世界史教科書『詳説世界史』(山川出版社)の変遷 及び 高校世界史の誕生

山川出版社の『詳説世界史』はどのようにして生まれたのか。その系譜は東京大学文学部内史学会編の『世界史概観』(山川出版社、1949(昭和24)年)に求めることができる。また、『詳説世界史』の変遷を追ううちに、そもそも科目としての「世界史」や世界史の教科書はどのようにして生まれたのかが問題意識として浮かびあがった。ここでは科目としての社会科世界史の誕生、学習指導要領における世界史の誕生、そして教科書検定基準の発生と『詳説世界史』の変遷をまとめた。


(2018年度世界史B教科書採択数・占有率 『内外教育』2018年01月26日 第6640号より)

はじめに

  • 山川出版社の『詳説世界史』とは?
    • 2018年度、世界史B教科書のシェア率トップは、占有率51.3%の『詳説世界史』である(『内外教育』2018年01月26日 第6640号)。「大学受験で使う世界史Bの教科書は?」と聞かれれば、多くの人々が『詳説世界史』(山川出版社)を挙げるだろう。次いで、社会経済史に強い東京書籍とグルーバルヒストリーに力を入れる阪大史学の帝国書院が追う。そのため東大・一橋を受ける受験生は、山川の『詳説世界史』以外にも東書と帝国を読んでいる。
    • (笑い話として、山川出版社は『詳説世界史』以外にも多数の世界史の教科書をだしているため、買うのを間違えちゃった〜とかいう受験生の話がある)。
  • 【概要】『詳説世界史』の変遷
    • さて、そんな『詳説世界史』であるが、どのような変遷を辿って来たのだろうか?ここでは『詳説世界史』を通して、科目「世界史」の誕生や著作者の変化を見ていくこととする。
    • 『詳説世界史』は1958(昭和33)年4月30日文部省検定済教科書高等学校社会科用として登場した。著者は村川堅太郎, 江上波夫, 林健太郎である。この3人を基軸とする叙述体制は、『詳説世界史』誕生以前、戦後まもなくから始まる。そして、2002年の文部科学省検定済教科書『詳説世界史』で新体制になるまで、実に半世紀近く続いたのであった。 

世界史の誕生

  • 社会科世界史科目の誕生 1948(昭和23)年10月11日公布 1949(昭和24)年4月実施
    • 第二次世界大戦後、国史は廃止され、世界史という科目は存在せず、東洋史西洋史に分れていた。そのような状況のなか、1948(昭和23)年10月11日、「新制高等学校教科課程の改正について」(発学第448号)が出され、翌1949(昭和24)年4月から東洋史西洋史が消滅し、国史が復活して新たに世界史が誕生することとなった。しかし、教科書はこの動きに対応することができず、東洋史西洋史のままであった(文部省告示第12号 1949年2月9日)。
  • 世界史教科書の検定基準の最終的な決定 1951年9月20日
    • 世界史教科書の検定基準には紆余曲折・複雑な変遷があり、最終的に決定したのが『昭和二十六年教科用図書検定基準』(文部省、1951年9月20日)においてであった。そのため世界史の正式な検定済教科書の使用は1952年4月から始まった(5種のみ、1953年度用は7種、1954年度用は10種)。正式な検定済教科書ができるまでは、「世界史」授業用に作成された図書が数多く発行され、準教科書という扱いであった。
  • 学習指導要領上での「世界史」の誕生 1952(昭和27)年3月20日
    • 1947(昭和22)年版の学習指導要領を改訂する作業が48(昭和23)年に着手され、49(昭和24)年に本格的に開始した。1950(昭和25)年9月22日には中間発表として「高等学校社会科世界史の学習について」が出され、1952(昭和27)年3月にようやく1951(昭和26)年度学習指導要領が出された。学習指導要領で世界史が誕生したのが、『中学校高等学校 学習指導要領社会科編?(a)日本史(b)世界史〔試案〕―昭和26年〔1951〕改訂版』(1952年3月20日)である。
    • つまりは、学習指導要領で世界史が誕生する前の1949(昭和24)年4月から世界史は実施されており、教科書も出ているのである(検定基準については上述)。だが、学習指導要領をもってして世界史が誕生したと見なす研究者は、世界史の誕生を1951(昭和26)年とする(1952年3月に出されたので1951年度扱いとして認識しているようだ)。

