中川大地『現代ゲーム全史』早川書房、2016年 におけるノベルゲーム関連の記述まとめ

抜粋

90年代前半
  • サウンドノベルの登場 (248頁)
    • 弟切草』(チュンソフト、1992年)の発売
      • 「〔……〕のちの日本のゲームの流れに大きな影響を与えたのが、「ドラクエ」の開発を手がけてきたチュンソフトが1992年に発売した『弟切草』であった。「サウンドノベル」を銘打った本作は、ドライブ中の事故で古びた洋館に迷い込んだ主人公とその恋人が様々な怪異に遭遇してゆく小説調の文章を読み進み、随所に出てくる行動の選択肢を選ぶことで結果が変化していくという、テキストベースのAVGの一種だ。そのジャンル名のゆえんは、シナリオテキストの背後に置かれる抑制の利いた挿絵グラフィックに加えて、ドアの軋みや足音などサンプリング音源を用いた巧みな効果音の使い方がミステリーホラーとしての恐怖感を盛り上げていく点にある。ゆえに、洋館内での彷徨という元祖AVG『ミステリーハウス』を彷彿とさせる状況設定も含め、ゲームシステムの本質としては、視聴覚演出以外には特段の進化の無いAVGに過ぎないという見方も出来るだろう。」
    • 従来型のAVGとの差異性
      • 「だが、文字通りの「冒険ゲーム」ならば一般的な空間の探索やアイテムの収集 といった要素は影を潜め、プレイヤーが選択肢を選ぶ意味が必ずしもゲームクリアへの"正解"に近づくためではなく、むしろストーリーの展開を並列的に分岐させるために設定されていた点が、本作が従来型のAVGとは決定的に異なっていたところだ。つまり、あるルートでの結末に辿り着いた後、再びプレイすると別の選択肢が発生し、さらに別の展開へのルートが拓けていくというふうに、何度もシナリオを周回しながら何通りものストーリーをインタラクティブな手続きで楽しむという体験性が生み出されたのである。」
    • サウンドノベルの意義
      • 「このようにある障害を習熟して乗り越えて目標を達成する<競争>性に基づく従来的な意味でのゲームらしさを捨てて、どのルートに進むかわからない<運>性を強めつつ、小説表現の<模擬>と視覚演出上の<眩暈>に注力する方向にデジタルゲームのメディア性を転用するという道を、サウンドノベルは示してみせたのである。」
  • バブル経済崩壊期の社会的な性愛意識の変化への照応(253-255頁)
    • 『同級生』(エルフ 1992年)
      • 「〔……〕PC-9801シリーズをはじめとするマイコンブーム後の国内PCゲームの市場は、家庭用ゲーム機の進化の前にしだいに存在意義を失い、ほとんどコアな軍事SLGか18禁AVGかに収斂さえつつあった。そうした潮流のもと、静的な2Dグラフィックを用いたアニメ的な美少女の表現にリソースを集中してアダルトに特化していくソフトハウスがタイトルを量産していく中で、ジャンルの流れを大きく変える一石となったのが、『同級生』(エルフ 1992年)である。」
      • 「〔……〕『同級生』では、男子高校生である主人公のキャラクター造形としては1980年代的な好色なナンパ師という設定が踏襲されているものの、攻略対象となる全女性キャラクターにポルノグラフィとしての必要性を超えた内面や背景設定があり、それぞれとの間に相思相愛になるまでのストーリーが用意されていた。つまり、従来はセックスシーンの図像を見るための"じらし"のハードルに過ぎなかった女性キャラクターとのコミュニケーション要素が、ひとまずは一般的なラブコメ漫画程度の水準の恋愛プロセスとして描かれ、プレイ時間の大部分を占めるメインパートになっていたのである。このことが、従来はアダルトゲームに触れることのなかった層に対しても訴求点となり、「エロゲー」ではなく「恋愛ゲーム」としての、本作は10万本以上のヒットに繋がることになった。」
    • ときめきメモリアル』(コナミ 1994年)
