雑録

【逐語訳】"Conclusion" Contents tourism in Japan : pilgrimages to "sacred sites" of popular culture,pp.263-268

結論の部分。
コンテンツツーリズム研究の必読の書であるContents tourism in Japan : pilgrimages to "sacred sites" of popular culture.Amherst, N.Y. : Cambria Press,2017を読んでいる。

Conclusion

【1】コンテンツツーリズムの定義・起源

①コンテンツツーリズムとは、完全にもしくは一部でも、以下によって動機づけられた旅行行動である。その動機とは、物語、キャラクター、ロケ地、そしてその他創造的な大衆文化形式の要素である。大衆文化には映画、テレビ、ドラマ、漫画、アニメ、小説、コンピューターゲームなどを含んでいる。

②それは2005年に政府の観光政策の公的な語彙となり、そして2000年代初頭に学術的な言説が登場した。

③これより以前に、ドラマによって誘発された観光はメディアにおいて議論されていた。それは少なくとも1960年代の大河ドラマ観光の議論にまで遡る。

④コンテンツツーリズムとしての行動の遡及的な命名は、8世紀にさえ遡ることができる。だが、そのような遡及的な命名の適切性について学者達の間で総意はない。

⑤しかしながら、日本における観光と巡礼と大衆文化の間の長い歴史的な繋がりについては議論の余地はない。それらはコンテンツツーリズムの現代的な現象に先立つものである。

【2】コンテンツツーリズムは旅行者の動機付けによる

①ほぼすべての場所がコンテンツツーリズムの場所になり得る。

②その場所はもう既にとても有名かもしれないし、もしくは、これといって特徴のなかった場所が、大衆文化の作品に登場したことを通して物語の質を獲得し、ファンにとっての聖地になったのかもしれない。

③その場所への訪問がコンテンツツーリズムかどうかを決定するカギは旅行者の動機付けにある。

東京ディズニーランドでは、殆どの訪問者が事前にコンテンツに興味を持つ目的を持ったコンテンツツーリストであるということは問題なく想定できる。

⑤しかしながら例外がある。事前にディズニーに興味がなく家族の外出時に孫に同行しているにしか過ぎない祖母は、ディズニーランドへの訪問者としてカウントするが、コンテンツツーリストしてはカウントしない。

⑥他の場所では、コンテンツツーリストと他のカテゴリのツーリストでバランスが均等になるかもしれない。

⑦遺産の場所には、歴史に興味のある訪問者(ヘリテージツーリスト)と歴史を描いた大衆文化の作品に興味のある訪問者(コンテンツツーリスト)がいる傾向にある。

⑧平均して、彼等を区別する方法はほぼない。

⑨しかし大衆文化の作品によって引き起こされるブームは、コンテンツツーリズムが遺産の場所で発生する決定的な証拠となる。例えば、大河ドラマ龍馬伝」が放送された年の2010年における坂本龍馬記念館の訪問者数は明白なブームである。

【3】コンテンツによる場所への意味の付与

①その他の場所では、コンテンツツーリストは他のカテゴリのツーリストよりもはるかに数でまさるかもしれない。

②図100は、群馬県谷川岳の一部であるイチノクラ-サワを示している。

③殆どの訪問者にとって、これは壮大なハイキングと日本アルプスの景観である。しかし一部の人にとっては1985年におけるJAL123号の飛行機事故を報道するジャーナリストについての小説、ドラマ(2005)、映画(2008)である『クライマーズ・ハイ』のロケ地である。

④この場所では、他の場所と同様に、大衆文化の作品を消費することによりその場所に付与された意味と物語、及び、それらのコンテンツにさらに興味を持ってその場所を訪れるという決定が、旅行をコンテンツツーリズムにする。

【4】コンテンツによる興味の喚起

①そうだとしても、動機は個人の中でさえも常に明確というわけではない。

②他のすべてを排除して一つの動機に基づく旅行経験はほとんどない。

③1章で説明した通り、コンテンツツーリズムの経験は目的、観光、カジュアル、偶発的なものに分類されるであろう。もしくはコンテンツツーリズムの経験は、予期しないコンテンツの興味を刺激する能力があるかもしれない。

④我々はまた、以下の概念を伝えるために一般的なコンテンツツーリズムという用語を使った。その概念とは、大衆文化が間接的に目的地への訪問への広範な興味を創出するということである。たとえその訪問地が大衆文化と直接的な繋がりがなかったとしても。

【5】コンテンツツーリズムの定量化は不可能

①これら全ての定義上の問題を考えると、我々は訪問者数もしくは経済的影響という観点からコンテンツツーリズムを定量化する試みを避けて来た。

②我々は経済的影響の推量を引用する機会があった、しかしそれらは精々根本的に分からないことの当て推量に過ぎない。

③特定の消費を割り当てる同意された方法論はない。それゆえ、例えば、もしファンが街を訪れ、朝はアニメのロケ地を見て過ごし、昼にはショッピングをして過ごすとすると、ショッピングの価値はコンテンツツーリズムの経済的影響の推定に含まれるか、除外されるか?

