雑録

アニメによる町興し・地域振興の実践事例「間野山研究学会」に参加するので『サクラクエスト』(全25話)を視聴した。

コンテンツツーリズム論演習を履修した際、初回の授業で「間野山研究学会」のチラシが配布されました。(→【詳細】間野山研究学会からのお知らせ - manoyama ページ!)。アニメによる町興し・地域振興の実践事例であり、非学会員も参加可能ということで、申し込みを行い、受理して頂けました。しかしながら、私は肝心の題材である『サクラクエスト』を履修していなかったのです(ピーエーワークスのアニメは『true tears』だけ履修済)。そのため「原作に敬意を払わずして、地域振興は成功せず」というテーゼを踏まえ『サクラクエスト』を視聴致しました。ここでは『サクラクエスト』の各話についてメモしていきます。


第1話「魔の山へ」【プロローグ】(独自性を示して他者と差異化することについて)


  • 選民思想を抱いたヒロインは就活で落ちまくり自己の存在価値に悩んだ結果、承認欲求を求めて他者受容願望を満たす。
    • 主人公は就職を控えたピンク髪の女子大生、小春由乃です。幼少期にアミューズメントパークで「国王」の体験をしたことで、「普通ではない特別な自分」という選民思想を植え付けられてしまいました。それゆえ地元に埋没することを嫌って東京の短大へと飛び出したのですが、結果として就職することあたわず。仕送りを断ち切られ生活に困窮する中で縋ったのは、地域振興の単発バイト。しかしホスト側が求めていたのは、ピンク髪ちゃんではなく既に死去した往年のベテラン女優であり名前がよく似た人違いだったのです。就職に落ちまくり、誰からも必要とされていないという自己否定感に苛まれた由乃は、承認欲求を満たすために、安易に仕事を引き受けてしまいます。1日の仕事を終え、義務は果たしたと満足する由乃でしたが、契約書をきちんと読んでおらず、契約期間は1年だったのです。これに気づいて東京に逃げ帰ろうとするも時すでに遅し。終電を逃して、アミューズメント施設で一晩を過ごすことに。そこで見たものは、10万人達成記念の写真であり、そこに写っていたのは自分だったのです。自己の人格形成の重要な役割を果たした全能感の経験はここでしたものであったことが判明します。これにより由乃は地域振興に心が傾くという流れになっています。
    • 個人的に重要だと思った部分は、観光協会で働く若い女性職員の四ノ宮しおりさんに対して、由乃が田舎に対する不満を述べるシーン。よくある若者が述べるテンプレの田舎批判なのですが、しおりさんは地元が好きで町興しを頑張ろうとしているサイドなので、とても痛々しくなってしまう描写です。それでも温和なしおりさんは、感情を害することなく、地元愛を語るので、険悪な雰囲気にはならないのですが、田舎を嫌う若者と地元を愛する若者の対比が如実に表れている場面だと思いました。

第2話「集いし五人の勇者たち」【仲間集め編・上】(生きていく上での社会と個人の関わり方)


  • 自分の居場所を求めて足掻く若者たちは、何者かになりたいと苦悩し煩悶する。
    • メインヒロインたち終結。彼女らは境遇は違えども、それぞれ共通点を持っています。それは「自分の居場所」を求めて足掻いているということ。(1)他の田舎出身で東京での就活に失敗し富山に流れてきた由乃、(2)地元を愛し郷土の活性化のために奮闘するしおり、(3)東京に疲れてIターンで富山に来たが馴染めずにいる早苗、(4)東京に出たが夢破れて富山に戻って来た出戻りの真希、(5)強権的な祖母に抑圧され封建的束縛を受ける凛々子。自分の居場所というのは、自分の存在が承認されるという意味です。彼女ら5人は、自分を認めて貰えず、行き詰っているのです(※しおりの場合は郷土愛をアイデンティティにしているため、地元が衰退することは自己の存在の否定につながる)。そんな境遇に甘んじていたヒロインたちですが、「地域振興」を旗印に現状を打破しようと動いていきます。それにしても田舎・地元・故郷・自分の居場所・就職というのは凄まじい破壊力を持ったKey wordです。自分と比定して考えてしまい煩悶せずにはいられない。
    • 今回の課題は1週間以内に10個入りの饅頭1000箱を売るというもの。当初は、地域の店への委託販売やネット通販を考えるのですが、「1週間」という期限により断念。結局、「地元に来なければ買えない」というレアリティに賭けることになり、webサイトを作るのですが、効果はいま一つ。誤発注しました助けてください作戦とかも展開しますが、身内が3箱買ってくれただけでした。由乃が曖昧で抽象的なイメージしか出さないのに、それを汲み取ってwebデザインする早苗スゲーなとも思うし、その一方でなんでツイスタグラムブックチューブを使わないんだ?とも思ってしまいます。最終的に宣伝には動画が良いということになり、5人で饅頭のCMを作ることに。勢いで猛進して動画を作成・UPするも結局は1箱しか売れずに、賞味期限切れ。失敗したけれども「楽しかった」という思いを抱くヒロインたち。オイオイ、1000箱中4箱しか売れないって大赤字じゃねーかとは誰も突っ込まない。余った饅頭を処分するために、食べるヒロインたちは、饅頭の味の良さをここで初めて知るのです。売り方ばかりに囚われていて、「地元の特産品の素材を活かした美味しいお饅頭」であることを全く行かせていかなかったことに気づき、反省事項となったのでした。

第3話「マンドレイクの叫び」【仲間集め編・下】(社会変革には大衆を動かす社会集団のエートスが必要)