      • 「〔……〕クラシックな規範性への傾斜は、『同級生』的な複数ヒロインを擁する性愛ストーリー型AVGからセックスシーンが除去され、ついにヒロインとの純然たるプラトニックなラブストーリーだけで成立するコンシューマーゲームが登場する段になると、いよいよ極まっていく。これを実現したタイトルが、「恋愛シミュレーションゲーム」を謳った『ときめきメモリアル』(コナミ 1994年)に他ならない。PCエンジンの最末期のタイトルとして登場した本作は、CG-ROMならではの特性を活かして各ヒロインにアニメ声優の声を配したキャラクターコンテンツとしての充実を図る一方で、ゲームとしては単なる会話型AVGに留まらない手応えのあるシステムを導入したことで、強面のゲームファンからも高い評価を獲得。爆発的な人気に発展する。」
      • 「ゲームの目的は、主人公の男子高校生が学園生活を送って意中の女生徒との関係を深めていき、卒業式の日に告白を受けるというものだ。ここで具体的な攻略のために要求されるのが、ひたすら勉強やスポーツなどの「学生の本分」にいそんしで各種のパラメーターを高め、ヒロインの理想に自分を近づけるという自己研鑽である。とりわけ、学園のマドンナ的な存在であるメインヒロインの藤崎詩織から告白を受けるためのハードルは高く、パラメーターの自己育成を没価値的に捉えるなら、まさにRPGのラスボス攻略に匹敵する単線的なレベルアップ作業として、本作での「恋愛」は捉えられていたわけだ。」
90年代後半 ノベルゲームの洗練
  • テキストAVGとしてのシステムの洗練 菅野ひろゆき(剣乃ひろゆき)の時代(298-299頁)
    • EVE burst error』(シーズウェア 1995年)とザッピングシステム
      • 「システム面での大きな進化を見せたのが、推理アドベンチャーEVE burst error』(シーズウェア 1995年)で頭角を現した菅野ひろゆき(当時の名義は剣乃ひろゆき)の手による諸作であった。本作は、マルチサイトと名づけられた複数の主人公キャラクターの視点を切り替えていくザッピング式のシステムにより奥深い背景を持つ連続殺人事件の真相に迫っていくという仕組みで複雑なストーリー表現を成し遂げ、美少女ゲーム離れしたヒットを遂げる。これはちょうど、コンシューマー機で「サウンドノベル」シリーズを送り出してノベルゲームの祖となったチュンソフトが、同シリーズの第3弾にあたる『街 〜運命の交差点〜』(1998年)で同様のザッピング・システムを採用することの先駆にあたる出来事だった。」
    • この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(エルフ 1996年)とシナリオフローチャート
      • 「また、メーカーを移籍した菅野は次作『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(エルフ 1996年)にて、プレイヤーの選択によってストーリー展開が分岐していくAVGの構造をSF的な並行世界として捉え直し、その分岐の様子をA.D.M.S(Auto Diverge Mapping System:オート分岐マッピング・システム)と名づけた図示によって可視化するシステムを導入。このA.D.M.S.の存在を主人公に与えられた並行世界の認識装置としてシナリオ内に位置付けることで、同じストーリーラインを何度も繰り返しながら結末を多様化させていくプロセス全体を一本の大きな物語として描くという手法を確立する。こうしたゲームならではのストーリーテリングの高度化が、のちに美少女ゲームを中心とするAVG全般や、それに影響を受けたアニメ、ライトノベルなどのジャンルに「ループもの」や「並行/多重世界もの」の作劇流行をもたらしていくことになる。」
  • テキストAVGとしてのシナリオの洗練 葉鍵の時代(300頁)
    • Leafの「ビジュアルノベル」三部作
