雑録

石井寛治「戦後歴史学と世界史 ―基本法則論から世界システム論へ―」歴史学研究会編『戦後歴史学再考』青木書店 2000年 29-71頁

はじめに

  • 本稿の目的
    • 「戦後歴史学」において「世界史」がどのように扱われてきたかを跡付ける
    • 現時点において「世界史」の把握の仕方を歴史家としてどのように考えるべきかを述べる

1 「世界史の基本法則」と「世界史像」論

  • 趣旨
    • ここでは、1940年代後半における「世界史の基本法則」論の提起と、1950年代における「世界史像」論の提起の特徴をそれぞれ押さえたうえで、1960年代前半の歴史学研究会を中心とした両者の議論の総合化の試みについて簡潔に述べる
「世界史の基本法則」論
  • 「世界史の基本法則」論
    • 歴史学研究会と「世界史の基本法則」
      • 歴史学研究会1949年度大会、テーマ「各社会構成における基本的矛盾」を設置、「世界史の基本法則を究明」せんと試みる →「西欧」近代へ至るコースを基準とした法則理解に立つ各国の比較史というかたちをとる限り、ヨーロッパ中心史観の色彩を濃厚、伝統的なアジア社会停滞論を根本的に反省するものではない
  • 大塚史学の魅力
    • 人間を問題とする歴史学の一部としての性格を最終的には持ち、それ故に政治史や思想史にも開かれた体系をなしていたこと。
    • 近代的人間類型の提唱はそうした方法の具体化 →問題はその近代的人間類型という理念型の作り方
      • 国内市場を基礎とし小生産者によって担われた近代的=合理的経営の形成こそが近代化の本来の道と主張 →結果、ヨーロッパの人間が近代世界史において果たした帝国主義的支配の側面についての歴史研究の深化を阻害。イギリス人が国内市場を踏まえて海外に進出し、強大な軍事力と経済力をもって植民地支配を広げつつ近代世界市場を作り出した歴史を、人間類型の深みから把握することを困難に。
    • 上記の研究は、「西欧」基準に立って各国社会経済の内部構造を比較するかたちで世界史の基本法則の諸民族における特殊形態を明らかにした
  • 江口朴郎の批判と欠点
    • 批判:各国社会の内部構造自体がたとえば帝国主義世界といった世界史的環境のなかに位置付ける必要があると説き批判 
    • 欠点:国際的規定性を強調するあまり、日本帝国主義の早熟的形成を当時の国際環境のもとで「自己の存立を維持」するために余儀なくされた受動的対応として把握する傾向、一国帝国主義の特殊性や能動性を世界体制の普遍性に解消する危険をいかに克服するかが明確ではない
「世界史像」の構築
  • 上原専禄編『日本国民の世界史』(岩波書店、1960年)の提唱
    • 構成
      • 東アジア・インド・西アジアの三文明圏からなる東洋文明圏とヨーロッパ世界とも呼ばれる西洋文明圏がそれぞれ独立して平行的に展開したあと、15世紀末からヨーロッパ主軸の一体的な世界史が形成され、20世紀になるとヨーロッパに代わって米ソ両国の役割が増大するとともにアジア・アフリカ諸民族が主体性を確立するかたちでの一体的な世界史が展開するという構成
    • 強調した点
      • 「われわれはマルクスのように、世界史の中から、特に社会と経済の発展について法則を発見することを、この世界史記述の課題とはしていない」と述べ、「文明圏が違うと、諸時代の継起の仕方も同一ではない」ことを強調。
    • 背景
      • 基本法則論に立つ研究が世界史把握の意図を失いがちで、非西欧圏については依然として停滞論的把握から脱却できなかったことへの世界史教育関係者の苛立ち →とりあえず各文明圏ごとの「歴史像」を描き出すことに努めた
  • 昭和史論争
  • ライシャワー駐日大使の提唱する世界像への対決
    • 日本史研究会1961年度大会「現代における歴史像の再構成」 →ライシャワー駐日大使の宣伝する日本の歴史像=西欧近代化の成功例、と対決しうるような「歴史像」を再構成しようという問題提起を歴史学研究会に先立っておこなった
世界史に関する「基本法則」的把握と「世界史像」的把握の総合
  • 歴史学研究会1961年度大会「世界史における日本の近代」→翌年「『世界史の基本法則の再検討』または『世界史像の再構成』」を目標とする長期研究計画
    • 法則把握の公式化=教条化を避けるためには、互いに異なる個性的な在り方を相対化し、類型化しながら、もともとヨーロッパの事実から組み立てられてきた法則概念そのものを再検討し、組み替えていき、ヨーロッパ中心史観を脱却していく方向があったはずであった。
    • しかし、当時の日本の歴史学界がマルクスエンゲルスの諸命題あるいはソ連や中国の学界動向の呪縛から必ずしも自由でなかった状況も作用して、実際には世界史の法則的把握そのものの断念へと流されていった。
新しい研究潮流「地域史」

