田中宏巳『山本五十六』(吉川弘文館 2010) より山本五十六と太平洋戦争の関係抜粋

1.日米開戦と真珠湾奇襲作戦

(1)日露戦争以後の対米戦方針
  • 「漸減作戦」によって米艦隊を減勢し「艦隊決戦」によって決着させる
    • (a)漸減邀撃作戦(ぜんげんようげきさくせん)とは?
      • 優勢なアメリカ艦隊が太平洋を西進してくる間に潜水艦などによって徐々にその戦力を低下せしめ、日本近海に至って、互角の戦力となった主力艦隊同士の艦隊決戦で勝利を収めるとする日本海軍の対米戦基本計画。
    • (b)明治40年(1907年)「帝国国防方針」「帝国用兵綱領」
      • 海軍の仮想敵国をアメリカとし、小笠原諸島に前哨線を、南西諸島に決戦線を置き、来航する米艦隊を「邀撃撃滅」する「艦隊決戦主義」が明記された。
  • 兵器開発…膨大な予算を投入し、大艦巨砲を整備し、射程の長い魚雷及び航続距離の長い飛行機を開発し、決戦の演習を重ねる。
(2)山本五十六の戦争構想
  • 主張:米海軍を撃破すれば早期和平が期待できる 
  • 新規性:従来の漸減邀撃作戦から転換…開戦劈頭(へきとう)に米艦隊を撃破。立ち直れないほどに士気を砕いてしまう。
  • 投機的博打的作戦
    • 何度図上演習をやっても艦隊決戦では勝てない。そのため艦隊決戦にも等しい攻撃力を開戦時に米艦隊に浴びせ、緒戦で勝利をあげ、主導権を握ればなんとかなるだろうと考えた。
  • 先制攻撃
    • 強大なアメリカを敵に回す戦争においては先手必勝策をとり、主導権を握ってどんどん攻め込む積極前身以外に勝ち目はない。
(3)総力戦の実態
  • 政府間和平の不可能性
    • 総力戦以前の日露戦争は政府間どうしの戦いであるため、一方の政府が戦いを止めると決心すれば和平への道が開けた。しかし総力戦となった第一次世界大戦以降は国民が政府を倒して新政権を樹立するか、戦争をできない状態にしない限り戦争停止はありえなくなっていた。
  • 和平に必要な中立の仲介者の喪失
    • 総力戦では戦争当事国は外交、経済、宣伝などの手段を駆使して精神・宗教などの戦争への利用をはかったため世界中の国がいずれかの戦争当事国に協力するという関係を不可避にした。
(4)真珠湾奇襲作戦
  • 山本構想の不浸透
    • 軍令部は山本がハワイ作戦をしつこく主張するので認めただけ。いずれ米艦隊の来航があり、艦隊決戦によって決着すると信じていた。そのためハワイ作戦では一時的に米海軍を気絶させておけばいいのであって、いずれ艦隊決戦で徹底的に叩けばいいと考えていた。強大な米海軍と戦うためには艦隊決戦を前倒しにするくらいの発想の転換が必要とする山本の考えは、連合艦隊の中にさえ浸透せず。
  • 第二撃が行われず
    • 第一撃で真珠湾所在の艦船を攻撃。その他にも攻撃目標はいくらでもあったのだが、第二撃を行わずそのまま艦隊は北上してしまった。
  • 骨抜きにされた奇襲計画
    • 軍令部は、山本が辞職をちらつかせて要求するからハワイ作戦にお付き合いするが、本当は南方作戦が主作戦であるから、ハワイ作戦で空母を損傷し、南方作戦に支障がでてはたまらないと考えていた。

