武田泰淳『ひかりごけ』(新潮文庫)

◆流人島にて
 舞台設定は日本の太平洋側の諸島。罪人が奉仕のために流されるある島があった。そこは本州から遠く離れ、一種の島独特の共同体を形成していた。主人公はかつてその罪人であり、島の労働力として酷使されてきた。だが、あるとき偶然雇い主から殺されかけ海に沈没する。運よく生きながらえた主人公は、別人に成りすまし舞い戻り、復讐のために雇い主の指を全て切り落とすのだった。

◆異形の者
「決まっているのだから、仕方がない」という思想を描く。その思想を表現するために物語りは語り部の過去に想起される。舞台設定は仏僧の世界。僧になるための修行を行う一種の合宿がメインだが、そこでの生活を描写している。合宿の最終仕上げに仏像の前でお釈迦様と対話をするのだが、そこで仏像が醸し出す雰囲気が、「決まってるのだから仕方がない」という意味を匂わしている。

◆海肌のにおい
漁村に住む街から嫁いだ嫁が主人公。生ぬるい雰囲気の中で倦怠的に生きる漁村民に対し馴染めない嫁。そこへ漁の不足が重なり村の空気は不穏になる。ひょんなことから主人公は女性にも関わらず漁船に乗ることになってしまう。だが、偶然そのとき大漁になった。喜ぶ漁師やその家族だが、嫁は同じように街から来て発狂した女性をみて、狂うのは自分かもしれないと危惧を抱く。

ひかりごけ
体験談と戯曲によって構成される。体験談では人肉食事件を知った経緯やその自然描写が描かれ、ある学校の校長にひかりごけが見えるという洞窟に案内されるというエピソードである。そして戯曲の一幕で人肉を食べるまでの事件を描写し、第二幕で事件の裁判を描写している。人肉を食べるというテーマはガリバー旅行記やSFものでおなじみだが、人肉を食べることが倫理を犯すか否かやコトバでは伝えられない真実といったものに焦点があたる。