国史と世界史をつなぎ、世界史を主体的に認識させる場として「地域史」を検討する

  • 遠山茂樹「世界史における地域史の問題」(『歴史学研究』第301号、1965年)
    • ヨーロッパ典型史観を退けつつ、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの諸民族も独自の価値と運動法則をもって固有な役割を果たすような世界史把握、「発展段階、社会構成体を異にする諸民族の歴史の構造的複合体」としての世界史を提唱。
    • 世界史の時代区分として以下の5段階を提唱
      • (1)古代奴隷制世界帝国の領域を単位とする複数の歴史的世界が並立していた古代世界帝国
      • (2)古代世界帝国の解体のなかから領域内諸民族の独自な発展があらわれてくる古代世界帝国の解体過程の時代
      • (3)ヨーロッパ人の他地域進出、資本主義の世界市場形成によって単一の世界史が一応成立し、地域史の設定が可能となる資本主義の世界市場形成過程の時代
      • (4)帝国主義支配の構造をもち、どの民族の一国史も世界史の発展法則に包接され本格的な世界史が確立した帝国主義の時代
      • (5)第2次世界大戦後にはじまり現在創造されつつある、諸民族が自主・平等の立場で構成する地球大規模の世界史としての帝国主義の崩壊過程の時代
    • 諸文明圏の並立の時代から15世紀以降の単一の世界史時代へという上原専禄を下敷きにし、単一世界史成立後の分析にさいして「地域史」を設定しようというもの
  • 遠山仮説に対する太田秀通の批判
    • 「原始社会の時代」をおくべきだと批判 ←太田氏自身が人類史的見地の必要性から自己批判
    • 世界史時代区分方法におけるヨコの思考様式の必要性
      • 最も進んだ社会構成の出現の時点でなく、複数の社会構成(たとえば古代世界帝国)の共時的存在が世界の様相を変えたときにはじめて世界史の新しい段階が成立する
    • 単一の近代世界史の成立をいつとみるかという点には特別な言及なし

