雑録

向日葵の教会と長い夏休み 夏咲詠ルートの感想・レビュー

向日葵の教会の夏咲詠シナリオは「猫が人間になるおはなし」。
日本神話が持つ死生観を理解して未練を持つ死霊を成仏させます。
ヒロインが死ぬまでの過程が丁寧に描かれており古き良き泣きゲーを彷彿とさせました。
そしてヒロインの代替として猫が人間になる際の煩悶も心情描写として良かったです。
民俗学や伝奇のモチーフも取り入れられており、すごく面白かったです。

夏咲詠のキャラクター表現とフラグ生成過程


  • 二人の詠と作品の主題
    • この作品では夏咲詠は二人出てきます。オリジナル詠と猫が化けている詠です。オリジナル詠は現在の時間軸では既にもう死んでしまっており、化け猫詠が成り代わっています。そんな化け猫詠が人間の詠として生きる決意をすることがこの作品の主題です。妖怪変化を扱うので、日本神話や民俗学、伝奇や伝承、死生観などが多くモチーフとして使用されており、作中での物語の魅力をひき立てています。



  • 幼少期における孤独
    • 主人公くんは孤児で教会に引き取られてきます。当初は村の暮らしに馴染めず一人遊びに興じる日々を過ごしていました。そんな中、主人公くんが一人の少女と一匹の猫に出会います。この少女がオリジナル詠で、猫が後に人間化する詠でした。主人公くんは同様に孤独であったオリジナル詠と短い数日の時間を過ごしました。少女と猫は孤独の寂しさを満たしてくれたのです。こうして、孤独であった主人公くんはコミュニケーションスキルを身につけ次第に村の暮らしに適応していったのです。しかしながら、ある時を境にオリジナル詠は主人公くんに会いに来なくなってしまいます。それもそのはず、詠の余命は幾ばくもなく動けなくなるほど容態が悪化していのです。少女が来なくても、約束の場所に通い続ける主人公くん。そんな主人公くんを見ていた猫は何とか力になりたいと願うことによって、人間の心を手に入れ、化け猫の詠として主人公の目の前に姿を表わしたのです。



  • ヒロインが死ぬまでの過程
    • 化け猫詠は、病院でオリジナル詠に会いに行きます。そこで、オリジナル詠から「自分の代わりとして主人公くんとの時間を過ごして欲しい」と頼まれるのでした。化け猫詠は人間の常識に悪戦苦闘しながら、主人公くんと色々な体験をしては、死にゆくオリジナル詠に出来事を語っていったのでした。この幼少オリジナル詠が自分の生命を達観して死を見つめていく場面は非常に面白く感じました。ヒロインが死んでいくまでを看取る作品として『ナルキッソス』などがありますが、生命を扱うのは泣きゲーの手法の一つとはいえ、グッときますなぁ。自分の死を受け入れ「実を結ぶだけが人生じゃない。最後に実を結ばない美しい華があったっていい。私の最後は美しい華で彩られていたんだよ」という台詞は心を打つこと請け合い。そして幼少期の主人公くんが自立を決意し村から出て行く時、ちょうどオリジナル詠の寿命も尽きます。詠の死を看取り、主人公くんに最後のお別れをした化け猫詠は、それから主人公くんが戻ってくるまで、猫として時間を過ごすこととなるのです。



  • 死霊を成仏させる
    • 猫に戻った詠は、ただの猫としてではなく、死者を導く仕事をすることになりました。ここで死後の世界の解釈論inスーパー日本神話タイムが始まるよ!!高校倫理では「各宗教における死後の世界の解釈」を扱うので、社会科教育に携わるである私は条件反射で大興奮ですとも。この作品では『朝霧の巫女』でも主題となっている「現世と幽世の境界をまたぐ存在」が描かれます。イザナギイザナミの話ですよ!!イザナギは死んだ妻のイザナミに会いたいがために黄泉の国へ行きますが、そこで垣間見たのは変わり果てたイザナミのすがた。自分の醜い姿を見られたイザナミは恥じ入り夫に「黄泉軍(よもつぐさ)」を差し向けます。これに対して、イザナギは「千引きの岩」を「黄泉比良坂(よもつひらさか)」に置いて難を逃れますが、これが現世と幽世を隔てる起源となったのでした。『朝霧の巫女』ではこの「千引きの岩」を動かす存在として「審神者(さにわ)」が登場するのですが、『向日葵の教会と長い夏休み』では「寝子麗(ねこま)」が死者を幽世にいざなう役割を果たすのです。化け猫の詠は、この「寝子麗」になるための修行をしながら主人公くんが来るまでの時を過ごすことになったのです。



  • 死者との逢瀬
    • 主人公くんと再開後、詠(化け猫)と主人公くんは様々な怪異に遭遇します。しかし、この怪異は化け猫の詠が願ったものだったのです。自分の願望が実体化してしまうことに気付いた詠は危機感を覚えます。それは、詠(化け猫)の最終的な願いは、「主人公くんとオリジナル詠が再会すること」だったからです。これは「死者との逢瀬」を意味しています。死者と生者が再開することは、現世に災いをもたらします。詠(化け猫)は、自分は死者を導く「寝子麗」にはなれず、現世に祟る「マガイ」という妖怪になってしまったと絶望するのでした。そんな詠(化け猫)に対して、主人公くんが語りかけます。主人公くんは詠(化け猫)がオリジナル詠に成り代わっていることに当初から気付いており、自分は化け猫の詠を好きになったのだと。こうして受け入れられた化け猫の詠は「愛」を知ることになるのです。「愛」は美しいだけのものではなく、嫉妬や絶望、苦悩などといったマイナスの感情をも発露します。そのため、詠(化け猫)は主人公くんを「愛」することを通して様々な人間の感情を学ぶことが出来たのでした。こうして化け猫の詠は「寝子麗」になるための条件を満たします。それは死者を導くために「人の心」を知ることでした。



  • どうして猫が人間になれないんだ!?
    • 人間の感情を理解した詠(化け猫)でしたが、懸念事項はまだ残っていました。それは詠(オリジナル)の霊魂の残滓を成仏させることです。死霊となっていた詠(オリジナル)は、主人公くんと「最後のさよなら」をするために残っていたのです。「メインヒロインが死霊であり、主人公くんと他ヒロインをくっつかせて成仏する」という展開だと『もしも明日が晴れならば』を思い出します。詠(オリジナル)は、詠(化け猫)が主人公と結ばれることを願い、自分がなし得なかった「その後の物語」を描き続けることを望んでいたのです。こうして未練を解消した詠(オリジナル)の魂は導かれていきます。そんな詠(オリジナル)に主人公くんはお盆には帰ってこいと伝えたのでした。
      • 柳田国男氏神信仰展開…「日本人の死後の観念、即ち霊は永久にこの国土のうちに留まつて、さう遠方へは行つてしまはないといふ信仰が、恐らくは世の始めから、少なくとも今日まで、かなり根強くまだ持ち続けられて居る」(『定本 柳田國男全集 第十巻』筑摩書房)。
      • 常民は古来、死者の霊は村落近くの山へ行き、一定の期間を経ると神となり、村の氏神と融合すると考えていました。そのためお盆など毎年一定の時期に山を下りてくる先祖を迎える行事を行ってきたのです。
    • こうして主人公くんの活躍で人間の感情を理解するこができ、詠(オリジナル)からの「自分の代わりに主人公くんと生きて欲しい」という委託により、詠(化け猫)は、人間になることができたのです。これから二人で新しい物語を綴っていこう!ということで、ハッピーエンドを迎えました。