堀内隆行「イギリス帝国と人種・エスニシティ」
要旨:イギリス帝国植民地における被支配者階級の様子
- 包摂と排除の原理
- 当初イギリス帝国の白人は植民地における先住民に対して文明化政策を採った。代表例として挙げられるのが、オーストラリアのアボリジニのクリケットチームなどである。だが、植民地内部において先住民の社会的上昇が見られると政策の転換が起こり、先住民を排除するようになっていく。すなわち白人たちが自分たちの職や地位などが有色人種に脅かされると脅威を感じるようになっていったからである。ニュージーランドやオーストラリアで婦人参政権が早期に付与されたのもこの文脈で考えることができる。つまりは、現地において婦人に参政権を付与することで支配階級として多数派に立てるという原理からである。
- オリエンタリズム
- 白人の植民地の文献やパンフレット、広告を見ると、西欧的価値観のもとで有色人種を認識し、過度に貶める記載をしているものが少なくない。植民地においては先住民には先住民としての理論や規範が社会の根底に存在していることを理解しようとせず、西欧的価値観にそぐわない蛮行として偏見のまなざしを向けるものが多い。オーストラリアにおけるゴールドラッシュによる中国系移民の増加に対する白豪主義、インド大反乱における原住民のイギリス人女性凌辱、寡婦殉死の風習への風刺などである。いずれも原住民の文化的側面を西欧の価値観から蛮行と見なすものが多い。
本村凌二「古文書学と碑文学〜西洋古代史を事例として〜」
要旨:世界史の常識は一次文献の厳密な史料批判では危うい知識であるということ
- 古文書学と碑文学
- 考古学はモノから過去を探る。歴史学は文書史料から過去を探る。古文書は写本が多いため、異本が多く、原物そのものまで辿り着くことは困難である。一方、碑文は現物そのものを調査することが出来る。だが碑文においても改竄が行われているので注意が必要である。史料を扱うにあたっては複数史料の比較検討が必要になる。
- ペルシア戦争におけるテミストクレスの建艦決議をめぐって
- ヘロドトス、アリストテレス、プルタルコスの史料を比較すると、テミストクレスの建艦の目的と建艦数は異なる。ラウレイオン銀山における大鉱脈の発見による銀の獲得を受けて建艦をしたわけだが、その目的が以下の三つに分かれる。それぞれ、(1)対アイギナ戦にむけて建艦しペルシア戦争は偶発的であった、(2)何に用いるかは述べずに建艦した、(3)対アイギナ戦は口実で実質は対ペルシア戦が真の目的であった、の3点である。これらの決議の真偽を考察するにあたって、文書史料だけでなく、碑文をも参考にする必要がある。
- ネロ帝によるキリスト教徒迫害をめぐって
- 古文書は写本によるため、その修正箇所がどのような意図をもつのかを分析する必要がある。ネロ帝時代の首都ローマの大火とキリスト教徒迫害を、タキトゥスの『年代記』では結びつけているが、それは危うい知識である。「クリストゥス信奉者」として「chr(i)stianos」とされている部分は「chr(e)stianos」の「e」を「i」に書き直したものである。タキトゥスと同時代の作家スエトニウスの著作を見てみると「クレストゥスの煽動により」とある。つまり、私たちが常識としてとらえていることでも、古文書学の中では危うい知識であることが分かる。