  • 一部の人間だけが地域振興を目指してもダメで、地元の人々の意識に沿ったものでなければ独りよがりの押し付けにしかすぎない。
    • 就職に失敗したことに加え経済的困窮もあり、地域振興の仕事を1年間引き受ける決心をした主人公の由乃。早速、広報活動をするも失敗に次ぐ失敗という結果になります。これは精神的にきますわぁ・・・。地域振興のリーダーとしての「国王」として周知を図るためにオープンカーを転がしても、住民はほとんどおらず、いても白い目を向けられます。地元テレビ局の取材においては、意地悪な台本の無い質問に答えられずしどろもどろ。地元の事を知ろうとと聞き込みを行うも、「ヨソモノ」扱いされて警察に通報される始末。さらに衝撃的な事実として、地域振興を目指しているのは観光協会だけ、しかもそれに熱心なのは会長だけであることが判明。地域住民は、変わりたい、地域活性化したいとなど微塵も思っておらず、このままでいい、現状維持でいい、緩やかに衰退していけばいい、緩慢な死を迎えればいいと、冷めきった諦念にかられていたのです。村の現状を知った由乃は絶望してしまいます。これは・・・由乃でなくとも死にたくなりますね。しかし、ここで挫けてしまわないのが「ヨソモノ・ワカモノ・バカモノ」の三拍子揃った素質のエネルギー!!ヤケクソとなった由乃は覚醒し、ゆるキャラコンテストで一発演説をぶつのでした。その大意は以下の通り(意訳)「地域住民に地域活性化の意識がない以上、何をやっても一緒だ。地元に根差した活性化を行わねばならん。しかし未だ私はその観光資源を知らない。けど1年間かけて観光資源を創出するんだ!!」と意気込みを唱えます。この演説は拙いものであり、ゆるキャラコンテストにはふさわしくなかったかもしれませんでしたが、ヒロインたちの心を打ち、5人で協力して観光政策に取り組むことになったのでした。

第4話「孤高のアルケミスト」【早苗回・問題提起編】(仕事による自己の存在証明とその失敗)


  • 世俗の仕事に勤勉に打ち込み能力を示すことで自己の存在証明の手段としていたが、結局は代替可能な産業プロレタリアートであることに気づき精神崩壊する話
    • 個別具体的な事例を通して一般普遍的を描く感がモロにでていた話。木彫り職人の伝統工芸を町興しに利用しようとしたらプロの職人がブチ切れ。その職人は伝統工芸を学ぶためにわざわざ他県から富山へとやってきたのです。そんな真剣な想いを持つ職人さんにとって、基本的な知識もなくただ観光資源に利用するだけの題材となることは、耐えられなかったのです。早苗さんは「お前は東京から富山に逃げて来たのであり、別に富山じゃなくとも田舎ならどこでもよく、そこでなければならないという地域的特性はないのだろう!」と説教を受けます。死にたくなりますね。
    • ここで早苗さんは代替可能な産業プロレタリアの労働疎外に思い悩むのです。かつて早苗さんは東京で社畜だった頃、労働力搾取を受けていました。しかしそれでも何とか頑張れたのは、仕事へのプライド。残酷で惨めな生活を支えていたのは、仕事による自己の存在証明だけだったのです。しかしある時気づきます。過労死寸前になった際、責任感を頼りに根性で出社するも、別の人が自分の仕事をやっているだけだったのです。そうなんです!別にその労働を担うのは、同じ技術や能力を持っていれば誰でも良く、自分でなくとも誰でも良いのだと・・・世界はお前を必要としていない!!!!世俗の仕事に打ち込むことで能力を示すことを生きる理由としてきた早苗さんはついに心が折れ精神崩壊!おめおめと東京から富山の田舎へと遁世したのでした。しかしその田舎でも結局は馴染むことができず、宙ぶらりんのまま諾々と生きていたのです。このような状態の早苗さんは、工芸職人から説教を食らったことで、敢然に自己解体に迫られ、伝統工芸を利用した町興しから手を引こうとしてしまうのでした。主人公よ!どうする!?といったところで今回はお開き。

第5話「ユグドラシルの芽生え」【早苗回・解決編】(代替可能な産業プロレタリアが示す個性)


  • 伝統工芸品は、実用的な「商品」として生き延びて来たからこそ、「伝統」になったのじゃ。
    • 前回、原作に敬意を払わず安易に観光資源として商業的利用に走ったためしっぺ返しを食らった由乃。今回はきちんと伝統工芸品の木彫り細工の勉強をしてからリベンジします。各家を回って欄間を見て回り、伝統技術に直に触れ、木材工場なども視察します。各自で地元の伝統工芸に真摯に取り組み、その知恵を持ち合わせた結果、伝統工芸の木彫り細工といえども永遠不変ではなく、仏像→看板→欄間と時代に即応してニーズを発掘し生き延びて来たからこそ伝統になったのだということが判明します。こうして由乃たちは、次なる需要を創出するために、奮闘することとなったのです。
    • その一方で、前回代替可能な産業プロレタリアートの労働疎外により精神崩壊した早苗さんが、徐々に復活していきます。インフラ整備としての駅と鉄道、新たな木彫り細工である木靴のサンダルなどに触れ生きる気力を取り戻すのです。さらに由乃から「単なる産業プロレタリアであり誰がやっても同じ仕事だったとしても、結果にはほんの些細なことでも個人差がでるものである」(大意)との励ましを受けます。自分は自分なりの存在証明を。と、いうわけで早苗さんは、クラウドファンディングと駅に欄間を飾ることを提案。人々の移動の中心となる駅に欄間が飾られたことで、伝統工芸の新しい形の一つが提示されたのです。こうして早苗さんは早苗さんなりに、「労働による自己証明に失敗し東京からIターンで逃げて来たものの田舎でも何もなしえなかった曖昧な自分」と向き合うことができたのでした。

第6話「田園のマスカレード」【真希回・問題提起編】(労働力搾取と職業倫理)


