんとスイスのように朝鮮を中立化する政策を閣僚に提示。※陸軍の情報成果は参照せず。
      • 青木外相の「亜細亜列国之権衡」→日清提携によるロシア駆逐。朝鮮政策論は事実上の対清強硬論。
      • 大山陸相 → 陸海軍軍拡案を求める意見書を提出
      • 樺山海相 → 清国軍拡計画等の情報成果を活用した海軍軍拡案を提出
      • 閣議決定 → 閣議は樺山案をほぼ容認。しかし首相山縣の財政重視の意向があり、議会提出の建艦案は僅かな規模に抑制される。

議論点

  • 海軍は情報を収集し、その分析の結果、対清強硬派となったのか。それとも対清強硬派があくまでも自己の正当化のために情報を活用しているのか。
  • 外務省はなぜ町田実一らの商況調査と人材養成機関の設立の要望に応えなかったのか。
  • 外務省が情報成果を活かせていないことが指摘されまくっているが、この当時外務省は条約交渉に力を注いでおり、それが失敗してしまったため、結果論的に活かせていないと見えるだけではないか。(条約改正に成功していたら、情報成果を活かせていたとされるかと思われる)
  • そもそも外務省は軍事的な情報を集めることが念頭に置かれているのか。

目次

第3章

  • はじめに:対立する協調論と強硬論はいかなる情報を得たのか
  • 第1節 陸軍:清国からロシアへの情報体制シフト
    • (1)第2局長小川又次の情報体制再編構想 1886年:対露シフトの開始
    • (2)対清情報体制の縮小と活動の質的変化 1885-90年:荒尾精の漢口楽善堂
    • (3)対露情報体制の再構築 1886-90年 1886-90年:駐独館附福島安正の欧州・ロシア分析
    • (4)小川・福島・荒尾の対外認識 1887-89年:清国衰退・強硬論の定着
    • 第1節小括
  • 第2節 海軍:組織的情報活動の発展と諸成果の蓄積
    • (1)曽根俊虎の陸海外務の統合情報体制論
    • (2)町田実一の商業ネットワーク利用論
    • (3)東次郎の清国革命派利用論
    • 第2節小括
  • 第3節 政府・外務省:日清強調の経済的利益の可能性
    • (1)海軍:曽根の清国強勢・協調論と黒岡の対清強硬論の混在
    • (2)外務省:駐清公使榎本武揚・天津領事原敬の清国認識
    • (3)陸軍:福島安正の清国衰退・強硬論「清国ハ共二為スベキノ国二アラザル
    • 第3節小括
  • 第4節 1890年山縣内閣の軍拡論争と情報:情報から乖離した協調論
    • (1)1890年頃までの政策過程と対外認識:盛り返す強硬論
    • (2)閣僚の対外認識と政策論 1890年3-9月:山縣首相の協調論の孤立
    • (3)海相樺山資紀の軍拡案と内閣の対応 1890年9月:情報重視の海相案と財政重視の内閣案
  • おわりに:情報の裏付けを見出せない日清協調論と情報活用を進める強硬論