『ATRI-My Dear Moments-』(製品版)の感想・レビュー

挫折系主人公救済モノ。温暖化により緩慢に滅びゆく世界で、AIの自己意識を描き出す。
天真爛漫なヒューマノイドが主人公を救うが、その行為は全て機械としての反応の結果に過ぎなかった。
だがそれは心を持ったAIが敢えて機械のように振る舞わざるを得なかったという二重ギミック!
自己意識を自覚したヒューマノイドは主体的な意志決定により「普遍的存在」となることを選ぶ。
主人公は地球の救済による自己救済という欺瞞から脱却し、少女を救済するために世界を救済することを決意。
「TRUE END」ではメガフロートとロボット工学により本当に世界を救った主人公が少女と再会してエンド。

ヒューマノイド少女「アトリ」のキャラクター表現とフラグ生成過程

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  • 挫折系主人公救済物語
    • アトリは主人公が海底からサルベージしたヒューマノイドの少女。天真爛漫で明るく、愛嬌溢れる人懐っこい性格として設定されています。主人公はエリート高等教育機関で挫折し故郷に出戻った隻脚の少年でしたが、アトリとの交流の中で癒されていきます。
    • またシナリオが進む中で、幼少期の主人公は海底に沈む前のアトリにも出会っており、そこでもまた救われていたことが判明します。幼少期の主人公は事故で母親と片足を亡くし、科学者の祖母と父からはあまり構ってもらえず、傷心を抱えていました。それ故、自殺を図ろうとするのですが、アトリと出会うことで思いとどまるのです。当時の主人公は心の傷を隠して明日を生き延びるため、「自分が地球を救う」という壮大な目的を立てることで凄惨な環境を欺瞞し、エリート高等教育機関への入学を果たしたのでした。
    • しかし勉強すればするほど地球を救う方法など無いことに気づき、熱意を失って成績を落とし、落ちこぼれと化します。それでも高慢なプライドを払拭できなかった主人公は、「学費のために義足を売ったのでファントムペインに苦しめられるようになり止む無く休学した」と自己正当化して故郷に戻ってきたのでした。体験版で描かれたのは、このような状況からアトリによって救われる主人公の図だったというワケ。
    • 以上のように主人公はアトリに2度救われたといっても過言ではなく、アトリに対して好意を抱くようになり、フラグを構築していきます。天真爛漫なアトリとの交流をお楽しみください。

 
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  • 二重構造のギミック【アトリの天真爛漫な振る舞いはAIの反応に過ぎなかったという絶望⇔アトリには心や感情があったがそれを自覚していなかっただけいうオチ】
    • 主人公は地球の救済を目指さなくなり、島民やアトリとの穏やかな生活の中に幸福を見出していきます。しかし、偶然アトリのログを読んでしまったことにより、アトリの振る舞いは全てヒューマノイドのAIの反応にしか過ぎなかったことを知ることになります。ここの絶望感が声優さんの演技の効果もあって非常に巧みに表現されています。主人公の命令で、二人の時には演技をするなと要請されたため淡々と喋るようになったアトリ。そんなアトリがクラスメイト達の前では従前のように朗らかに話すため、その対比が一層明確化し、無力感が深まるという寸法です。無表情なアトリが瞬時に切り換えて「はいです♪」をやるシーンは、これだけでも一見の価値ありです。迷わず名シーンセーブデータ集に保存し、お気に入りボイスモードで音声登録してしまったね。
    • さて、そんな機械少女アトリちゃんでしたが、機械のように振る舞うことすら感情があるが故の無意識的な演技だっという二重構造が本作品のハイライトとなります。そうなんです!アトリには感情があったのです。ただ、それをノイズやエラーとして捨象し、認識していなかっただけで。と、いうわけで、アトリにはもともと感情があったことを語るため過去回想シーンへ突入します。
    • そもそもアトリは主人公の祖母が主人公の母のために買い与えたお世話ロボットでした。研究一筋の祖母はネグってしまいアトリに子どもの世話をさせたのです。主人公の母との交流の中で感情を発露させていくようになるアトリ。その頂点となるのが「怒り」の感情でした。主人公の母はもともと深刻なイジメを受けていたのですが、周囲に囃し立てられ屋上から飛び降りるよう追い込まれます。この事を察したアトリはブチギレて学校に乱入、ロボット三原則も無視し、いじめっ子を見るも無残にタコ殴りにしたのでした。この行為は「暴走」と見なされ、アトリと同じ型番シリーズが回収処分されるきっかけとなるのですが、まさしく「感情」が芽生えたといっても過言ではありません。主人公に出会う前からアトリには心や感情といったものがあったのですね。ただアトリ自身が感情を自覚していなかったので、感情があるのは間違いでロボットのように振る舞うのが正しいと思い込んでしまっただけなのです。

 
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  • 少女救済による自己救済を世界救済に結びつけるという構造
    • 感情を自覚し、デレ化したアトリはとにかく可愛い。天真爛漫アトリもカワイイですが、感情を持て余すアトリも味わい深いものがあります。しかしアトリの人工知能には寿命があり、残された時間はあと数日でした。最後の時を穏やかに過ごすアトリは、最後に存在証明を行うことになります。アトリをメガフロートの核に接続すれば、自給自足的な海洋システムを機能させることができるのです。ついでにその過程で海洋ケーブルで島に電気も供給できます。このまま緩慢に死を待てば、アトリの記憶は失われるがままです。しかし核となればアトリとしての「個」は失われるもののそれは「全」となりあまねくたましい。かつてのアトリは有用性を示すことでしか自己の拠り所を保てませんでした。昔のアトリでも機能的には条件を満たすに十分だったでしょう。しかし!今度は!!主体的な自己決定のもとで!!!核となることを選び取ります。フジリュー封神演義妲己やハイパーアルティメッドまどかの如く、アトリは世界になったのです。アトリの実存に感化された主人公もまた、高等教育機関に復学し、再び世界を救うことを決意します。作中において度々ライターがアトリをして「地球にわたしも含まれますか?」と言わしめてきましたが、全てはこのラストに繋がるというわけです。
    • 当初主人公は凄惨な境遇から救われるための自己欺瞞として世界を救うことを掲げましたが、アトリに自己の境遇を救われそこから脱却。世界を救うことの中にアトリを救うことを見出します。すなわち自己救済=少女救済=世界救済という構造が今ここに誕生したのでした。アトリとの別離により、感動的なビターエンドが演出され、涙のエンディングを迎えます。アトリとの交流や島での生活を通して、主人公は本当の意味での自立を知り、挫折を克服したとも言えるでしょう!良い泣きゲーでしたね。

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  • 「TRUE END」について
    • 賛否両論あるかと思われますが、私は別離なビターのまま終わりでいいじゃん派です。・・・エンド後にCG一覧を眺めて感慨に耽っていると全てが埋まっていません。なんで?バッドエンドも見たのに・・・いぶかしんでトップ画面に戻ると「TRUE END」の文字が!内容は主人公が本当に世界を救った後の老後の話でした。アトリは寿命限界をあと1日残して普遍的な存在となりました。主人公は死の間際に電子体となってセカイに接続!あまねくたましいとなったアトリを抽出して個としてのアトリを再固定化します。斯くして若返った主人公はアトリと残りの1日を過ごすという展開になりました・・・。ゲーテの『ファウスト』を引用しながらハッピーエンドを迎えます・・・。

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