  • 夢を叶えるため、成功するため、生活のため、家族のためと云っても、どこまで人間性を捨てて資本主義に隷属できるかという問題
    • 真希は役者に憧れ劇団に入ったけれども成功せず富山に出戻ってきました。20代の時間を無駄にしたと嘆きつつも、これから自分のやりたいことを見つけるんだ!と述べています。それはそれでいいのですが、作品内ではその態度が問題視され、「かつて自分がいた職種をけちょんけちょんにこき下ろす」ことに対する議論となります。「「自分の好きなこと」の「やりがい」の為なら「辛くても頑張れる」なんて云うことは、労働力搾取である」と自己を正当化したことを、早苗から批判されるのでした。
    • 真希は、女優業が好きだからと役者の道を選び、色々と努力をしたけれども、「蝉を食べろ」との深夜のゲテモノ企画で、自己を捨てられなかったと陳述します。役者として成功したいとはいえ、そこまで人間を捨てることなどできないと躊躇した結果、真希はブレイクを逃すことになります。後輩は笑顔で演技の幅を広げるためにといって蝉を食べ、それを契機として話題が集まり、役者として成功したのだと語ります。
    • これって、作品中では「蝉を食べる」ってことになってますけど、どうみても「枕営業」の暗喩です。夢を叶えるため、チャンスを掴むため、どこまで人間を捨て去り隷属できるかという問題は、たとえ枕営業でなくても、多かれ少なかれ仕事をしていると直面する問題です。そこで、「どこまで倫理観を維持できるか」ということが、問われるのでしょう。家族の為、生活の為に汚職や内部腐敗を受け容れられるかという問題は結構あります。まぁ、行きつくところまで行くと結局は自浄作用がなくなり国家や企業そのものが潰れることになりますが。
    • あんまりにも自己の尊厳にこだわるのもプライドが高くて扱いにくいと仕事を貰えなくなってしまいますが、だからといって、社畜として自発的盲従を強いられても諾々と隷属するというのも人間の在り方としてどうなのだろうと考えさせられる話でした。主題としては、自分が成功しなかったからといって、その職種全体を非難するのは、すっぱい葡萄の原理だよというお話なのでしょうが。

第7話「煉獄の館」【真希回・解決編】(故郷が持つアジール空間としての機能)


  • 地元やふるさとや故郷や実家というものは一種のアジール(聖域)であり、それを守る人と出て行って戻ってきた人が交錯する場でもある。
    • 夢を追うことに疲れ目的を喪失した時には原点回帰しなさいというお話。役者の夢に破れて劇団を止めて故郷に戻って来た真希さん。父親と向き合うことなく逃げ回り続ける毎日。そんな真希さんは地元を散策し、過去の自分を想起することで、演劇を志した始原的はじまりに回帰していきます。どうして自分が演劇を好きになったのかを思い出していくシーンは泣けてきてしまいますね。そして迷える真希さんに父親から映像媒体が届けられます。それは幼少期に「木の役」を演じた自分の姿が収められた動画でした。これを見た真希さんは、父親が自分のことを理解してくれていたのだと悟るのです。こうして熱意を取り戻した真希さんは危険なシーンのスタントマンを務め、見事成功させるのです。
    • この真希さんが原始的回帰をする役割装置としての機能を果たしたのが、「故郷」という聖域です。しかし、この「故郷」には夢を抱いて出ていった人たちがいる一方で、そこに残り、守っている人々もいるのです。それが、本作では四ノ宮しおりさんであり、溢れる地元愛で聖域を維持しているのです。そんなしおりさんだからこそ、自分の思い入れのある家が焼き討ちされると知ると戸惑いを隠せません。幼少期、自分に良くしてくれた今は亡き老婆を思い出してしまい、家の現在の持主と連絡がつかないとウソをついてしまうのです。しかしそんなウソはすぐにばれ、由乃に糾弾されることになります。自己の想い出を語るしおりに、由乃は冷酷な現実を突きつけてしまいます。「他の空き家が焼き討ちされるのは黙って見ていた癖に自分と関係あるものだけ守ろうとすんのかよ」(大意)という言葉にいたたまれなくなってしまいます。そして最終的に焼き討ちされる家。崩れ落ちた廃墟を見て感傷を抱くしおりに、スタッフから由乃の本意が告げられます。焼かれた家の所有者をエンドロールのクレジットに入れて欲しいと。しおりの想い出は映画の中に残ったのでした・・・余談ですが、それを知ったしおりが打ち上げの飲み会でテンションマックスになっているのが最高に可愛いですね。

第8話 妖精のレシピ【しおり回・問題提起編】(主体的意志の発露と責任を負う覚悟)


  • 裏方仕事に専念し縁の下の力持ちとしてサポートします!というのは聞こえがいいが、それはただ単に表に出て責任を取るのが嫌だというワガママなのではないかね?
    • 観光資源開発としてご当地グルメを開発することになった観光協会の人々。ヒロインたちのなかでは一番料理スキルの高いしおりに期待が集まるのですが、しおりは自分はリーダーの器ではないと固辞するばかりでした。しかし、ここで姉が実家を出ることになり、これを契機に将来の見通しについて父親から話をされます。この話を聞いたしおりは、いつまでも責任逃れの子どもではいられないと感じるのでした。
    • そのような中で、観光協会と地元商店街でまたもや軋轢が発生します。例年の納涼祭とご当地グルメ発表会が被ってしまったのです。えー、これって納涼祭のイベントでグルメ発表会ヤリャーイインジャネーノ?と視聴者は誰しも思ったことでしょう。しかしながら、田舎では「ダンドリズム」が重要であり、もしも「オウカガイ」をしないと、メンツが潰されたと思い込む封建的ジジババが発狂してしまうのです。こうして観光協会ヒロインズは地域の寄り合いで謝罪会見を行い責任を取れと断罪されるのです。
    • この時に由乃ご当地グルメ発表会のイベントを取りやめようとするのですが、前述の父親の話で覚醒したしおりが立ち上がります。観光協会も地元商店街も八方円満になれるように努力する、自分が取り仕切ると宣言します。これまで地元を活性化させたいと願いながらも、主体的に何もしてこなかった少女がついに奮起することになったのです!!

