「“16bitセンセーション”発売インタビュー」に見るPCゲーム業界に対する90年代史観

近年流行している90年代懐古モノのうちPCゲーム業界を描くのが『16bitセンセーション』。もともとは同人版であったものが商業化されたものとのこと。90年代当時のPCゲー制作現場を語り継ぐことを目的とした歴史的資料でもある。この書籍の商業版を記念して「若木民喜“16bitセンセーション”発売インタビュー」が発表された。ここでは若木民喜氏が業界の変遷をどのように捉えているかを見ていくこととする。

若木氏の歴史観においては、21世紀の業界は「沈静化」したとものと見なされている。現代のコンテンツに影響を与えたという側面が、とりわけ強調されて、歴史的意義として価値づけされている。

インタビューで面白かった箇所まとめ

  • 1992年の転機
    • 1991年に未成年がPCゲームを万引きした「沙織事件」が世間に衝撃を与え、翌1992年4月にソフ倫が生まれる。1992年は、カオス的な状況の中で規模を大きくしていった当時の市場において秩序形成が始まった年であり、92年末には画期的作品である『同級生』が発売されたことからも重要。

  • 『同級生』の衝撃~ヒロインの物語のコンテンツ化~
    • 『同級生』の歴史的意義はヒロインの物語をコンテンツ化したこと。従来ヒロインはゲーム性の下位にあった。だが『同級生』の誕生により、ヒロインの魅力が消費の対象となった。
    • 「田中美沙」という「親友と恋心の板挟みで悩む、陸上部のポニーテール女子」の物語は当時のプレイヤーに広く読まれることとなった。

  • 同級生2』以降のゲームの2潮流
    • 同級生2』ではウェディングイベントが到達点となる。以降、業界は2潮流に分かれ(1)ヒロインとの触れ合いや絆に特化するパターンと、(2)非合理的な性的快楽(みさくらなんこつ先生的世界観)の追求に二分化する。この指摘は90年代後半の二極化として再び話題にのぼる。ヒロインとの触れ合いや絆を表現するための手法として泣きゲーがエスカレートしていくことなどが挙げられる。

  • 『同級生3』ではなく『To Heart』であったことが歴史的分岐
    • 当時属性が飽和状態で無かったため様々なキャラクターが生み出された。その影響には『同級生3』が発売されず、『To Heart』が出たことが背景にある。

  • マウスクリック入力の重要性
    • 『下級生』『とらハ』『プリンセスメーカー』はマウスクリック入力によるヒロインの変化が独自の感覚を生み、PCゲームならではの独自性を生んだ。マウスのコードこそがPCの中の女の子と繋がる手段だったとして、インタビューのサブタイトルにもなっている。

  • 「自由なモノ作り」という魅力
    • 若木氏が重要なメーカーとして挙げているのがPIL。ハードコアなヤバいゲームを作ることに挑戦するという点が重要。巨大メーカーが自由度を失い同じ様な作品しか作れなくなる一方で、幾つかのメーカーを挙げながら、自由にゲームを作れるカオス感が当時の業界の魅力であったと述べている。

  • 1992年~95年における若木氏にとっての思い入れの深いゲーム
    • 闘神都市』。PC本体が無いのにゲームだけ買う。

  • 剣乃ゆきひろ菅野ひろゆき)」によるパラダイムシフト
    • 素晴らしい文章を書くライターであり、業界を一段階上に押し上げた存在と見なされているのが剣乃ゆきひろ菅野ひろゆき)。若木氏はその一連の作品をオタクが「イキれる」作品であると表現している。洗練されたゲームシステムや、カニバリズムから量子力学までを扱った幅広いテーマ性の表現がこれまでのPCゲームと一線を画する存在だとしている。現代の人々に向けては『シュタゲ』的存在に例えている。

  • 若木民喜氏の限界
    • 21世紀以降のPCゲームに対し「あまりにも要素が多くなりすぎて、膨大な上に均一化しているように、僕の目には映っていました」とコメントし、これを業界が「沈静化」した原因としている。

  • PCゲームからライトノベル
    • To Heart』以降のPCゲームというジャンルを「物語を描くための役割」であったと述懐。その後、物語を描く役割はライトノベルにシフトしたことを指摘。具体例としてインタビュアーからヤマグチノボル氏の名が出される。

  • PCゲームの歴史的意義を示したい
    • 当時のPCゲームは文化的最先端であり、その表現技法が他のメディアに影響を与え、現代の『FGO』や『天気の子』に繋がるので、その歴史的意義を示したいとのこと。