原田智仁「主題学習再考 ―世界史学習論の批判と創造(2)―」社会系教科教育学会『社会系教科教育学研究』第12号 2000(pp.1-8)

1 問題の所在

  • 問題意識と問題設定
    • 主題学習は1999年版学習指導要領で充実。だが主題学習は1960年版の登場以来70年前後が現場の研究と実践の頂点であり形骸化が進んでいた。
    • ではなぜ今主題学習か?、その背景は?、60年版のものと同じか?、同じならどのように形骸化した主題学習を再生するか?、違うならどこが?
    • こうした問題意識から主題学習の原理と方法を再考しようというのが本研究のねらい。
  • 先行研究
    • 大半は指導要領の解説や指導要領を踏まえた展開例の提案 →主題学習そのものの理論的研究にはなっていない。以下の4つは主題学習の原理や課題を解明し、問題状況を改善しようとした数少ない論考。
    • 内野智司「主題学習の理論と主題の設定」(平田嘉三編『双書 新しい世界史教育2・新しい世界史教育の方法』明治図書、1972、25-35頁)
      • 主として指導計画作成における主題学習と通史学習との関連を論じたもので、主題学習を通史学習の後に位置づける方法と歴史学習の中に組み込む方法の2類型を示し、それぞれの主題設定の基準を考察
    • 河合武「高校世界史「主題学習」の研究」(日本社会科教育研究会『社会科研究』第25号、1976、74-84頁)
      • 主題学習に関する研究と実践の歩みを整理、大きく3つの問題点―主題学習の位置付け、自己展開学習や発表学習との異同、通史学習との関連―を指摘
    • 藤井千之助歴史教育論攷(2)―歴史教育における主題学習について―」(『広島大学研究論集13巻3号、1990、9-35頁)
      • 指導要領の改訂に伴い教科書での主題の取り上げ方がどのように変化したかを分析、歴史的思考力育成の観点から、主題は疑問文の形で示すべきことを説く
    • 宮崎正勝「中等社会科教育における主題学習とエクセムプラリッシュ方式」(『北海道教育大学教育実践研究指導センター紀要』14号、1995、1-11頁)
      • 1950年代の旧西ドイツで定式化された範例方式の理論と方法を踏まえて主題学習を再編すべきことを説き、「アフリカ分割」を例にその展開モデルを提示
    • 先行研究において、河合論文は四半世紀以上前のものであり、内野、藤井両論文は一面的な考察に留まっており、宮崎論文もなぜ範例方式なのか説得力が弱い。
  • 研究方法
    • 指導要領における主題学習の成立と変容を歴史的に分析、その基本原理と課題を再確認する
    • 1999年版が従前の課題をどのように克服しようとし、あるいは克服しきれないのか明らかにする
    • 世界史学習論としての主題学習の可能性を理論と方法の両面から探る

2 成立期の主題学習

(1)主題学習の誕生
  • 成立期の主題学習の特色
    • ①3単位科目ではなく4単位科目に位置づけられた
    • 歴史学的に重要な主題が例示
    • ③歴史的思考力の育成が目標に掲げられた
    • 以上から、主題学習はより高度で総合的な世界史認識の形成を目指して、旧来の世界史構成を補完する内容構成論として提起されたものであった
(2)主題学習の原理の確立
  • 1970年版の特色
    • 世界史は日本史と同様に標準3単位の単一科目となる
    • 主題を例示するのをやめ、代わって主題設定の観点を内容の取り扱い事項で提示
    • 内容構成論としての主題学習に加えて、新たに学習論としての主題学習を打ち出そうとした
    • 主題学習を教師主導の通史的系統学習を補完する歴史教育の学習論(=生徒主体の学習)、及び内容構成論(=主題的構成)として位置づけようとした
    • 原理的に大きな矛盾を抱えていたため、形骸化を招くことになる
(3)主題学習の原理的矛盾
  • 矛盾点
    • 1:歴史学的に意義のある主題を設定して総合的に学習させ、歴史的思考力を深めることと、生徒の主体的な学習を促すことは両立しない。生徒に相当高度な問題関心でもないかぎり、歴史学的な主題を自発的に追求させるのは困難
    • 2:系統的通史学習の補完としての主題学習。歴史的思考力の育成が通史的系統学習で行なわれるならば、あえて「歴史的思考力をいっそう深める」ために主題学習をする必要は無い
    • 3:学習論のあいまいさ。学習論として主題学習を提起する以上、従来の学習論との違いを鮮明にする必要。主題学習と文化圏学習を「○○学習」として表記したことも問題。文化圏学習が文化圏ごとの学習であるように、主題学習も一定の主題の学習と受け取られる
  • 形骸化
    • 社会の変化や歴史学界の動向を反映し、78年版では文化人類学、89年版では比較文明・社会史・同時代史の観点が導入されたが、89年においては指導要領上に観点さえ示されず解説で指摘されただけであった
    • 教科書でも現場で採用率の高いものは主題学習が希薄化した