2.珊瑚海海戦

(1)真珠湾後の方針
  • 破竹の勢いで侵攻 占領地域をものすごい勢いで拡大
    • 「次々にたたいていかなければ、どうして長期戦ができようか。常に敵の痛いところに向かって猛烈な攻撃を加えねばならない」
    • 先手先手を打って相手の弱点を攻め続け、反撃の機会を与えてはならない。
(2)南下作戦
(3)島嶼戦への転換
  • 変化:艦隊間の戦闘(海洋戦)から島嶼戦(島の争奪戦)への変化
  • 性質:陸上部隊・艦艇・航空隊が共にかつ同時に連携して戦わねばならない戦い。
    • →統一指令部が必要になるのだが・・・陸海空を一元化する指揮官は天皇以外になく、そのようなポストを南方戦線に置くことは不可能。統一指令部の設置のためには統帥権を見直す必要があり、その行先は天皇体制の見直しにまで発展する可能性があり、結局、日本の敗北まで見直しが出来なかった。
(4)珊瑚海海戦 昭和17年1942年5月7日〜8日
  • 背景:ポートモレスビーに進出した米陸軍航空隊がラバウルの海軍航空隊を攻撃
  • 戦闘:MO作戦は漏れていた可能性が高く米機動部隊が対応
    • お互いに動き合う両機動部隊が空母艦載機で攻撃をかける世界初の海戦
  • 結果:日本軍が計画したMO作戦が中止され、日本軍初の挫折となる。
    • MO作戦を阻止した米軍の戦略的勝利
  • 戦訓:戦闘形態の転換点となる
    • 日本海海戦のように並行する戦艦中心の敵と味方の艦隊が撃ち合う近代海戦を過去のものとし、航空機が相手の艦隊に対して、爆弾、魚雷を放つ新しい戦闘形態に切り替わる。
    • これまで敵の攻撃は砲撃によるため横又は斜め上から加えられたが、最新の攻撃は空から加えられることとなった。二次元戦から三次元戦への転換。
    • 攻撃の中心が戦艦から空母に移り、艦隊の陣形でも空母を守る態勢に転換する必要性に迫られる。
  • 山本五十六の態度
    • 戦訓を真面目に聞こうとせず。部下たちが第四艦隊や第五航空艦隊を罵倒するのを止めようともせず黙認。
  • 米海軍の戦訓分析
    • 空母を敵機から守る為にそれぞれの空母から引き離し、巡洋艦駆逐艦が幾重にも円形に取り囲んで防御する輪形陣を導入。
    • 巨額の建造費がかかった戦艦や重巡さえも空母の護衛の任につかせる。
    • 敵空母を見つけるために攻撃力を犠牲にしてでも多数の索敵機を飛ばす。
    • 空母を守る為に上空に多数の防空戦闘機を配備する。

3.ミッドウェー海戦 昭和17年1942年6月5日 大敗北

(1)山本五十六の強い希望
  • 連続攻勢策を進める山本が強く希望して作成
(2)杜撰な計画
  • 珊瑚海海戦で米海軍が見せた急降下爆撃を阻止するためには、航空機による防空と艦船の対空砲による分厚い弾幕を張る必要があったが、海軍は特別な対策を講じず。
(3)いわゆる「運命の5分間」とは何か?
  • 艦上攻撃機のミッドウェー島爆撃が不十分でさらに爆撃を加えるために対地用爆弾の搭載を終える。
  • 敵空母の情報が入り、大急ぎで艦船攻撃用魚雷・爆弾の取り換えを行い、ようやく発進の準備が整うとともに、一番機が発艦した。
  • そこに米急降下爆撃機が襲来し、艦載機の魚雷・爆弾が誘発して空母が大火災に覆われ、三隻の空母が相次いで沈没。
(4)根本的な敗因とは
  • 米海軍の急降下爆撃により一度に三隻もの空母を失い、敵艦隊に対する攻撃能力を失ったこと。
  • 空母四隻をかためて置くという伝統的艦隊編成をして海戦に臨んだこと。
    • 前列に巡洋艦「筑摩」「長良」「利根」の三隻を配し、後列に戦艦「霧島」「榛名」を配し、その間に空母四隻を前後二列に配する陣形。