第9話「淑女の天秤」【しおり回・解決篇】(既存の社会集団への敬意と配慮)


  • ご当地グルメは地元の特産品を活かしつつ郷土に根付いた製品開発が必要
    • 商店組合をないがしろにしたこで地元有力者から反発を食らった観光協会。この危機を救うべく立ち上がったのがしおりであり、ご当地グルメの製品開発と納涼祭の企画に獅子奮迅の活躍を見せます。しおりは地元の小麦を活かしたグルメであり、納涼会にもあう夏の食べ物として「そうめん」をウリにしようとします。そして新商品開発を地元民にも協力して貰おうと企て、納涼祭とグルメグランプリを掛け合わせるのです。それぞれが試食品を出し、たくさん投票を稼いだところが優勝。そのメニューは市役所に導入され、イチオシ商品として宣伝されるのです。この企画は商店会にも利益があるので納得いくものとなりました。各団体にも参加を促し、バトルスタンバイです。
    • 続いてしおりが取り組むべき問題は、観光協会の独自そうめんメニューを開発すること。従来観光協会地産地消に拘り地元の農産物を使用することに囚われていましたが、富山県民はコンブが大好物説を唱えます。富山湾で昆布とらないのにどうしてこんなに昆布が好きなの?という疑問が湧きます。郷土を知るには歴史から!と、いうことで蝦夷地との貿易が背景にあり、北海道でとれた昆布が富山湾に停泊する船から大量にもたらされたとのこと。これを活かして、昆布&ソーメン、即ち「よろこぶそうめん」を開発します。投票の結果はそうめん春巻きでしたが、このよろこぶそうめんは好評であり、各飲食店で供されるようになったのでした。以上により、今まで責任を取りたくないためにリーダーシップを発揮することを忌避していた少女が、大きく成長したのでした。

第10話「ドラゴンの逆鱗」【凛々子回・問題提起編】(独自の価値観と集団からの排除)


  • ぼっち少女は周囲に馴染めず孤立しただけで本当は人との交わりを求めていたのではないか?という話。
    • 今回のお話はお見合いパーティー。青年会独身部が企画したものの、女性に受ける内容にできず観光協会に泣きついてきました。訪れる女性はたった3人。しかし、だからこそ、フラグを構築するためのステキイベントを企画立案しなければなりません。ウェルカムランチや日本酒の試飲、バーベキューに伝統芸能などの案を出していきますが、この伝統芸能の踊りが問題点に。この踊りは地元住民の少女の必履修科目であるそうなのですが、凛々子は笑顔を作ったり集団行動をすることができず、一人隅の方で膝を抱えるだけで、スルーしてしまったのです。履修はしたけれども習得はできなかったってやつですね。そんな黒歴史が掘り起こされている真っ最中に、由乃は楽しそうに踊りの習得に前向きな姿勢を示すのです。嗚呼、この対比。自分が挫折した問題に、いともたやすく向かっていくその姿。きっと、ここで観光協会のみんなが、何をやるにしても遅いということはないさ。この機会に一緒に踊れるようになろうよ!と声をかけてあげればよかったのかもしれません。ですが、凛々子に対しては踊りたくないなら無理に踊らなくてよいよと気を使った風なことを装った排斥だったのです。凛々子はコミュ障であった過去の自分を想起し、なおかつ無職である現実に直面して鬱屈してしまうのでした。そしてお見合いパーティー当日。夕食のバーベキュー時に観光協会ヒロインズが伝統芸能の出し物を始めると、凛々子はいたたまれなくなって逃げだしてしまいます。雨が降る中での帰り道、凛々子は惨めさでいっぱいになってしまうのでした。

第11話「忘却のレクイエム」【凛々子回・解決編】(他者から理解されたいと切実な願望と自己肯定感の低さ)


  • 周囲からの決めつけが、その子の将来性を奪っている可能性を考慮に入れたことはあるかい?
    • 凛々子の家庭環境はなかなかに複雑。他所から嫁いだ母は伝統的な和菓子屋に入ることを拒んだため、父は家を継がずに実家を捨てて会社員になりました。しかし結局離婚することになった挙句、父は単身赴任となり、凛々子は独りで祖母の家に預けられたのです。そのため祖母はヨソモノをたいそう憎むことになり、凛々子に対しても甘やかしまくるようになったのでした。凛々子のコミュ障が促進されたのも、このことが影響しており、祖母による「孫は周囲と馴染めないから仕方がない」というレッテル張りが凛々子を束縛することになっていったのです。そんな凛々子を解放する役割を果たすのが、我らが由乃由乃は自身を妬む凛々子に対して、熱い抱擁で受け入れてあげるのでした。そして凛々子が発掘した史料により断絶してしまった伝承が掘り起こされたのです。それは、地元がヨソモノを受け容れる習慣を持つ地域だったという伝承歌でした。凛々子はこの古き歌を堂々と歌い上げるのです。これを見た祖母は自己の考えを改め、凛々子に対するレッテル張りに気が付くことになります。こうしてヨソモノを排除するという凛々子の祖母の固定観念を和らげることに成功したのでした。

第12話「夜明けのギルド」【町興しの失敗事例・上】(地元に還元されないライブイベント)


  • 地元の町興しだからといって、地元と全く関係のないライブイベントをぶつけても地元には何も還元されないという失敗事例。それを考えると2018年9月の前橋市の事例はすごかったんだなぁと思う。
    • 観光協会ヒロインズの問題解決がなされ、いよいよ町興しの集大成である20周年イベントへ。このイベントは、地元出身者が所属する地方テレビ局に着目されてドキュメンタリー番組が作られることに。しかし、このマスゴミ担当者。地元の停滞を歯がゆく思うだけで熱意の一方的な押し付けを行ったため、何だか怪しい雰囲気になっていきます。地元住民を無視したライブイベントを開催して、客寄せの目玉とすることを唱えるのですが、交渉は観光協会を通さず地方テレビ局が全てやることに。嗚呼、これ敗因が見えきっていて、お腹が痛くなっちゃうパターンだわ。ただライブイベントを開くだけでは、アーティストたちのファンはアーティスト目当てでやってきてイベントが終わればさっさと帰ってしまうパターンですね。地元を無視したライブイベントは失敗するのです。「直接アーティストの事務所と折衝を行わず、ライブイベントと地元の祭りを絡めることができなかったと」いう典型的な失敗事例を提示してくださっている脚本です。
    • そう考えると、2018年9月に前橋市で実施されたライブイベントはこの失敗事例をきちんと生かしていることが伺われます。(1)ライブイベントの会場をただ貸すだけの箱ものイベントと堕すことを防ぐために担当者と綿密な打ち合わせを行っていること。(2)ライブイベントと地元の特産品や観光を絡み合わせることができていること。(3)ライブイベントそのもののゲストに地元のゆるキャラを登場させていること。(4)アーティストたちにゆるキャラや市町村に対する思いを抱かせ感想を述べてもらうことでそのファンへ影響を与えていること。(5)一発で終わるのではなくライブ参加者との間にアーティストとは関係のない地元との繋がりを作れたこと。などなどサクラクエストを通して見ることで、町興しに重要なことが浮彫となってきます。