2 「現代歴史学」と世界システム

前近代
  • 1970年代以降の前近代の世界史のとらえかた
    • 「構造的複合体」として把握する試みはほとんど現れず。遠山仮説において近代に入ってからはじめて設定できるとした地域史的アプローチを前近代にまで遡らせる試みが行われるようになった
    • 前提となる理論的仮説はきわめて多様化、地域全体が歴史家の課題意識におうじて設定される「可変的で多様な性格」を持つ
近現代世界史の把握方法
  • 1970年代
    • 世界資本主義論的アプローチ
      • 河野健二・飯沼二郎編『世界史資本主義の歴史構造』(岩波書店、1970)において提起。
      • 諸国民経済の世界的編成としての「世界資本主義」という大塚史学的把握を批判。
      • 諸国民経済の在り方を規定する第一次的実在としての「世界資本主義」が、イギリスを頂点とする欧米諸国による従属地域支配という3種構造のかたちで19世紀後半に成立する
    • 従属論的アプローチ
      • A・G・フランクやS・アミンらによる従属論的アプローチ
      • 先進資本主義国の資本蓄積の基盤となった「南」のいわゆる第三世界について、その歴史的起源を、世界史における中枢国による衛生国の包摂=収奪にあるとして正面から論じた
  • 1980年代以降
    • 世界史的把握と従属論的把握を総合したウォーラーステイン世界システム
    • 背景
      • 世界経済の中心部の多国籍企業による製造工業の周辺部の移転を契機として周辺部の工業化が進展し、従属理論が破綻
      • 情報化の進展によって世界経済の一体化がいっそう進み、そのインパクトによって90年代には20世紀社会主義の挫折が起こり、従来のような社会主義イメージを前提とするマルクス主義史理論が破綻
    • 著者によるウォーラーステイン批判
      • 史記述が意外に西欧中心主義的
      • 現代の世界経済をもっぱら16世紀に始まる「ヨーロッパ世界経済」の地理的膨張の所産であるとし、その他の「世界経済」の萌芽はすべて「世界帝国」の枠組みの下で停滞・解体させられたとする世界史の把握の構図そのものは、伝統的な近代把握を一歩も出ていない
      • 内発性の軽視がウォーラーステインの理論の特徴であり、世界システムの変革も反システム運動という一見ラディカルではあるが、具体的=実践的展望に欠ける
    • 今後の展望
      • 内発性と対外関係の結びつきを分析することであり、大塚説とウォーラーステイン説に対する両面批判
      • 世界システム論に安易に依存するのではなく、問題提起を批判的に吸収しながら文明発生以来の世界史についての新しい把握を追求する必要

3 発展段階の現代的再生に向けて ―仮説的問題提起―

  • 本節の目的
    • 「戦後歴史学」の蓄積した理論的枠組みが全く役に立たなくなったと考えるのは早計
    • マルクスの提起した歴史把握の基礎概念をあらためて念頭におきつつ、最近にいたる歴史学の実証的成果を整序することにより、演繹的でなく帰納的に歴史の発展段階把握の有効性を考える
  • 基礎概念
    • 「生産諸条件の所有者と直接的生産者との直接的関係」=それぞれの社会の民衆を代表するものとしての「直接生産者の社会的存在形態」
    • 諸段階の移行を推し進めるものは「生産力=破壊力」の発展
直接生産者 生産手段 基本的経営 階級関係 権力形態
共同体員 共同所有 血縁共同体 貢納制 古代専制国家
奴隷 無所有 大小経営 奴隷制 古典古代国家
農奴 自己保有 小経営 農奴 家産制(→封建制)
賃労働者 無所有 大小経営 資本制 国民国家
世界市民 社会的所有 非大経営 社会制 世界政府
① 貢納制・古代専制国家
  • 古代専制国家の形成
    • 農業の開始 →農業共同体の結成、最初のものは血縁原理により結びついた血縁共同体。(従来アジア的共同体、氏族共同体、部族共同体と呼ばれたもの) →共同体相互の争い→古代専制国家の形成
    • 日本においては従来、新石器時代縄文時代に入っても農耕を欠くという特異性が指摘 →縄文農耕の存在により特性薄まる
      • 紀元前三世紀に伝わった水稲栽培の体系的技術の意義は依然として大きい →本格的農業の展開を基礎に起源5世紀にはヤマト国家という古代専制国家が誕生
② 奴隷制・古典古代国家
  • 古典代国家の出現
    • 1.血縁共同体を基礎にした古代専制国家は、共同体メンバーへの鉄製農具の普及などの生産力の発展により共同体が解体することにより崩壊 
    • 2.血縁共同体の解体とともに、紀元前5世紀前後からインド・中国・ギリシャユダヤに一斉に出現した世界宗教と古代哲学が、血縁共同体から自立した人々に血縁以外の普遍的原理での結合を説き、あらたな段階形成の条件となる 
    • 3.ギリシャ・ローマの古典古代国家が出現、中国の秦漢帝国も古典古代国家との指摘が近年の動向、インドにおけるマウリヤ朝アショーカ王政権も同様であるとの著者の私見
    • cf.日本の7世紀の唐帝国模倣律令国家は古典古代国家ではなく一時代以前の古代専制国家=ヤマト国家の再編という側面が強い。その後も日本では明確なかたちでの古典古代国家は出現せず
  • 奴隷制社会とは内部分解の結果、奴隷制大経営と隷属的小経営を生み出す社会として基本的にはとらえるべき
③ 農奴制・家産制(→封建制)
  • 自立的小経営が社会全体に広がるのはどのような条件に支えられているか
    • 血縁共同体が鉄製農具の普及などによって解体しても、小経営が直ちに一般化したとは到底いえない。「農業革命」と称される10世紀前後の新たな技術革新を通じてはじめて自立的小経営の一般的成立がなされる。
    • 小経営を支配する政治体制は中央集権的な家産官僚国家のかたちをとることもあれば、文献的な封建的主従制のかたちをとりこともあり一様ではない
      • cf.日本の場合:中央集権的古代専制国家の時代を経験した地域からは文献的な封建制が生み出されるのはきわめて困難。日本のものは例外的に見えるが、在地領主的な戦国大名では室町幕府に支えられた荘園制支配を崩せず、織豊政権によりはじめて荘園領主を全面没落に追い込むことが出来た。その結果、幕藩体制は集権的特長を帯びた特異な封建制となった
④ 資本制・国民国家

