【レポート】シンポジウム「標本は未来へのおくりもの~百年後に残す博物館の取組み~」

令和5年(2023)4月23日、釧路市立博物館において行われた企画展「北海道のオサムシ~松本堅一コレクション展~」開催記念シンポジウムのレポート。

【目次】

シンポジウムの内容

 研究者や愛好家が残した貴重な標本を博物館が受入れ、保存活用していく方法について議論します。〔……〕標本寄贈の打診があっても収蔵保管場所の不足や対応できる職員の不在などにより、受入れが困難な博物館が多くなっているのが現状です。今後は研究者や愛好家の高齢化がすすむことで、博物館への標本寄贈の依頼が急増することも予想されます。

 このような情勢の中、貴重な標本の破棄・散逸を防ぐ方法について、博物館で寄贈の受入れ業務に関わっている関係者が集まり意見を交換します。

奥島雄一(倉敷市立博物館)「自然史資料をめぐる、あげる側ともらう側の事情」

要旨(レジュメより)

 日本国内における自然史標本の集積は、主として昭和初期に本格的に始まった。第二次世界大戦で大打撃を受けつつも、研究者・愛好家らのその後の収集活動は日本を世界有数の標本大国へと成長させた。現在、いわゆる団塊の世代を中心とした方々の高齢化に伴い、多くの資料が手放されようとしている。それらの中には、衰退や絶滅、または法の整備や規制によって、今後は入手困難な標本も多く含まれている。また、研究活動や標本収集に関連する標本以外の物品も同時に放出されることが多い。
 一方、学術資料の保存を担う国内の多くの博物館では、増大する収蔵品に対するスペースや処理労力の不足といった問題が生じている。加えて、演者の勤務館のように高度経済成長期に建てられた施設では建物の老朽化という難題が加わる。さらにタイミングの悪いことに、すでに人口減少時代に突入しており、今後、歳入の増加が見込めない自治体では建物の更新や拡張はおろか、博物館の存続すら危ぶまれているのが実情である。
 資料を手放す側と受け入れる側の双方の事情を整理し、どのような対策が実現可能なのか演者の勤務館での事例を紹介する。

講演メモ

  • 1.なぜ集めるのか
    • ①標本のつくり
      • 「どこで、いつ、誰が」採集したのか。データがない場合はそれはゴミ
      • 岡山県ノコギリクワガタのオスの個体変異。162個体の母体。
    • ②いたことの証拠に
      • 岡山県絶滅の例。多くの標本は捕まえた時には分からない。
    • ③いつ侵入した?(外来種)
      • 自然の変化を記録し、未来を予想する。
    • ④新種はそこに
      • 収蔵品から見つかった新種。
      • 持ち込まれて判別してお宝が増える。
  • 2.もらったもの
    • 岡山県立岡山中学校の科学雑誌。現存する唯一のオリジナル。
    • 島根県産唯一のヒメシロチョウの発見。採集、行程を記録した地形図。当日の採集品リスト。
    • ③天然記念物
    • ④ウスイロヒョウモンモドキ→K町役場の倉庫から発見
    • 寄贈品を包んでいた新聞が国会図書館や新聞社にもない貴重な新聞であった。
    • 被災標本→スリランカ産の標本だった
  • 3.自然史資料をとりまく事情
    • ①学術資料として世に残す。
    • ②近年の国内外情勢
      • 個体数・産地の減少、採集圧の影響増大、ABS指針2017年締結、標本人気の低下
    • ③公共施設の事情
      • 生産年齢人口の減少に伴う税収の減少・高齢者人口増大に伴う社会保障費の増大→博物館の予算は減る
      • 公共施設の築年状況→老朽化により、廃止・複合化。床面積4割減少。
    • ④資料収集方針を定める→倉敷市特有、活用に資する
    • ⑤寄贈資料の取り扱い
    • ⑥あげる側の努力→採集データの記載、マウント・展足を今後はコンパクトに。大型はドイツ箱、小型はユニット式
    • ⑦もらう側の努力
      • 県施設の鳥類剥製97種152点(剥製作成法で識別できる)、ウミガメ(データが無くても貴重)
      • 新着資料展示
      • 常設展示には出せない資料を収蔵庫のお宝探検ツアーとして公開
      • 標本化は学芸員ができなくても良い。ボランティアに委ねる。
      • 消耗的活用→データが無いものは鱗粉転写ワークショップなど消耗品として使う、重複したものは無償譲渡
  • 4.まとめ
    • 学芸員個人の判断で寄贈を受けるか否か判断してはいけない
    • ②館側の一般的な事情で判断すべきではない
    • ③捨てたら最後
    • ④上司(一般行政職)を説得するのは学芸員の役目
    • ⑤博物館の価値は収蔵資料とその活用にかかっている

土屋慶丞(釧路市立博物館)「二つの松本堅一コレクション~オサムシがつなぐ釧路と倉敷~」

要旨(レジュメより)