3 新しい主題学習

(1)主題学習の再生
  • 1999年版の特色
    • 地理歴史科全ての科目で主題学習が内容項目に位置づけられる。
    • 形骸化されていた主題学習にスポットライトが当てられた。
(2)新しい主題学習の特質①―内容構成論―
  • 「世界史B」の全体構造
    • 始めに主題学習を行って生徒の世界史への関心・意欲を高め、それを踏まえて通史的系統学習を展開し、最後に再び主題学習によって、系統学習で得た知識や技能を現代の課題の追究に応用するという形になっている
    • 主題学習は決して通史的系統学習の単なる補完ではなく、生徒主体で意欲を高めるのに不可欠な内容構成論 →矛盾1・2が解消。
    • 新しい内容構成論の意義の意義が多くの教師に理解されないかぎり、従来と同じ轍を踏む。
(3)新しい主題学習の特質②―学習論―
  • 生徒主体の学習
  • 文化圏学習の消滅 →主題学習は通史と異なる独自の学習論であることの説明が容易に →第3の矛盾も解消

4 主題学習の可能性

(1)主題学習の授業構成論
  • 内容構成論
    • 通史的構成(chronological approach)
    • 主題的構成(thematic approach)
  • 主題学習の授業構成
    • 事実記述的方法
      • 1999年版「(1)世界史への扉」「イ 日常生活に見る歴史」「ウ 世界史と日本史とのつながり」に示されたトピック的主題
      • 授業の問いは「どのように(How?)」が基本となり、それに対する回答は、できるだけ事実を丹念に調べて記述していく
      • 授業の成否は、生徒にとって興味関心のある主題を選択できるか、主題に関して生徒の常識を覆すような珍しいものが調べられるか、調べた事実をドラマチックかつヴィジュアルに編集できるか
    • 概念探究的方法
      • 1999年版「(1)世界史への扉」「ア 世界史における時間と空間」に示された概念的主題
      • 指導要領に例示されたものは主題ではなく素材
      • 中心をなす問いは「なぜ」「どんな意味か」であり、推論→解釈→討論→仮説→資料を用いた検証となる
      • 授業の可否は、如何に生徒の多様な解釈を促す問いを立てられるか、如何にそれらの解釈を検証しうる資料が準備できるか
      • 概念的探究授業構成は社会についての概念的な見方考え方を身に付けることができ、通史学習では育成できない歴史的思考力として貴重
(2)主題学習の学習方法論
  • 生徒による能動的な学習にするには
    • ①主題学習の前提
      • 世界史の全体構成をどうするか。系統的学習を前提とするなら年間指導計画に位置づけ時間を確保する必要。
      • 世界史の全体を主題学習で構成する方法もある。
    • ②主題の設定
      • ねらいが世界史への関心や意欲を高めることにあるのか、世界史学習の成果を応用させることにあるのかを明確にする
      • 生徒の興味関心、手がかりとなる資料の有無を勘案して複数の主題を提示、生徒自身に選択させる必要
    • ③主題の追究
      • 主題の内容に応じて事実的記述法か、概念的記述法かが決まる
      • 前者:教科書や資料集、百科事典、インターネット等を活用して確かな情報を集める、情報を取捨選択して一定の物語を編集する
      • 後者:情報の収集・整理の過程で発見した問題に対し仮説を立てて検証したり、複数の事例を比較考察したりすることを通して、概念形成を行う必要がある
    • ④主題学習のまとめ
      • 生徒による発表学習が有効
      • 口頭発表、レポート、世界史新聞作りなど多様な方法があるが、調べ活動の方法やプロセスも発表させる必要
      • 主題の設定から追究、まとめ・発表に至るまでをひとつながりの学習としてとらえる主題学習の方法は、公行の歴史教育を改革する