4.島嶼戦と基地航空戦

(1)薄まる山本の存在感
  • 状況:海洋戦から島嶼戦に戦況が移るにつれ、連合艦隊や山本の存在感が次第に薄れていく
  • 理由:島嶼戦では陸海空の三戦力を一元的に駆使して島の確保と制空権・制海権の獲得とを同時に進行させることが望ましかった。海軍だけが頑張ってもだめ、陸軍あるいは航空隊だけでもだめ、三者が連携し、一元的指揮の下で役割を分担し、時には戦力を集中して作戦目的を達するのが島嶼戦を戦う条件だった。 → これまでのように連合艦隊だけで計画を立て、零下の戦力だけで戦い方式は島嶼戦では通用しなかった。
(2)島嶼戦=航空基地の争奪戦
  • 潜水艦及び航空機の発達で、とくに航空機の進歩が敵艦隊の動きを封じて、主力艦による艦隊決戦の生起を困難にした。
  • 日米の戦いも航空機が離発着する飛行場をめぐる争いになる。
  • 島嶼戦は単なる陸地の争奪戦ではなく、そこにある飛行場の争奪戦。
(3)艦隊活躍の場が減少
  • 基地航空隊を主力とする島嶼戦に様相が変わると、連合艦隊の活躍の場が自ずと少なくなった。

5.山本のラバウル進出

(1)山本の現状理解
  • 島嶼戦の激化という事態に対して、山本が基地航空隊によって不利な戦況を克服する以外にないことを理解しつつあった。
(2)重荷となった主力艦
  • 空母部隊をはじめ日本海軍が手塩にかけて育てた戦艦や重巡の主力艦は海軍の重荷になり、安全な泊地に逼塞するか、本土と戦地間の輸送業務に従事するのみとなった。
  • 主力艦を指揮して戦うことを任務としていた連合艦隊司令部は失業状態に陥った。
(3)連合艦隊の存在意義を求めて
  • 戦線後退の提案に対し、山本および連合艦隊司令部の参謀たちは猛反対。戦況の中心から外れることを怖れた。
  • 連合艦隊の戦力の中で、米豪軍にぶつけられる戦力は海軍の基地航空隊のみ。
  • そこでラバウルに海軍航空隊を終結させ、戦局の打開をはかりながら、この戦争における主役が連合艦隊であり続けようと背伸びをした。
(4)航空撃滅作戦「い」号作戦
  • 概要:日本海軍が1943年4月7日から15日にかけてガダルカナル島ニューギニア島南東部のポートモレスビー、オロ湾、ミルン湾に対して空襲を行った作戦。
  • 結果
    • (a)日本の主張:敵の輸送船、艦船、航空兵力、航空基地に大損害を与え、おおむね作戦目的を達した
    • (b)アメリカの主張:日本軍の攻撃は徹底さを欠いており、アメリカは半ダースの飛行機と二隻の船を失っただけ。日本軍は戦闘機・爆撃機100機以上の犠牲を払った。
    • (c)推測:米軍の対空射撃を受けて出撃のたびに大きな損失を出し、急ぎ理由をつけて終了しなければならなくなった。
  • 意義
    • 山本五十六が戦艦「武蔵」をおり、ラバウルに前進(=連合艦隊司令長官が旗艦を降り、航空作戦指揮のために地上の施設に移った)。連合艦隊は主力艦を戦場から下げた時、島嶼戦における指揮を失ったが、それに代わる作戦の方向性として打ち出されたのが、基地航空戦重視策であった。

6.山本五十六の死

(1)前線を視察
(2)戦死
  • 米軍に暗号が解読されており、山本の巡視計画は筒抜けであったため、撃墜され戦死。山本は国葬となった。
(3)死後
  • ラバウル航空隊を引き揚げてトラック島に移転
    • マッカーサーの西進が急加速し、レイテ島に上陸することとなった。
  • 山本のラバウル進出の意味が理解されておらず