雑録

青本を読む〜惣村の自治と惣郷の共同行動について〜


皆さま、こんにちは。今回ご紹介するのは「室町時代の村落制度」に関するおはなしです。


室町時代のムラなんて言われてもいまいちピンとこないわね。
もののけ姫の最初の方に出てきた米買ってたところとか?
そもそも中世の村落なんてあんまり良く分かってない。


じゃあ整理しておきましょう。
荘園制では複雑な重層関係となります。一つの荘園にいくつかの農村が含まれていたり、一つの農村が何人かの荘園領主によって分割支配されたりしていたのです。つまりは農民の村落生活の自然な区域と支配領有関係の区域は必ずしも一致しなかったのですね。


ふ〜ん。それが室町時代になるとどうかわるの?


14世紀頃から、村落の住民は荘園という枠を越えて、地域的に一つのまとまりとなっていって、共同の生産生活を行うようになるのです。


なんでよ!?


鎌倉後期以降、農業生産力の上昇により、小農民が成長してきます。するとどうでしょう?灌漑用水の管理や入会地の使用のために共同で行動する必要性が高まってきます。領主へ対抗したり、戦乱に対する自衛も必要です。


だから農民たちが自立していったというのね。


こうして荘や郷の中に、惣と呼ばれる呼ばれる自治的な結合が形成されたのです。惣による自治的な機能を持った村を惣村と言います。


自治的って言っても具体的にはどんな運営が行われていたのかしら?


惣村の自治的結合の中心になったのは宮座。これは村の神社の祭礼や年中行事などを取り仕切る祭祀集団のことです。この宮座を構成したのが有力な名主や地侍などの上層農民。彼らが惣村の自治を指導しました。


あー、そういえばやったわねぇ。惣村の指導者、乙名(おとな・大人)、沙汰人。確か寄合を開いて、自分たちで法律作ったり(惣掟・地下掟)、警察権(地下検断)を行使したり、裁判したりしたのだわね。


そして地下請もお忘れなく。自治してる共同体が何で領主に税を支払うん?と疑問に思うところがポイント。惣村が徴税業務を引き受けることで、逆に自治に対して介入を拒むことができたのです。直接徴税すんの大変だろ?分かった、俺たちが惣村単位で年貢を請け負ってやる。だから口出すなよ?って感じですかね?


そういった自治的な惣村が荘園の枠まで超えて、領主の異なる惣村と連合し範囲を広げていくのは何故なのかしら?


具体例として挙げられているのは番水制です。
河川流域一帯の灌漑用水の管理を可能とするためには、一つの惣村では不可能ですよね。そんなわけで複数の惣村は荘園や郷を中心に惣荘・惣郷となります。さらに荘園や郷の枠を超えて領主の異なる惣村連合が広範囲に形成されていくのです。


こうして惣村が連合勢力として結びつき、新たな村落結合を作っていったのね。


さらに惣荘・惣郷連合は他の惣荘・惣郷連合と武力衝突を起こすこともありました。兵農未分離の中世社会の特徴ですね。これが近世になると村切りによって行政村となり、兵農分離武装解除されています。そして惣荘・惣郷連合同士の衝突も、近隣の沙汰人らの仲介によって決着しました。ここでも自治的に決着していたことが分かりますね。


農民の成長により自治的な組織である惣村が発生していき、灌漑用水の利用による生産の安定を図ったりなんだりするために決まり事である地下掟や警察権である地下検断を行うようになったのね。そしてより広域な範囲で水を管理するために惣荘・惣郷が連合し、荘園の領域を超える番水制が敷かれていったのだわ。水をめぐって近隣の惣村連合と紛争が起こると、武力衝突したり自治的な解決を試みたりしたのだわ。


まさに室町時代の村落は乙名・沙汰人により自治的な支配が行われるようになったのですね。