雑録

冥契のルペルカリア 第六幕「茜色の眩惑」の感想・レビュー

理世ルート。演劇に人生を捧げることで喪失した幸せを回収しようとする話。
しかし理世の幸せとは二人だけのセカイ系的幸せであり、そこには何もなかった。
エンディングを迎えたかと思いきやそれは単なる眩惑として処理されリセットされる。
幸せな未来を捨て去り、演劇から逃げないことを提唱する理世。
理世が氷狐を理解できたのは強制的に演劇界へ入れられたからであった。
だが理世は自分の主体的意志により演劇を肯定するのだ。

個別√のハッピーエンドは空虚な日常への埋没で演劇への情熱を思うとリセットして修羅の道へ身を投じちゃうの

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  • もしも演劇を選ばなかった未来が幸せだったとしても
    • 第5幕の終わりで初めて選択肢が登場し奈々菜フラグを選ぶか折るかを選ぶことになります。ここで第陸幕「七色の暖炉」か第六幕「茜色の眩惑」に分岐し後者を選ぶと理世ルートが始まります。理世ルートで主題となるのは、もし演劇を選ばなかったとしたらという架空のセカイ。今まで劇団ランビリスを牽引してきた来々、悠苑、ハナが虚構世界から現実に回帰して退場し、めぐりが劇団を引き継ぐと、今度はなんと折原京子が入団してきます。主人公の妹折原氷狐と瓜二つであり、氷狐の記憶を継承する謎の存在。この人物に対すると主人公はPTSDが発動し精神崩壊してしまいます。主人公と妹は幼少期に演劇一家に生まれたのですが、母親が狂人であり絶えず子供のどちらかを虐待していたのです。主人公が子役として成功すれば妹を虐待し、主人公が子役として才能限界を迎えると、今度は成功した妹をチヤホヤして主人公を虐待するようになります。これにより主人公と妹はお互いを憎しみ合うということになったのでした。。
    • 主人公の精神的脆さをバブミで内包した理世は、一つの専門分野に身を捧げることの恐ろしさを改めて体感することになります。勿論、演劇に打ち込んで成功すればそれは幸せだ。しかしながら一瞬の幸せを得るためにあまりにも多くのものを犠牲にし過ぎる。もし演劇を選んでいなかったら、普通の幸せがあったのかもしれない。こうして理世は主人公と共に演劇の道を辞め、フツーのカップルとして高校生活・大学受験・キャンパスライフを謳歌してイチャラブな毎日を展開していきます。ですがその理世が望む世界には二人きりの幸せしかなかったのです……セカイ系。ハッピーエンドを迎えるもそれはリセットされ巻き戻されます。
    • 理世は二人きりの幸せしかない世界を見てそれは自分のエゴであることを思い知ります。そして悟るのです。その幸せは間違っているのだと。強くなった理世の覚悟はグッとくるシーンとなっておりますのでおススメ。「私たちは、逃げちゃいけないの。目の前にある幸せに飛びついて、空虚な毎日に埋もれるわけにはいかない!演劇から目を逸らしたら……きっと、一生後悔することになる」。こうして理世ルートは無かったことになり第七幕「灰色の客席」へと突入します。第七幕の冒頭では折原京子の前でサブヒロインの退場式が開催されます。理世は折原氷狐との出会いを思い出しながら語ります。理世も氷狐も強制的に演劇をやらされていた共通点があった。そのせいで普通の人生の幸せを得られなかった。だから理世と氷狐は仲良くなり、氷狐は理世に救いを求めた。しかし氷狐は演劇が嫌いであっただろうけど、理世はそうではないのだと告げるのです。理世は最終的に演劇を肯定できたのでした。そして別れ際、理世は折原氷狐に対し、演劇によって母から虐待を受けたので兄を憎悪しただけで、本当は兄が好きだったのではないかと指摘をするのでした。

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冥契のルペルカリア感想まとめ