      • 「〔……〕ひたすらシナリオ面での洗練を追求する潮流を作ったのが、「ビジュアルノベル」を銘打ったLeafの『雫』『痕』(1996年)であった。両作は選択肢によるシナリオ分岐を、複数の美少女キャラクター別の濡れ場に至るルートに利用することでアダルトゲームとしての要請を満たしながらも、全体的にはポルノグラフィを目的としないサイコホラー調のシナリオを展開したことが話題を呼び、異彩を放つ。この方法論の延長線上に、ビジュアルノベル第3作『To Heart』(1997年)は路線をハートフルな学園純愛ものに切り替え、各キャラクターの内面性に繊細に寄り添っていくシナリオを展開したことで「エロゲーなのに感動できる作品」として一躍ブレイクを果たすことになる。」
    • Keyと「泣きゲー」
      • 「これに追随するかたちで、Tacticsから発売された『MOON.』(1997年)および『ONE〜輝く季節へ〜』(1998年)もまた、サイコサスペンス系から学園純愛系へというLeafと同様の路線を、より寓話的かつ悲劇性の高い作風で展開。これで人気を博したスタッフ陣が独立して新レーベルKeyを設立し、その第1作として世に送り出した『Kanon』(1999年)が、『To Heart』にならぶヒットを果たす。」
    • 葉鍵系の歴史的意義
      • 「この「葉鍵系」とも一括りにされるLeafとKeyの台頭により、もはや性的描写を必須としないプラトニックな心の交流がもたらす感動に耽溺させるタイプの「泣きゲー」が、以降のアダルトゲーム・シーンを席巻する。ここにきて、エロゲーの中心から1980年代以来の「ナンパ」の遊戯性の残滓が完全に払拭され、サイコサスペンスにせよ純愛ものにせよ、1990年代のテレビドラマなどの多くの日本コンテンツに通底していたトラウマ語りのような心理表現的な気分を、最も直截に反映したゲームジャンルとなったわけである。」
ゼロ年代前半
  • 同人ノベルゲームの活性化(366-367頁)
    • 型月の登場
      • 「〔……〕2000年代以降はかつてない規模と形態で、日本国内でも自作ゲーム発のムーブメントが影響力を獲得していくことになる。〔……〕その最初の開花となったタイトルが、2000年のコミックマーケットで初めて頒布された『月姫』だ。本作は、元々はゲーム会社でグラフィッカーとして働いていたグラフィック担当の武内崇と、その中学時代からの友人でweb小説『空の境界』を発表していたシナリオ担当の奈須きのこを中心に結成された同人サークルTYPE-MOONの手で、NScripterを使って制作されたビジュアルノベルである。基本的な題材傾向はLeafの『雫』『痕』に近い路線ながら、奈須が温めてきた緻密な世界観体系に基づく斬新な伝綺ロマンを、商業作品に匹敵するボリュームとクオリティで展開したことで話題を呼び、口コミやネット上での評価を通じて、従来の同人ゲームとは桁違いのヒットを飛ばす。そして人気がブレイクした結果、ファンによる二次創作アンソロジーやアニメ化、グッズといったメディアミックスや派生商品の発売が商業ベースで行われるという異例の展開に発展し、コンテンツビジネスの世界に同人ゲーム発の新たなサクセスパターンを確立するに至ったのである。」
    • ひぐらしシリーズ
      • 「〔……〕02年には竜騎士07によるサウンドノベルひぐらしのなく頃に(ひぐらし)』(07th Expansion)の頒布が開始される。本作は、もはやAVGとしての展開分岐を排し、恐怖を中心とした情動に訴えかけるための純粋なテキスト演出のメディアとしてNScripterによるノベルゲーム形式を採用した、マルチメディア型のホラーミステリーともいうべき作品だ。しかし、ユーザーに挑みかかるように出題篇と回答篇が数年間かけて交互にリリースされたことで、物語のアクロバティックな真相をめぐる議論なども発生。結果的にミステリーという文芸形式が持つ元々のゲーム的な性格を利用する、メタミステリーとしての性格をも帯びていったのが、「ゲーム」としての本作の一つの特徴だろう。加えて18禁ゲームではなかったことで、ライトノベルの読者に近い男女中高生を中心とした広範な層に訴求し、コミカライズやアニメ化などを通じて、『ひぐらし』は『月姫』以上のポピュラリティを獲得してゆく。」
ゼロ年代後半
  • ゼロ年代の集大成(486頁)
    • ガラケー末期の『STEINS;GATE』(5pb. 2009年)