第13話「マリオネットの饗宴」【町興しの失敗事例・下】(原作をリスペクトせず地域住民を無視した地域振興は失敗する)


  • 一過性の大イベントを開いたところで継続的な発展には繋がらず、マスコミの偏向報道により寧ろイメージダウン
    • ライブイベントのお客さんがたくさん来てくれてウハウハ!ライブが始まる前の時間潰しの為に出店にも人が訪れて経済効果も出たぞ〜!やったね☆と喜びも束の間、このイベントはただの一過性のものに過ぎなかったことが提示されます。あくまでも観光客の目当てはライブイベントであり、観光地に対して何の思い入れもないのです。
    • このことは、観光協会も考慮に入れており、だからこそ地元を知ってもらうためにクイズイベントを開き、再訪客を狙ってクーポン券を配布することにしていたのです。しかし、クイズイベントとライブ開催がバッティングし、クイズ大会には地元住民しか参加しないことに・・・さらにクーポン券は見向きもされず、捨てられて、再訪客など見込めなかったのです。
    • そして観光協会が一縷の望みをかけたドキュメンタリー放送も偏向報道。地元の魅力は一切報道されず、門前町として栄えたけれども現在はその成れの果てであることが強調されます。そこへ「町興しガールズ」がアーティストを呼んで成功を収めたという美談になっており、地域住民や地元商店街の努力は一切無視されていたのです。
    • こう書くとマスコミだけに問題があるように感じられますが、ホスト側の問題点も指摘されています。それが、自分たちとライブイベントは別物であると認識していたことです。アニメツーリズムで一番の失敗点となってしまうところですね。「地域住民が、原作に対して、カネを稼ぐための手段としかみなさず、敬意を払っていない」ことが浮き彫りにされています。その証拠として挙げられるのが、「アーティストの名称をきちんと覚えていない」ことから現れています。これにより、アーティストと地域住民に何も関係性が生まれなかったのです。ホスト側における原作に対する啓発問題が提示されています。以上により、ライブイベントは一過性の一発屋で終わってしまい、地元経済そのものにはフィードバックされず、寧ろマスゴミ偏向報道でイメージダウンする結果になってしまったのでした。

第14話「国王の断罪」【人口増加政策と定住化】(定住人口を増やすには産業基盤の整備による生活の安定が必要)


  • 今までは観光による地域経済の促進の話だったが、今回は定住政策による人口増加の話
    • ライブ誘致による観光政策は一過性のものに終わり、継続的な観光客の獲得に失敗した由乃。遅めの夏休みを貰って故郷へと逃げ帰ります。自分の無力さを噛みしめ惨めな思いをする由乃ですが、ここで7話と同様に故郷のアジール機能が発動し、家族や友人や地元の景観に癒されていきます。今回題材として挙げられるのが、定住人口の増加です。由乃は故郷を捨て東京へと出ていきましたが、どうやら地元は活性化している様子。由乃は役所の移住促進課に就職した友達から色々と話を聞き、Iターン、Uターン、Vターンなどによるヒトの移動について思いを馳せていきます。
    • 定住人口を増やすには何が必要か。全面に押し出されていたのが、しっかりした産業基盤と町の住みやすさ。前者については、港町・漁業・食品加工業(カマボコ)が上手く連動して地域経済を活性化させている様子が描かれていきます。カマボコ工場になら就職を斡旋してもらえるという描写が何回も出てきます。産業基盤がしっかりしていて、働き口があってこそ、安定した生活が成り立つ。観光業は人の移動に左右され、イベントや行事、季節や連休、気候や季節、自然災害などに大きく左右される不安定な業種。そう考えると家族全員が同じ職種についているのは極めて危険なのだなぁとか感じるのでした。観光資源の創出と地元産業の振興、しかもそれが一過性のものでなく、継続的なものでなければならないとする問題。由乃が帰っている隙に、空き家の民泊利用及び外国人移住問題の伏線が張られていきます。どうなる第15話!?

第15話「国王の帰還」【ジジイ回・問題提起編】(インバウンド・外国人観光客の誘致・民泊・空き家対策)


  • 日本が衰退しているというのなら外国人観光客を誘致して外貨獲得を狙えばいい。
    • 観光資源は創出するものです。二ッチなものでもターゲットを絞って宣伝することでマーケットを開拓することができます。今回はUMAによる観光資源の創出ということで、チュパカブラ目当てに外国人観光客が発生します。これを取りこぼしてなるものかと、観光協会はインバウンド問題に取り組むことになります。言語の違いによるコミュニケーションの問題、生活や風習の違いによる現地住民との不和、価値観の違う他者に対する偏見などの課題がクローズアップされていきます。幸い、今回の団体は紳士的な振る舞いをしマナーを守り地域住民に対する配慮を心がけていたので、そんなに摩擦は起こりません。
    • その一方でもう一つの課題となるのが宿泊施設の問題。泊まる所が少ないが、民泊の許可を得るのもなかなか難しい。しかし空き家はいっぱいあり、何とかして活用をしたい。物語の中では、カネを取るのが不味いのなら、無料で泊めればよいという結論に達し、空き家利用を成功させることで民泊にも申請しようという方針に落ち着きます。こうしてUMAを観察する外国人愛好家たちが結集し、にわかに活気づいたのでした。彼らは桜ヶ池の水抜きまで滞在するとのこと。今回は観光協会が主導したものではなく、自然発生的にUMA愛好家が寄って来たわけですが、対象を絞ることの重要性と、その専門性を持つ人材がいた(UMAに対して知悉していた凛々子)というのも大きな要素でしたね。

第16話「湖上のアルルカン」【ジジイ回・解決編】(地元に残って戦うこと・地域住民の啓発)