 松本堅一氏のオサムシ標本コレクションが釧路市立博物館と倉敷市立博物館の2カ所に寄贈保管されることになった経緯について時系列順に解説する。また国立科学博物館「全国的な自然史系博物館ネットワーク」および西日本自然史系博物館ネットワーク「標本救済ネット」など、全国の博物館や学芸員が連携して行っている標本保存の取組みの可能性と課題について利用した経験をもとに述べるとともに、課題を生み出す根本となる原因について考察する。

講演メモ

  • 松本堅一コレクション
    • 川崎市から弟子屈町に移住した松本氏が所有していた昆虫標本。道内のものは釧路に、道外のものは倉敷に寄贈された。
  • 寄贈時における実物確認
    • ラベル・目録・データベース化がなされており、研究の裏付けとなる「証拠標本」となる可能性が高かった。
  • 標本セーフティネットワーク
  • 学芸員の負担の根本原因
    • 標本リテラシーの低下…標本を扱ったことのない学芸員が少ない。学校教育で標本を作らなくなった。標本を作る指導者の欠如
    • 行政計画…標本収集の項目が釧路市は行政計画に載らない

持田誠(浦幌町立博物館)「地域資料としての自然史標本を考える」

要旨(レジュメより)

 町村立博物館の多くは郷土資料館として、地域の歴史や文化を伝えることを主目的としている場合が多い。この場合、自然史標本も、自然史科学の解明というよりも、地域の自然を理解する助けとしての資料収集が主目的となっている。しかしそうした資料も、適切な受け入れ・管理によっては、自然史科学へ貢献することの可能な資料として活用できる。いっぽう、自然史資料については、保存や管理に、歴史資料とは異なる特殊な環境や知識が必要なことが多い。小規模な地域博物館が自然史資料を収集することの意義と、そのための課題について、事例を紹介しながら紹介する。

講演メモ

  • 郷土資料としての自然史標本
    • 地域の文化財や民俗・伝承に関連する形で自然史標本が入ってくる。
  • ボランティアの活動
    • 博物館ボランティアが20年以上標本を作っている。毎年標本を作ることで外来種の盛衰が分かる。
  • 紋別空襲と植物標本
    • 空襲から逃れるため川へ飛び込んだ女性が無意識に掴み取った川岸の植物
  • 緊急を有する地域資料
    • 地域に中核館を作る、最優先は資料保存

総合討論

  • 司会者より講演を振り返って
    • 釧路市立博物館は自然系学芸員が豊富なのでフォローしてもらえる
    • 自然史標本は情報提供者、国際的なルールがキーになる
    • 収集・保存が学芸員のスキルに依存してしまう
  • 学芸員の役割
    • 他の方が研究できるように提供する。博物館の資料を使って論文を書いてもらう
  • 気を付けている事
    • 先送りできることかどうかを見極める。虫食いやカビなどは除去、殺虫処理して食い止める。受け入れ後は燻蒸する、ビニール袋にいれるなど
  • 「どこで、いつ、誰が」のデータが無いものは
    • 消耗的活用、教育標本
    • ウミガメなど入手できないレベルは学術標本
  • 標本リテラシーの低下を防ぐには?
    • 60年かけて低下している。国家プロジェクトでもな無い限り無理。
    • 学芸員や教員も指導できず、子どもたちに標本講座なども出来ない。昆虫学の先生に頼むほど人材が払底してしまっている
    • 標本の価値を高めていけば必要とされリテラシー能力も高まるかもしれない
  • 現在の子どもは標本を取るか
    • ほとんど取ったことがない。自然観の育成ということも標本の効果
  • 永久に残す事と年限を区切る○○年計画ということ
  • 一つのコレクションが分散してしまった場合
    • 松本コレクションのような場合。一体化をするにはITによるデータベース化で共有し館外に利用させる。
    • 分散しても残せないよりは残せる方が良い
  • 実物保存の不安・課題はあるか
    • 空調などの管理ができない→廃校や現存の学校の空き教室などを利用している場合は岩石、文献、剥製などを置く
    • 設備が不十分でもいいからやり始めた理由→バーゼル総合博物館に行った際、資料が14か所に分散していた。ヨーロッパではいっぱいになってもドンドン受け入れている。建物がいっぱいでも集めている。集めないという発想がない。
      • 日本の場合は受け入れ自体を停止している。知床博物館とか。知床博物館は学芸員が全員やめてゼロになった。博物館自体が存続不可能。
  • 中核館としての釧路博物館の"覚悟"
    • 学芸員が自然史に関してはほぼ全ての分野で揃っているので、釧路管内の力にはなれる。
  • 未来への継承
    • 博物館活動に子どもたちに来てもらわねばならない
    • 放置していたら子どもたちは標本など作らない
    • 生き物に興味がある子どもたちを博物館活動に引き込んでいく
    • 世代間のギャップ
      • スキルを身につけさせた子どもたちに教えさせるという取り組みをしている。手伝いのお兄ちゃん、お姉ちゃん。頑張れば自分も出来るんじゃないかという気になる。