雑録

戦後西アジア史

戦後イラン史

  • ①パフレヴィー2世(位1941~79)の親英米化←←第二次大戦直後、地方革命政権が樹立されたため。
  • ②モサデグ首相(任1951~53)の民族主義運動
    • 左翼勢力からイスラーム勢力までを結集する国民戦線の指導者となり、イギリス系アングロ=イラニアン石油会社のイラン石油独占に反対!接収して石油国有化を実施
  • ③イラン=クーデタ
    • イラン石油が国際市場から締め出されて経済が悪化し、英米の支援を受けたパフレヴィー2世がクーデタを起こしモサデグ政権は崩壊。親英米派は55年にバグダード条約機構(中東条約機構、METO)の一員として、反共軍事同盟の一翼を担う。
  • ④パフレヴィー2世(位1941~79)の政治…アングロ=イラニアン石油会社国有化を図るモサデグを打倒して近代化政策。
    • 白色革命…パフレヴィー2世による上からの近代化政策。米国の経済援助と膨大な石油収入を通じて軍や首都の近代化を強行。貧富の差の拡大など社会矛盾が噴出し、イラン革命で亡命。
  • イラン革命
    • 1978;国王独裁への抗議運動 ←パフレヴィー2世は親米独裁。近代化政策白色革命を強行。
    • 1979;ホメイニが帰国してイラン=イスラーム共和国を樹立

中東戦争

⓪背景

  • 1945年3月:アラブ諸国連盟の結成…エジプトが提唱。アラブ諸国の協力と統一的行動を目的とする。エジプト・イラク・サウジアラビア・イエメン・トランスヨルダン・レバノン・シリアの7か国が加盟。
  • 1947年 イギリスのアトリー労働党政権が帝国解体を決定

第1次中東戦争(パレスティナ戦争:1948~49)

  • 1947年 国連総会がアラブ諸国連盟の反対を押し切って分割案を多数決で採択。
    • ※WWⅡ集結まもない当時はナチス=ドイツのユダヤ強制収容所の実態がようやく明らかとなって、世論はユダヤ人への同情論が圧倒的(米ソも分割案を支持)
  • 1948年:英軍の撤兵終了と同時にユダヤ人がイスラエルの建国を宣言。アラブ諸国連盟はこれに反発して軍事行動を起こし、戦争勃発!イスラエルは分割案の当初の1.5倍の面積の国土を獲得した。
    • →イスラエルによってパレスチナから100万人以上のアラブ人が追放され難民となる。

第二次中東戦争(スエズ戦争:1956~57)

  • a)背景
    • 1952年 アラブ連盟の盟主・エジプトで自由将校団がファルークの王政を打倒(エジプト革命
    • 1954年 親ソ派のナセルが親英米派のナギブを追放
    • 1955年 バンドン会議に出席したナセルの積極的中立外交とアラブ民族主義英米は警戒 
    • 1956年 英米はアスワン=ハイダム建設の資金援助を撤回。ナセル大激怒!!!
  • b)経緯
    • 1956年 激怒したナセルはソ連の資金援助でスエズ運河国有化を宣言!
      • イスラエル軍がエジプトに侵攻。続いて英仏も出兵して運河地帯を占領。
      • →国連安保理ソ連フルシチョフ書記長がエジプトを支持して撤兵勧告
      • →事前に相談をされなかった米のアイゼンハウアーも激怒し、英首相イーデンに撤兵勧告。
  • c)スエズ戦争の意義
    • i. 3カ国軍の撤兵でナセルの人気が頂点に達する → アラブ民族主義の勝利
    • ii. 中東に対する米ソの影響力が強まり冷戦が波及(米国;イスラエル支援、ソ連;アラブ支援)

第三次中東戦争(六日戦争:1967)

第四次中東戦争(1973)

  • a) 1970 ナセルが失意のうちに死んでサダトが大統領に就任
  • b) 1973 エジプト・シリアが先制攻撃(イスラエルは苦戦を強いられる)
    • →OAPECの石油戦略が発動! アラブ側が政治的に勝利

第4次中東戦争以後のパレスチナ

  • ⅲ.インティファーダ
    • 1987年以降イスラエル占領地ガザ・ヨルダン川西岸で投石等により抗議運動を展開
  • パレスチナ暫定自治協定(1993)
    • ノルウェーの仲介で秘密交渉が進められたイスラエル占領地におけるパレスチナ人の暫定自治を認める協定。米国クリントン大統領がイスラエルのラビンとPLOのアラファトの相互承認に立ち会う。

米帝イラク介入

(1)親米政権のイランで革命が起こったためアメリカはイラクへ援助を行うが、今度はイラククウェートに侵攻したので湾岸戦争で潰す。

  • バース党政権
    • 1968年以降政権を掌握。アラブ民族主義を掲げる。79年にサダム=フセインが指導。

(2)9.11とアフガニスタン攻撃

  • アフガニスタン攻撃
    • ブッシュJr.は「対テロ戦争」宣言をし、事件の首謀者イスラーム急進過激派組織アル=カーイダのビン=ラーディンと断定。アフガニスタンのターリバーン政権がビン=ラーディンを匿っているとして軍事行動を起こし、ターリバーンを追放した。

(3)9.11とイラク戦争

  • ②単独行動主義
    • 仏独を中心にイラク戦争に反対。アメリカは国際社会の理解を得られずとも自国の利害にもとづいて行動することが判明。アメリカを支持したのはイギリス、日本、スペイン、オーストリアなど少数のみ。
  • アメリカ介入後のイラク
    • シーア派とスンナ派の宗教対立、クルド人問題が絡まり流血の惨事が頻発し、治安回復は見込めない。