  • 田舎を飛び出て東京に出るのではなく、郷土を変革するため地元に残って戦うんだ!!と空回りし続け50年経過し町は衰退した。
    • 1964年、オリンピックの年のはなし。高度経済成長期、田舎で燻ぶっていた若き頃のジジイ。ロックなバンドを結成してライブを行うも、誰も俺達の歌なんかを聞いちゃくれねぇと懊火抱えて日々を過ごしていました。そんな時、バンド仲間の凛々子祖母から故郷を捨てて東京に行こうと誘われます。しかし、ジジイは自分の田舎を捨てられなかったのです。先祖伝来の田畑、農業にかける父親、地元の特産品であるカブ・・・。東京に行く約束をすっぽかしたジジイは、逃げるのではなく田舎を変革するのだと若きパトスを滾らせ、古臭い封建的な祭りに突撃します。水上神輿の上でギターをかき鳴らすも、神輿と丸ごと池に沈没!これを契機に祭りは途切れてしまい、黒歴史になったのでした。ジジイは凛々子祖母を裏切る形になりバンドも解散。以来二人は犬猿の仲になり敵対視し続けることになります。このジジイの悲哀さは、50年もの間、地域振興に取り組みながら、全く成果を上げられなかったということでしょう。そんなジジイの想いを汲んだ由乃は、ジジイが潰してしまったお祭りの復活を目指すことになったのでした。地元の発展は、地域住民がのぞんだものでなければならない。で、あるならば地元の祭りの再興を!!シナリオの幕を閉じるためのイベントに向けて走り出したのでした。

17話「スフィンクスの戯れ」【伝統祭祀再興編(1)鉾回収a.早苗編・上】(限界集落のインフラ破壊とネット整備)


  • タブレット端末は限界集落を救うカギとなるか
    • 地域に根差した観光資源開発を行うため由乃たちは伝統祭祀を復興することに。祭祀を行うために三種の祭具が必要とのことで、RPGで言う所のお使いクエストタイム。限界集落に住みついた文化人類学が専門の偏屈な教授先生が、祭具のことを知るとの情報を得て、一行は山の奥へ。祭具そのものは教授先生が持っているのですが、その所持は隠蔽され、様々な条件を出してくるのです。市役所から配られたタブレット端末の使用方法を年寄に普及啓発させ、そこから祭具の情報を引き出せと焚きつけてきます。さらに路線バスの廃止についてもAIによる自動運転やネット通販が模索されていきます。ツイスタグラムブックチューブメルゾンを使いこなす老人たちをお楽しみください。
    • そんな中、由乃が成長を見せるのが、伝統的祭祀の復興に意味があるのかを問われるシーン。祭りが行われないということは、その必要性がないからであり、それを復活させることに意味はないのではないかね?と糾弾された際、由乃は臆することなく、人々が帰って来られる拠り所、アジール空間機能を唱えるのです。成長した由乃の姿をご覧ください。そして物語は、左派運動へと動いていきます。そういえば60年安保や70年安保を経験している世代なんですよねー。路線バス廃止に対してデモ活動が発生!由乃は人質に取られるのでした。

第18話「ミネルヴァの杯」【伝統祭祀再興編(2)鉾回収b.早苗編・下】(デジタルアーカイブデマンドバス)


  • 喪失される限界集落の習俗をインターネットアーカイブとして保全せよ
    • 左派運動に巻き込まれた由乃は路線バス廃止の要求を通すため、ネット動画を通して活動を続けます。教授の狙いは、老人にネット技能を啓発普及することで自ずからインターネット上に記録を残させることでした。一歩間違えればデジタルタトゥーになりそうですし、サービスが終了すると情報が散逸してしまう問題も抱えていますが、どうなんでしょうね・・・?一方でIT大臣であり東京からIターンしてきた早苗は教授から、なぜこの地域を選んだのかと問われることになります。そして教授自身も縁もゆかりもなかったが、地域に根を下ろしたのだということを語られます。限界集落は消滅するけれども、そこで形成された文化を残したい。消え失せてしまうとしても、自分の思い入れのある場所で死にたい。これに奮起した早苗は、インターネットの予約システムでデマンドバスのシステムを構築。これによりバス路線が廃止されても交通の足は確保されました。教授の作戦は見事嵌り大成功です。そしてこの成功を見届けて教授は死亡。教授の地域に根を下ろすという教えが早苗に刻まれることとなりました。三種の祭具の一つを回収。祭祀復興まで残りの祭具はあと二つ!

第19話「霧のフォークロア」【伝統祭祀再興編(3)太鼓回収a.真希編・上】(廃校の観光資源化)


  • 少子化により廃校となった校舎を観光資源として再利用するために学校給食を食べようパーティーを開催せよ
    • 伝統祭祀の再興には三種の祭具が必要!ということで、二つ目の祭具:釣り太鼓を発見した観光協会のメンバー。しかし、釣り太鼓には穴が開いており修繕するにも費用が掛かってしまいます。その一方で、釣り太鼓が保管されていた廃校の校舎が取り潰されてしまうことを聞き、観光資源として活用できないかを考えていくことになります。そして同時並行的に、真希の話も進んでいきます。真希は親に無断で東京の大学を退学し劇団に入って役者を目指しますが、夢破れて地元に戻って来た、出戻り少女です。しかも父親と和解できずにいました。そんな真希が父親と関係を結ぶ直すのが今回のメインイベント。第7話でもそうでしたが、真希父は娘の活躍を絶えず気にしており、ホンの端役でも逐一チェックをしていたのです。そして役者では食っていけないと述べる真希に対し、食っていけなければならないのか?と投げかけるのです。つまりは、真希は大学勝手に止めたので親に相談できず資金面で行き詰ったのです。すなわち父親は真希が役者を目指すことに反対しておらず、相談してくれれば、いくらでも仕送りしてやるし援助してやると言いたかったのでしょう。真希は真希で意地を張っており、父は父で意地を張っていたという寸法さ。ここで真希の弟が奮起し、観光協会メンバーズに相談。発破をかけられ真希は電車に飛び乗り東京に向かったのでした。

第20話「聖夜のフェニックス」【伝統祭祀再興編(4)太鼓回収b.真希編・下】(地域住民による文化創造)