いずれの地域でも市場経済化の進展により、小経営の商品生産者化が進む

  • 著者の私見での産業革命の条件
    • (1)勤労の精神の広がり
    • (2)合理的態度と省力的技術の発展
    • (3)権力の恣意的市場介入の排除
  • 封建的危機と宗教改革
    • カトリックと封建領主の支配 →ペスト・凶作・戦乱による封建制の危機 →無策ぶりを曝け出したカトリック教会への批判としての宗教改革
    • (1)16世紀の宗教改革を契機に現世内禁欲=勤労によってのみ救いの確証が得られるとするプロテスタントの倫理が広がる
    • (2)17世紀には宗教改革によってその超越性が再確認された神の創造した宇宙を客観的に貫く法則の合理的探究=科学革命が始まる
    • (3)王権神授説を否定して国民主権の原理を確定する市民革命がイギリスで行なわれた結果、市場経済への権力の恣意的な介入がなくなり産業投資を支える「計算可能性」がイギリスを先頭に成立
  • 世界の一体化をいつにするか
    • 16世紀以降のヨーロッパ世界の膨張開始をもって近代世界史が始まったとする通説には疑問
    • 17世紀日本、18世紀中国広東公行貿易などアジアでは膨張を拒否する動き
    • 19世紀半ばに欧米諸国が開国を迫ったときはじめて、中国や日本は欧米近代世界の膨張を拒否することが出来なくなった。故に近代世界史は先進諸国が産業革命を行なった19世紀においてはじまった。
⑤ 社会制・世界政府
  • 企業や国家の支配から精神的に自立した市民たちの世界的規模での連帯が必要であり、その意味での「世界市民」に支えられたさまざまなレベルでの国際的組織の活動、将来的には世界政府の形成が課題
  • 20世紀における社会主義の実験が挫折した最大の原因
    • 直接性差者による社会的所有が建前と化し、党=国家官僚による独占的所有に成り終わった。
    • 国家や企業、組合あるいは組合などの組織において労働主体が自己の所有主体としての機能を発揮できるような組織原理と組織運用、すなわち民主主義がなければならない。
  • 直接生産者のレベルでの発展段階論の画期性
    • どの地域にも同じ法則が貫かれるといった単線的発展段階論は全く成り立たないことは判明した。しかし、少なくとも直接生産者のレベルでみた限りでの人類は、前近代においても各地域において、若干の時間的ズレを伴いつつも徐々に似通った段階の社会を形成したことが判明した。
    • 紀元元年前後の世界における血縁共同体の基本的消滅とさまざまなタイプの奴隷制の展開、紀元1000年前後の世界における小経営の一般化とそれを支配する家産制・封建制の展開、そして紀元2000年の現代世界全体を覆うかに見える大量の賃労働者の発生は、そうした世界史的な諸段階の画期性を端的に示す現象に他ならない。