④これらの問題を何万人のファンにかけると、定量化することの問題は明らかとなる。

【6】コンテンツツーリズムの将来性

①これはコンテンツツーリズムが実用的な用途がほぼ無い絶望的で曖昧な概念であるというわけではない。

②コンテンツツーリズムはその他の形態の旅行行動と絡み合っているので、常に単独で研究され得ないが、しかしそれと同時に、多くの旅行行動に浸透しているため、単に無視することは出来ない。

③コンテンツツーリズムアカデミーが実施したオンライン調査(有効回答1000、年齢範囲20代から60代)によって以下のことが分かった。回答者の38.1%は生涯のどこかでコンテンツツーリズムを実施しており、23.8%は過去3年間のうちに実施している。

④これは我々の本では含んでいない場所への訪問も含んでいる。お気に入りの建築家による建物のといったような。

⑤考察が浅い分野なので、定義と方法論の問題が残っている。

⑥しかし明白な結論としては以下の通りである。コンテンツツーリズムは主要な文化的、経済的、政治的影響を伴う広範な社会現象ということである。そしてそれは、まだ依然として重要な調査分野として残っている。

【7】最後にこの研究の主要な概念、方法、結論は次のように要約されるだろう。

(1)メディアの形式ではなくコンテンツに焦点を当てる。

①英語文献は主に映画観光や文学観光のようなメディア形式のカテゴリに基づいてきた。

②メディアミックが多様化しており、コンテンツ製作者は多様なフォーマットで同時にコンテンツをリリースするので、フォーマットに基づく分析には限界がある。

③アプローチとしてのコンテンツツーリズムは以下のようなファンの旅行行動を説明するのにより適している。そのファンとは、特定のコンテンツセットや世界に強い興味のある非人々である。彼らが興味を持つ世界には、小説、キャラクター、ロケ地、その他創造的な要素が含まれており、それらは、フランチャイズやアーティスト、ジャンル、そしてコンテンツビジネスによって創造されている。そしてアプローチとしてのコンテンツツーリズムは様々なメディア形式に広まっている。

④コンテンツツーリズムは単なるメディアツーリズムではない、それはまた広告やトラベルショー、そして時事問題などによって誘発される観光を含んでいる。

(2)長期的な歴史的視点

①観光化はしばしば長いプロセスをともなう。それは『源氏物語』のような例によって示されるようなものである。

②コンテンツツーリズムの事例が発見された時、長期的な観光の傾向は、コンテンツツーリズムの量とパターンを評価する最も良い方法である。

③長期興行は、以下のものに注意をむける。それはコンテンツとアトラクションのライフサイクルとライフスパン及び、大衆文化からコミュニティ内の文化的な遺産への一定のコンテンツの移行である。

④長期のデータはまた、外部要因による注意信号を発する。それは有利な為替レートによる観光客数の増加や悪天候による現象のようなものである。

(3)日本国のケーススタディ

①多くの研究は、特定の作品の詳細なケーススタディーを通して、コンテンツツーリズムやそれに近い関係分野(映画によって誘発される観光や、文学観光など)を分析している。

②最終的に日本国が我々の調査対象となった。

③我々は計画的に47の日本の都道府県のコンテンツツーリズムの事例を含めた。一部は、詳細に、いくつかは通過しただけではあるが。

④このアプローチは、コンテンツツーリズムが日本国に点在する孤立地帯の場所で行われているのではないことを示している。

⑤コンテンツツーリズムは日本に偏在している。時には明瞭で時には不明瞭になるのだが。そして日本の観光文化の中に深く食い込んでいる。

(4)コンテンツビジネスではなく、ファンや観光客が利用できるテクノロジーに焦点を当てる。

①メディアテクノロジーは特に前世紀において非常に変わった。

②追加された各フォーマットはメディアミックスを多様化した。

③しかしコンテンツツーリズムはファンの動機の周りに展開する。そしてファン行動の現代的な形式は、インターネット、デジタル、そしてソーシャルメディア時代の産物である。

④それらのテクノロジーはファンが情報を獲得し、旅行を計画・実行する方法に革命を起こした。

⑤しかしながら、我々の研究のコンテンツツーリズムの定義では、8世紀以降の歌のツーリズムもその定義に該当する。

⑥我々は両方をコンテンツツーリズムと呼んでいるが、しかしインターネットとモバイルテクノロジーは、デジタル時代以前のコンテンツツーリズムとデジタル時代のコンテンツツーリズムを本質的・根本的に異なるものとする。

(5) その場所をメディアの一形態として扱う

①コンテンツツーリズムのアプローチでは、その目的地はまたファンにコンテンツについての情報を蒔くメディアの一形態である。

②特定のコンテンツセットのファンであることは、以下を通して表現される。それは受動的なメディアの消費、二次創作やコスプレ衣装などの物品の生産、そして肉体的な旅行経験などである。

③コンテンツの企業と地方自治体はしばしば、コンテンツの開発と普及に協力する。

④観光はさらに大衆文化の生産消費を誘発するだろう。ちょうど、大衆文化が観光を誘発するであろうように。

(6)世代と文化を横断する理論=コンテンツツーリズムは普遍的である

①概念としてのコンテンツツーリズムは日本において発達した。しかし、それは固有の文化ではない。社会的性差でもないし、世代でもないし、そのほか「固有の」形式ではないのだ。

②それは、以下の普遍的な人類の特性に焦点を当てる。物語を語る事、旅行と関わるように物語に突き羽後されること、そしてコミュニティ内の記憶と遺産の中に重要な物語を保存する方法として観光地を使用することである。

③コンテンツツーリズムの詳細は国々によって異なる。

④神社の奉納の額縁に絵馬を残すことは日本に特有のファン行動の一形式ではあるが、しかし、記念品を残す、提供するとったような広範な振る舞いは普遍的である。

⑤今後数年間で、大衆文化の作品、コンテンツのセット、それらを生産・消費するためのテクノロジー、そして旅行形態は、主要な変化を経験するであろう。

⑥コンテンツツーリズムのパターンもまた進化するであろう。しかし、その本質は「物語を旅する」という何世紀もの昔の人の振る舞いに根差したものとして残存するであろう。