長田信織『数字で救う!弱小国家2』(KADOKAWA、2018)の雑感

図書館で借りた。良くある異世界転生モノの一つ。能力がありながらも不遇な境遇にある主人公くんが環境を変えたら大活躍。
異世界転生パターンは同じでも、扱っている題材が数学・数字であり、その点で他の作品と差別化できている。
「専門知識を噛み砕いて分かりやすく説明し現実において社会に役立てる」ことに成功しており読んでいて楽しい。
専門知識を大衆娯楽に繋げる系の作品は結構あるけど、それを今流行の異世界転生モノに上手く加工している。

雑感

  • 大衆社会に馴染めない知識階級の悲哀
    • のっけからガウス関数でおっぱいを表現しようとする数学者たちの熱いやり取りから始まるのですが、真面目に高度専門職の人々が大衆と共に生きていくことの難しさが説かれているので必見です。劣等感に苛まれながらも、それでも自分の好きなことをやめなくていいと唱えてくれる主人公の祖父は説教がグッときますね。

「「私は昔、よく怒られた。『どうしてこんな簡単なことがわからいないの?』とね。〔……〕あるとき『紐を奇麗に結んでおいて』と言われたんだ。だから私は、結び目が奇麗に左右対称になるまで、何十分も結び直した。そうしたら、頭をぱしんと叩かれたよ。『てきとうでいいのに!』とね。〔……〕そのときの正解は言われたこととまるでちがったんだ。だが、私以外のみんなはそれができていた。言われなくても正解が分かる。"みんな"が、魔法使いにみえたもんさ〔……〕どうしようもなかったよ。ゆっくり、少しずつ覚えていったが……なかなか、この齢になってもできないことだらけだ〔……〕これから先にもわからないものはもちろんあるだろう。わからない人もたくさんいるだろう。どうやったって、世の中に完璧な人はいない。どんなに特別な才能や力がある人でも、まるで……世界に、見放されたみたいに感じるときがある〔……〕おじいちゃんには世界がわからない。幸せになれたと思ったら、すぐにひどい仕打ちが待っていたり、大きな不安の中にたとえようもない喜びが隠されていたり。私と世界は、お互いに相手のことがなにもわかっていないのかもしれない〔……〕だがね、ようやくわかってきたこともある。〔……〕自分は周りとちがうと感じるとき、だれかや何かをみて自分が小さく見えたとき、思い出すといい〔……〕たとえお互いにわかり合えないとしても−−好きでいることだけは、やめなくていいんだ」〔…〕"世界"はわからないことだらけだ。ただ−好きなものへ近づこうと、あるいは近づけようとすることは、人の本能なのかもしれない。などと。」(pp.18-20)

  • 概要
    • 絶対主義・主権国家形期のはなし
      • この作品の主役は二人で、ぼっち気質だけれども数学的な思考操作を得意とする王女(メインヒロイン)と、異世界転生した数学オタク(主人公くん)が数学を武器に弱小国家を富国強兵します。舞台は絶対主義・主権国家形成期のヨーロッパ的な世界。封建諸侯が残存しつつもブルジョワが伸長し、火器の使用が開始されるという中世末期から近世初期のような感じです。そのため国王が権力を集中して常備軍と官僚制を構築し、国内の貴族や外国の君主に対抗しなければなりません。2巻は兵力の再配置のため、侵略国と停戦した後に、別の地域へ傭兵を移動させるところからスタートします。
    • 一般的な価値観を専門知識で凌駕するところがみどころ
      • ここで王女と主人公くんの前に立ち塞がるのは、親戚の皇族。彼はもともと王家大好きであり、王女に家臣として使役されたがっていたのです。しかし王女の用いる数学を理解できず、自分のやり方を押し付けるばかりでした。そのため物語の終盤までは、主人公くんの邪魔ばかりしてくるのですね。そんな親戚を主人公くんが次々と数学で論破していくところが一種のカタルシスを生んでいます。論破された親戚はムキになって自分のやり方の方が王女を幸せにできるんだ!と言わんばかりに、皇帝権の名乗りを上げて征服地域を勢力圏に置こうとします。しかし皇帝権の発動は各国王権の上位概念として存在となることを宣言することであるため、他国に宣戦するようなものだったのです。最初は苦手意識のあった親戚に唯々諾々と従っていた王女でしたが、ついにブチ切れて啖呵を切り、主人公&2巻からの新ヒロインとやけ酒を煽った後、親戚の戦略では共和国を撃破できないことを数学で証明したのでした。このマスケット銃と騎兵の戦争シミュレーションによる論証が結構楽しいです。
    • 結末
      • で、結局のところ、王女が皇帝権を拒否した結果、征服占領地域でクーデタが起こってしまいます。万事休す。この中で王女は国際関係を利用し、帝国に対し国民皆兵の徴兵制運用システムをリークさせて強国化させることで、共和国と戦争を長期化させることを狙います。占領地域のクーデタ軍は共和国の増援を見込んでクーデタを起こしたわけですが、帝国との攻防が激しくなれば増援は派兵できなくなります。こうすれば籠城しても仕方がないということで、主人公くんは蜂起した占領地域を無血で回収したのでした。そして占領地域を帝国に返却することで停戦と沿岸部貿易地域の割譲に成功します。共和国と帝国で潰し合う戦争を誘発させ、その隙に王女の国を富国化するという体制が形成されたのでした。最後は和解エンドとなり、親戚も王女を理解するために数学を理解しようと頑張っていたことが判明します。つまりは、世間一般の価値判断を専門知識で薙ぎ払うため孤立化していたが、実は対立者も専門知識を学びたがっていたでござるの巻きということでオチがついたのです。