雑録

ノベルゲーの市場構造と作品の評価~現金プレゼント企画とダンピングによる世論誘導に関する若干の考察~

今回のアワード大賞騒動は後世のノベルゲーム史の教科書に載るので、時代の生き証人としてメモ。
コンテンツ産業史、メディア文藝史、コンテンツツーリズムの研究分野でも参照されることになるでしょう。

↓ 下図は現金プレゼント企画により投票を呼びかけるツイートの参考資料(一例)
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  • ノベルゲーの市場構造
    • ノベルゲーは実に玉石混交であり水商売です。プレイヤー側も地雷を踏むことが少なくありません。それ故、メーカーは製作費を回収するため店舗別特典・予約特典・初回特典などのプレミアをつけて初版を販売します。新作を定価で買うのは信者と転売屋が中心であり、発売日には特典が抜き取られた未開封中古が市場にだぶつくことになります(中古ショップやフリマアプリなど)。一般プレイヤーは価格が下がった後に中古やDL版を購入するでしょう。こうしてメーカー・信者・転売屋・中古ショップ(フリマアプリ)・一般プレイヤーの間で循環が生じていると言えます。

  • ユーザーからの「評価」
    • ここで重要になるのがプレイヤーからの「評価」です。クソゲーだった作品の価格は一気に下がることになります。半額以下になることも珍しくありません。DL版もダウンロード数が伸びなければ同様です。逆にユーザーから「評価」を得た作品はプレミアがついて中古価格が上がり再販される可能性が高まりますし、DL版もダウンロード数が伸びれば高価格を維持します。

  • 世論誘導
    • この「評価」を形作るものは様々であり、一人一人の口コミであったり、一部のインフルエンサーの支持であったり、ゲームレビューサイトだったりします。そのためメーカーや信者による世論誘導が発生し、レビューサイトの評価を操作したり、ユーチューバーに作品を評価させたりする現象が生じています。ノベルゲー業界にはプレイヤーたちが点数をつけて作品を評価する著明なレビューサイトがあります。賛否両論はありますが、ここで低評価されるとやはり作品の売れ行きは芳しくなくなるでしょう。当該作品はメーカー自らがこのレビューサイトに介入して炎上したことでも有名です。

  • 受賞による箔付け
    • さらに人気投票(ユーザーの支持)が賞に影響するという場合はどうでしょうか?賞を取るということは「価値づけ」(所謂ブランド化)できる大きなチャンスです。「○○アワード大賞受賞作品」という「ハクヅケ」が行われることになります。テレビ番組で特定食品の健康効果が謳われると、価値づけが行われてスーパーからその食品があっという間に売りつくされるというアレですね。それ故、受賞を狙って様々な駆け引きが展開されることになります。投票を煽って現金をちらつかせたり、ダンピングによって票田を確保したりと様々です。

  • 票田確保
    • そもそもノベルゲーはプレイヤーの母数が多いとは言えず、限られた狭い市場です。そのため票田を増やすことは一定の効果があると言えるでしょう。現金を与えたり、不当に安い価格で作品を提供したりすれば、瞬間的に支持者層を増やすことができます。またプレイヤー一人ひとりがゲームに割く事のできる時間は限られているため、ばらまきを行うことで、他のメーカーの作品をプレイする機会を奪うチャンスともなります。結果としてライバル作品の投票数の減少にも繋げることができるのです。

  • 解散と投げ売り
    • ひとたび賞を受賞すればプレミアがつき価値が増します。大賞だから買ってみるかという人々も増えるでしょう。さらに今回の場合は、炎上による低評価で元々の中古市場の価格崩壊が起こっていました。だからこそ大賞受賞セールを行ったとしても中古価格とそれほど変わらないと言えるでしょう。さらに解散ということになれば実質的に投げ売りに近い形となることでしょう。また解散によるその後のプレミア化を狙って転売屋も動くかもしれません。

  • 業界への影響と歴史的意義
    • 商業の場合、作品を売ること、利潤追求こそがメーカーの至上目標といえるでしょう。作品にこだわるのなら同人でやれよというのもその通りかもしれません。それ故、商業では「良い作品を作る」ということよりも「売る」ことが大事です。そのための手段としてなりふりかまわず賞を受賞しようとすることは仕方ないのかもしれません。しかし信者による組織票、ダンピング、現金バラマキがまかり通り、「良い作品」が生まれなくなる/評価されにくくなるということは、市場の先細りを意味します。良い作品を評価するべきなのがアワードなのでしょうが現金プレゼント企画リツイートキャンペーンなどでは、作品をプレイしていない人々どころか、市場に全く関わりの無い人々までもが投票を行う現象が発生しました。そういった意味で、今回の事件は評価を得るための世論誘導に関する問題点を浮き彫りにした事例として、記憶されることになるでしょう。