  • オーディションに即行で落ちた真希は、閉校式での演劇イベントを通して、地元で劇団を作ることを決意する。
    • 役者の夢に再起をかけて真希は再び上京するも冒頭で即行でオーディション漏れ。スゴスゴとまたもや地元に戻ってきます。そんな真希を見た由乃は、閉校式のイベントに演劇を盛り込むことを突如決めます。由乃は真希を元気づけたかったのです。当初は渋々していた真希ですが、やるからにはきちんとしたものをやりたいと、演劇部のコネやツテを頼ってメンバーを搔き集め、真剣に向き合っていきます。そんな真希は自分が演劇をいかに好きかを思い出していくのでした。ちなみに廃校で給食を食べようイベントは閑古鳥が鳴き、あえなく失敗に終わりました。その一方で閉校式はたくさんの人が集まり大入りとなります。きちんとした閉校式をやっていないから終われない。終われないから校舎を再利用する気になれない。ならば閉校式で文化活動を行えば、校舎を文化の発信地として再利用する気になるであろうという狙いが大当たりすることになります(この終われないから始められないというのは真希の人生のメタファーなのでしょうね。オーディションに堕ちたからこそ、地元で劇団を始められるという)。
    • 物語の最初はたどたどしかった由乃が、地域に根差した地元愛溢れる観光政策を語れるようになったシーンは泣けてきますね。そしてイキイキと演劇する真希の表情が見どころとなっています!真希は東京で役者をするのではなくとも、地元で劇団を作って地域の人々の娯楽を創出しようと決意するのです。真希の演技は観客の心を打ちます。またパパの心も動かしました。祭具の釣り太鼓の修理費用が問題となっていましたが、これはきっと真希パパが負担したのであろうことを推測されるシーンでエンドとなります。

第21話「氷の町のピクシー」【伝統祭祀再興編(5)龍回収a.しおり編・上】(商店街の役割の終焉)


  • 地元住民は当面の生活に誰も困っておらず変化など求めていないのに、地域振興を行おうとするのは単なるエゴなのではないかね?
    • しおりは郷土愛に溢れ地元を愛しそこで埋没することを良しとする女性です。そのため、地元に対して若者たちがクソ、クソと言って出て行こうとすることに堪えられなかった。そこへ行きつけの喫茶店の娘の中学生が家出をしていたのを保護します。しおりが事情を尋ねても「地元をクソだと思ったこともなく、出ていきたいと願ったことのないお前に、私の気持ちなど分かるものかよ」(大意)と言われてしまうのです。さらにまた商店街からのコメントからもダメージを受けます。由乃が伝統祭祀を復興させるため、商店街を回っていても、商店街の人々は消極的。親しい本屋に事情を聞くと、みんな生活に困っていないので店などやらなくても良いのだよという答えを貰ってしまうのです。商店街などなくてもスーパーがあるし、ネット通販の方が確実。そもそも商店街だって最初からあったのではなく、人々の需要があったからこそ形成されたのであり、需要がなくなれば消滅するのもヒトの営みとして自然であり、それを無理に地域振興しようなどというのは傲慢なのではないかという気分になってしまうのですね。地域住民が望まない町興しなど失敗してしまう。これを今までの経緯で十分に痛感していた由乃は、自分の行為に無意味さを感じてしまうのでした。それを聞いて、由乃より痛恨の一撃を受けるのがしおり。自分の愛する故郷はクソでしかないのか、このまま衰退するに任せるしかないのか、誰も再興を望んでいないのか、緩やかに朽ち果てていいのか、そんな思いが襲い掛かるのでした。

第22話「新月ルミナリエ」【伝統祭祀再興編(6)龍回収b.しおり編・下】(地域住民の当事者意識と奮起)


  • 地域住民自身が変わりたいと思わなければ変わらないのだとしたら、変えたい人はどうすればいいのだろうか?
    • 馬を水辺に連れてくることはできても水を飲ませることはできない。町興しや地域振興をいくら唱えても、地域住民の意識を変えなければ無駄なのです。しかし意識などそんなに簡単に変わるものではありません。地道に長い時間をかけて、粘り強く感化させることしかできないのです。ライブイベントの失敗以来、由乃たちは地域住民の理解と協力を得て、地道な活動を続けてきました。それがようやく青年層の心を打ったのがこの回だったのですね。
    • 前回の話で「商店街がその役割を終えて消滅していくのだ」という意見が紹介されました。しかし、その意見を述べた本屋こそが、家業でもないのに新たに商店街で本屋を開いたのだという過去が発覚するのです。かつて本屋という店は地域住民の知識的バロメーターを図るものだと言われていましたが、ネット通販が普及した昨今、誰も本屋でなんか本買わないっしょ?という問題もあります。そして本屋自身もベストセラーや雑誌などしか売れないと嘆きます。けれども本屋は原始的回帰をし、理念があり思い入れがあって、敢えて地元で本屋を開いたんだ!という気持ちを再び取り戻すのです。
    • そして商店街の活躍はまだまだ続く。商店街だからこそできる繋がりが描かれていきます。前回の家出少女が歯痛になってしまい、大人用の飲み薬は使えない。そんな時に無理に営業時間外に薬局を開けてもらったのでした。また家出少女の弟が姉を探して行方不明になると地域住民は総出で捜索に協力してくれます。商店街のいい所推しタイム。
    • こうして一致団結して危機を乗り越えた時、青年ズの皆さんは、自分たち大人こそが頑張らなければいけないのだと奮起するのでした。本屋は、自分の好きなものにテーマを絞ることで需要創出を狙い、廃校利用の一環としてジャズ喫茶を始めることになりました。こうした商店街のふんばりを見たしおりは、たとえクソと呼ばれようとも朽ち果てる時まで地元に残りたいという思いを確信し、前向きになります。
    • 観光協会の提案で、商店街にはLEDの灯篭が吊るされることになりました。たとえシャッターを下ろしてしまっていても、そこにはまだ人が住んでいるんだよと言う事を示そうというのです。この灯は青年ズにも活力を与えるものになったのです!とハッピーエンド。

第23話「雪解けのクリスタル」【伝統祭祀再興編(7)商店組合覚醒】(町興しは地域住民が望まなければ単なる開発)


