榎森進「これからのアイヌ史研究にむけて」(北海道大学アイヌ・先住民研究センター『アイヌ研究の現在と未来』北海道大学出版会、2010年、20-58頁)

アイヌ史研究に関する問題点のメモ

  • 現在のアイヌ史研究で重要なこと(21頁)
    • 「「アイヌ民族を取り巻く現状を正しく見据えた研究」をしていかなければならないということ」
  • 問題意識の欠如(21頁)
    • 「〔……〕研究者の関心のある問題をアイヌ民族を取り巻く現在の諸問題と関わりなしに、自己が設定した問題のみに特化して、それを丹念に研究しているという性格を有する研究が結構多く見られる。〔……〕その研究を何のために行っているのか、という目で見ると、現在が提起している問題をどれだけ意識して研究しているにか、という点では議論を感じる論文もある〔……〕」

アイヌ研究をする上で知っておかねばならない8つのこと

  • 1 北海道以外にアイヌが拡散して居住(24頁)
    • 「〔……〕アイヌ民族の居住地は、北海道だけに限定されなくなっており、日本全国、とりわけ首都圏に居住しているアイヌ民族が多くなっている〔……〕」
  • 2 根強く残る差別(25頁)
    • 「〔……〕北海道での生活は苦しく、新しい職を探すことと、北海道での「アイヌ差別」を逃れるために東京を中心とする首都圏に転居したものの、まともな就職先がないばかりか、首都圏でも依然として「アイヌ差別」が存在している〔……〕」
  • 3 アイヌ文化振興法はアイヌ新法(仮称)を骨抜きにした(26頁)
    • 「〔……〕1997(平成9)年に制定された「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」(以下「アイヌ文化振興法」と表記)は、アイヌ民族が求めてきた本来の「アイヌ新法(仮称)の重要な部分を骨抜きにした、単に「アイヌ文化」の振興策を謳ったものに過ぎない内容の法律である〔……〕」
  • 4 「アイヌ文化振興法」に関連して実施されている「アイヌの伝統的生活空間(イオル)の再生」事業の問題点(31頁)
    • 「〔……〕その実態は、北海道白老町の「ポロト・コタン」を中核とする幾つかの地域の一定地域に設定される野外を舞台とした「アイヌ民族の文化」を「伝承」するための「地域空間」に過ぎないのであって、当該地域のアイヌ民族の雇用のことは一切考慮されていない。これでは、アイヌ民族の伝統文化を伝承し、「再生」するための単なる「野外博物館」と言っても過言ではないだろう。」
  • 5 「北海道旧土人保護法」に記されていた北海道知事が管理してきた「北海道旧土人共有財産」の処分のあり方に関する問題(35-36頁)
    • 「〔……〕1997(平成9)年9月5日、北海道知事は、同知事が管理しているアイヌ民族の「共有財産」を関係のアイヌ民族に返還することを「官報」で公告したのである。その内容は、「『アイヌ文化振興法』附則第3条第3項の規定に基づく北海道旧土人共有財産返還請求書の請求先及び返還請求書その他添付すべき書類の提出先等を次の通り公告します」というもので、請求先・提出先は、北海道環境生活部総務課アイヌ施策推進室、提出期間は、公告日から1年以内、また同日付の「官報」には、知事管理の「共有財産」18件とその金額129万2957円、同じく知事管理の「指定外財産」8件とその金額17万5224円、合計146万8181円を関係者に返還する旨記されていた。」
    • 「ところが北海道知事が「官報」で「公告」した内容には、次のような大きな問題が存在していた。第一に、これまで北海道知事が管理してきたアイヌ民族の「共有財産」に関する原史料を一切開示することなく、「共有財産」の件数を一方的に18件とし、「北海道旧土人保護法」に基づかない「指定外財産」8件をも一緒に処分しようとするものであったこと」
    • 「第二に、18件の「共有財産」には、アイヌ民族全体の財産である「全道旧土人教育資金」が含まれていたにもかかわらず、これをも、個人対象に返還する旨記していただけでなく、これを含む「共有財産」と「指定外財産」の内容をすべて金額で表示し、その金額の根拠を一切しめしていなかった〔……〕」
  • 6 「先住民族の権利に関する国連宣言」に関する問題(38頁)
    • 「〔……〕2007(平成19)年9月13日(日本時間14日未明)、国連総会が本会議で「先住民族の権利に関する国連宣言」を賛成多数で採択したが、日本政府は採択に際し、「民族自決権は国家からの分離・独立を含まない」・「集団の権利は、一般に認められていない」等の「保留」を付けて賛成したに過ぎなかった。」
  • 7 国会議員の動きと国連勧告(38頁)
    • 「〔……〕2008(平成20)年3月、超党派の北海道関係国会議員による「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」が発足し、以後同会は、アイヌ民族を「先住民族」として認め、権利の確立を求める国会決議を行う方針を打ち出す、という従来全く見られなかった国会議員の新たな動向を見るに至った〔……〕」
    • 「〔……〕2008年5月、国連人権理事会が、日本政府に対し、「先住民族の権利に関する国連宣言」の国内適用に向けてアイヌ民族と対話するように勧告した〔……〕」