『詳説世界史』の誕生と変遷

1949〜2001史学会の系譜(村川・江上・山本・林)/2002〜木村・岸本体制


『詳説世界史』以前
  • 東京大学文学部内史学会編(村川堅太郎, 山本達郎, 林健太郎 著)『世界史概観』山川出版社、1949(昭和24)年
    • 『詳説世界史』の叙述を長きに渡って担当することになる著者、村川堅太郎, 山本達郎, 林健太郎らによって記された概説書である。そもそもこの概説書はなぜ作られたのか。序言(1949年2月)に企画の経緯が述べられているのだが、その理由として挙げられているのが「今般高等学校の社会科教授要目に「世界史」が加えられたこと」(※引用者註-適宜旧字は新字に改めた)である。つまり、この概説書は、科目として「世界史」が誕生したので、そのために作られたのである。まだ検定教科書ができていない当時にあって、その先駆け的存在となった。
  • 東京大学文学部内史学会編(村川堅太郎, 江上波夫, 林健太郎 著)『世界史』山川出版社 
    • 改訂版の見本、1953(昭和28)年の三訂版の見本、1954(昭和29)年の四訂版の見本を確認できている。村川堅太郎, 江上波夫, 林健太郎が執筆しており、この3人は以後『詳説世界史』の執筆を担うこととなる。位置づけ的には、上述の『世界史概観』の後進、かつ『詳説世界史』の前身的な存在である。つまり史学会編の系譜としては『世界史概説』→『世界史』→『詳説世界史』となる。1952(昭和27)年4月「再訂のことば」において、「この教科書が一昨年公にされてから」とあるので、1950(昭和25)年に原本ができていたと思われる。
『詳説世界史』の誕生・変遷
  • 『詳説世界史』の誕生と村川堅太郎, 江上波夫, 林健太郎の三体制
    • 1958(昭和33)年4月30日文部省検定済高等学校社会科用
      • 『詳説世界史』の誕生
    • 1963(昭和38)年4月20日文部省検定済高等学校社会科用 
      • 村川・江上・林の三体制が続く。序文はほぼ1958(昭和33)年検定済教科書と同じだが、詳述されていることが付言されている。「なお、この教科書は高等学校学習指導要領「世界史B」にもとづいて編集したものであるが、歴史上の重要な問題とおもわれるものについてはその理解を深める配慮がなされているとともに、増加単位をとる場合を考慮して多少詳しく記述してあることを付言する」(「序」より)
  • 『詳説世界史』が四体制となる 村川堅太郎, 江上波夫,山本達郎,林健太郎
    • 1972(昭和47)年4月10日文部省検定済高等学校社会科用
      • 村川・江上・林の3人に加えて、山本達郎が加わる。この山本達郎は1949年の『世界史概観』の著者の一人である。林健太郎東京大学長に、他3氏は東京大学名誉教授となっている。
    • 1982(昭和57)年3月31日 文部省検定済教科書 高等学校社会科用
    • 1987(昭和62)年3月31日 文部省検定済教科書 高等学校社会科用
  • 『詳説世界史』を牽引してきた村川が死去。江上波夫,山本達郎,林健太郎の三人に成瀬治が加わり新四体制となる。
    • 1993(平成5)年2月28日 文部省検定済教科書 高等学校地理歴史科用
      • デザイン変更。緑がかったブルーの斜線となる。
    • 1997(平成9)年3月31日 文部省検定済教科書 高等学校地理歴史科用
木村・岸本体制
  • 『詳説世界史』の筆頭著者が一変する。佐藤次高,木村靖二,岸本美緒の三体制 
    • 2002(平成14)年4月4日 文部科学省検定済教科書 高等学校地理歴史科用
      • 狭義のゆとり。デザイン変更。太い青と細い白の横縞。右向き三角形の中に「詳説世界史」と記される。
    • 2006(平成18)年3月20日 文部科学省検定済教科書 高等学校地理歴史科用
      • 2002年と同デザイン。
    • 2012(平成24)年 文部科学省検定済教科書 高等学校地理歴史科用
      • 狭義のゆとりから脱却。デザイン変更。現行のものと同じ。太い青と細い白の縦縞となる。四角形と楕円を組み合わせた図形の中に「詳説世界史」と記される。
  • 『詳説世界史 改訂版』筆頭著者から佐藤次高が消え、木村靖二,岸本美緒,小松久男の三体制となる。
    • 2017(平成29)年 文部科学省検定済教科書 高等学校地理歴史科用
      • デザインは2012年検定済教科書と同様。

【木村・岸本体制】

(出典:https://www.yamakawa.co.jp/statics/textbook_files/text_sample/seb310.pdf)