  • これまで時代の趨勢に合わせて商売を替えてきたが、商売の仕組み自体に対応できなくなったという話
    • 現物経済の物々交換から始まり、市が立つようになり、貨幣経済が浸透し、店舗を構えるような「店」が登場してから幾星霜。人々が集住する地域には商店街が形成されましたが、スーパーの誕生により個人商店は打撃を受け、さらに大型ショッピングモールにより駆逐されていきました。しかしスーパーやショッピングモールですら、近年はネット通販の影響で撤退し始め、店という概念そのものが消滅し、現実の土地にはペンペン草しか生えないという状況になりつつあります。小売業の形態は根本的に変わってしまったのです。生き残るためには新たな需要を掘り起こしていかねばならないのでしょう。しかし、変化を受け容れるのはとても大変で辛いことなのです。
    • 今回のお話では、地元出身で成功を収めた有名な菓子業者が、故郷の商店街に新店舗を開きたいと申し込んできます。これは商店街を活性化させるいいチャンス!と思われたのですが、空き店舗の居住者たちは誰もこの菓子業者を受け容れようとはしてくれなかったのです。そのため、有力者の凛々子祖母は商店会そのものを解散する潮時だと悟り、総会に持ち掛けます。
    • 総会では侃々諤々、喧々諤々と議論が交わされるのですが、空き店舗を貸そうとしない者を責め立てる形になってしまいます。コメントを求められた由乃はここでも、地域振興を通して身につけたテーゼを唱えます。町興しは地域住民の意思によるものでなければならないと。自分たちで望んでいないのに無理やりやっても破綻するだけであると主張するのです。この由乃演説は心を打ち、空き店舗所有者が経営失敗の過去を語ります。かつて商店街の活性化のためにヨソモノに店を貸したが、善意で保証人となってしまったが故に夜逃げされたのだと。イヤー借金の保証人になっちゃダメダロ。店主もそう思ったせいか、もう二度と店舗を貸したくないという内実を吐露するのです。これを聞いた他店主が名乗りを上げて受け入れ問題は解決するのですが、ここで由乃に対して、どうしてここまで親身になってくれるのかという質問がなされます。これに対して由乃は、「自分というヨソモノを受け容れてくれたから」と返答するのでした。こうして商店会問題は一時的には解決し、観光協会会長と商店会会長も50年の対立を和解することに成功。しかし、最後に合併問題が発生し、自治体そのものが消滅する可能性が提示されてエンドとなります。

第24話「悠久のオベリスク」【伝統祭祀再興編(8) 由乃の成長の証】(選民思想シンデレラコンプレックスからの脱却)


  • 普通ではない特別な何かになりたいと願い東京という都市に依存した少女が、自発的意志と内発的動機付けが重要であるという真理に至る話
    • 東京には刺激がたくさんあり、普通でない仕事も多いが、どんな仕事でもやり続けていれば普通になるものである。環境や他者に依存するのではなく、自ら刺激を起こして動く姿勢が重要なのだ!!(大意)という悟りを開きます。その一例として印象的なのが、テレビ放映に依存するというマスゴミからの脱却。地方テレビ局など一部の地域の人間しか見られないであろう。それにも関わらず、地元の意見など無視して、上から目線で一方的な偏向報道を行う。それに対し、俺達は地元の意思をインターネットの動画共有サイトで放送するのである!!と唱えて実行するシーンは結構胸が熱くなる展開です。観光協会会長がワカモノでもバカモノでもなくなったことに対し、由乃は意気消沈していましたが、マスゴミを追い返して啖呵を切った様子を見て感動し、自分もいつまでもワカモノかつバカモノでいたいと決意するのでした。そして由乃の誕生日にはサプライズパーティーが!!みんなで法被を揃えたいけれども予算的に無理!という話であったのに対し、由乃の働きに胸を打たれた人々が協賛金を捻出して見事なバースデープレゼントとなったのです。
    • 合併問題に対しては、1話から登場していた外国人観光客が実は桜ヶ池の建設工事の外国人技師の子孫であることが判明し、姉妹都市提携へと動き出します。こうすれば合併に際しても有利に働くかもしれないね☆ということで次回感動の最終回です。

第25話「桜の王国」【みずち祭り】(最終回)


  • 現実に打ちのめされ行き詰っていた5人の女性が、それでも何者かになりたいと足掻き続けた結果、観光業を通して成長し、ついでに地域振興も成功させて大団円を迎える。
    • 観光協会のヒロインズは、皆、人生に行き詰っていました。由乃は就活に失敗して就職浪人。しおりは責任を追う覚悟もなく流されるだけの毎日。早苗はIターンと称して東京から逃げ出してくるも田舎にも馴染めない。真希は役者になるという夢に破れて地元に出戻り。凛々子に至ってはヒキヲタニート。そんな、一見すると人生詰んでる女性集団が、観光業を通して自己の問題に直面し、それを解決することで地域振興を前進させていきます。シナリオの構成も巧みで「個別を通して普遍を描く」ことに成功しており、特に1クール目の痛々しい社会的敗残者の状態から立ち上がっていく姿がイチオシとなっています。いやホント1クール目、かなり良かったです。
    • シリーズの中では様々な観光問題が挙げられていますが、全体を通して訴えられているのが、地域振興や町興しは、地域住民の主体的意志がなければどうすることもできないというもの。当事者たちが変わらなければならにと思わなければダメなんだ!!それを考えると、観光協会の会長が50年越しで地域住民を覚醒させたと思うと、涙が止まりません。最終的にみずち祭りは大成功を収めるのですが、深夜テンションであることも影響して、私は半分以上涙と鼻水を流し続けていました。各個人が地域社会へコミットすることの意識の大切さを伝えることが出来た会長が、由乃の退任式に合わせてチュパカブラ王国を解散させたシーンもグッとくる展開です。
    • そしてみずち祭り後は、5人の女性たちはそれぞれ別の道を歩むことになります。早苗は商店街でITを、真希は地元の劇団を、しおりは観光協会を、凛々子は世界旅行を、それぞれ選び取ります。そして由乃は「町興し」を自分の人生に選び取り、別の地域での振興政策に取り組むことになったのでした。