5 おわりに

  • 本稿は、指導要領という形で上から教育課程の基準が示され、それに基づいて教科書検定がなされる現行の枠組みの中で、世界史学習を現実に改革しうる方法論を模索したもの
  • 確認しておくべき3つの点
    • 世界史カリキュラムをどう構成するか
    • 概念的探究考察の必要性
    • 生徒主体のためには教師の適切な指導が不可欠

雑感・コメント

  • 平成11年版は失敗に終わり、生徒の興味関心意欲を高めるどころか毛嫌いされ世界史未履修事件にまで至った。これは本文における「新しい内容構成論の意義の意義が多くの教師に理解されないかぎり、従来と同じ轍を踏む」との指摘どおり現場の教師に理解されなかったからか。それとも指導要領上自体に問題があったのか。当時の社会科教育学会(歴史学会ではなく)の研究者はどのようにとらえたか。社会科教育の学会と文科省の指導調査官は被っている(原田氏も同様)ことが多いので学会と国との関係性はどうなのか。文科省、現場、社会科教育の研究職、歴史学の研究職はそれぞれどのようなスタンスなのか。
  • この論文で強調されていた平成11年版の概念的探究方法は平成21年版では敢え無く消え去った。平成11年版主題学習の授業構成を事実記述的構成と概念探究的方法に分けているが、結局は後者に行き着くと思われる。前者は主題の事実を丹念に調べる方法として説明されていたが、例えば本文で示された茶を取り上げたとしても、茶そのものの歴史を調べるのではなく茶を通して冊封体性や華夷秩序自由貿易帝国主義産業革命、アヘン三角貿易などの概念を学習するのではないか。
  • 今後の方針
    • 「指導要領という形で上から教育課程の基準が示され、それに基づいて教科書検定がなされる現行の枠組み」の中で考えていけば良いのか、高校世界史のあるべき学習論を模索するのか。現場の教員になることを考えれば前者で良いと思われるが、これまでの大半の先行研究のように指導要領の解説や指導要領を踏まえた展開例の提案という同工異曲に陥り、文科省の提灯持ちになるだけではないか。
    • 現在の状況
      • 今の自分の授業開発のスタンスがそののような状態に陥ってしまっている。具体的には、学習指導要領は時代の要請に応じてより改善されている→現場では高校の教師は殆ど学習指導要領など読まず羅列的受験知識暗記学習→現場良くない、学習指導要領に基づく実践を、との展開に陥っている。如何に学習指導要領の枠組みの中で授業を行うかが主眼になってしまっている。
      • 現在の授業開発の大まかなパターンというか出来レースで中身がない文科省の提灯持ち
      • 世界史教育の問題は教師が旧態依然とした羅列的受験知識暗記学習を行なっているから(世界史教育の問題点)→でも学習指導要領は違うよ!!なんと平成11年版から生徒の興味意欲関心を高めたり主体的な課題追究学習させたりしてる。平成11年版はすごいね過去のものとこんなに違うし(ここで過去の学習指導要領と先行研究の整理) →なんでそれなのに未履修起こったの? →生徒が変容したのに旧態依然の羅列的受験知識暗記学習してるから。現場の教師が学習指導要領を理解しない →それを受けて平成21年版では世界史必修を受けて日本史・地理との連関してるし、言語能力の育成してるし、学習活動重視だよ!!すごいね →平成21年版学習指導要領の解説に基づく授業開発。結果、現場の教師を批判するだけで、何も中身が無い。