      • 「〔……〕アニメやライトノベル等の国内キャラクターコンテンツと徹底的に密着しつつ、クラシカルなジャンル表現を洗練させていったタイプのゲームからも、いくつか重要なタイトルが生まれている。とりわけ新しい世代のジュブナイル層に訴求したのが、『STEINS;GATE』(5pb. 2009年)〔……〕といった、テキスト中心のAVG系タイトルであろう。〔……〕2000年代までのノベルゲームや新伝綺ムーブメントなど、AVG発のエンタメ文芸で培われたトリッキーな作劇手法を高度に継承・発展させた作品だが、前時代ならPCでのポルノゲームや同人ゲームからブレイクしていったタイプの作風が、はじめからメジャー向けコンシューマータイトルとしてリリースされるようになったわけである。〔……〕『STEINS;GATE』は、音楽プロデューサーの志倉千代丸が企画原案を務める「科学アドベンチャー」シリーズの第2弾として、X360版を皮切りに発売された。マッドサイエンティストに憧れる"厨二病"をこじらせた主人公が、偶然開発したタイムリープマシンで意識だけを過去に送れるという仕掛けで、『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』『ひぐらしのなく頃に』等で培われた「ループもの」のシナリオのさらなる洗練が追求されたことが、本作の特徴と言えるだろう。」
      • 「システム面では、一般的なノベルゲーム等とは異なり、携帯電話でのメールの送受信や通話の内容やタイミングによって自然なかたちで展開が分岐するという仕掛けにより、プレイヤーのリアリティに即した日常性と大がかりなSF的虚構とがいつの間にか接続していく世界観を醸成する。その上で、現実のスポットに取材した秋葉原を舞台に、CERNなどの実在の組織や人物名をアレンジしてシナリオの謎に絡ませたほか、さらに1980年代の架空の8ビットマイコンをキーアイテムと絡ませたり、「電気の街」から「オタクの街」と化した街の変貌を偽史的に改変したりする等、国内のゲームファン層の個人史とピンポイントに照応するエピソードをシナリオに濃密に盛り込んでみせた。こうして虚実の度合いをシャッフリングしていくレアリティレベルの巧みな操作により、本作はクラシカルなAVGタイプの作品でありながら、<拡張現実>的な現代性にアプローチすることに成功したのである。」

雑感

  • 2010年代について個人的に抱いているイメージ
    • 2010年代には、ゲームの主体はPCゲームや家庭用ゲーム機から離れ、スマホゲーへと移行した。小売店へ行ってパッケージ版を購入する機会は少なくなり、超長時間モニターの前で拘束されるというプレイスタイルは時代にそぐわなくなっている。
    • ライターに着目すると、ノベルゲーの著者がラノベ(電子書籍含む)からネット投稿小説(なろう系)まで、各種媒体で書き手を兼ねており、ノベルゲーと他の読み物との差異性はなくなっている。
    • そのような中で、ノベルゲームも(1)DL販売や分割商法を展開し、(2)twitterと連動して面白かった所を晒すことで自慢・共有・宣伝機能をねらい、(3)シナリオの内容もそこでしか表現できない題材を扱うことで差異化を図ろうとしている。しかし未だに小売店にパッケージ版を買いに行きディスクをPCのドライブに挿入してインストールする作業をしてモニターの前で長時間拘束されている。読書やゲームをするのにも、タブレットスマホで行うことが一般的になりつつなるなかで、そのようなライフスタイルの変化に対応できなかったことが、市場の衰退に繋がったのだと思われる。(私見では、ノベルゲームの衰退というよりも他の娯楽的読み物との融和という感じが強い。)
    • そして私感だが、従来ノベルゲーの担い手となっておられたテキストサイト個人ニュースサイトの方々の転向も大きいと思われる。彼らのツイスタグラムブックなどでは、スマホゲー(『デレマス/デレステ』、『艦これ』、『グラブル』、『FGO』等)に興じつつ、聖地巡礼・登山・キャンプなどを楽しんでいる報告を見ることができる。